半透明に曖昧 1 side/雛千 変わり始めた現状に、揺るぐ事の無いよう感じる存在が何故だか急に怖くなった。もしかしたら、いつの間にか煙滅してしまうんじゃないだろうかと。 ―…馬鹿じゃねえの 授業中真っ只中の午前十一時。数学は得意だから、事細かに解法を説明されなくても大丈夫な自分には、解説時間が苦痛で堪らなかった。だからこうして窓の外をぼんやりと眺めるのが常になっていた。教師も文句を言ってきたりしない。 不意に目に付いた一カ所。酷く胸の辺りが焦げ付くように熱くなり、手を伸ばしたい衝動が沸き起こった。シャーペンを握る力を強める。 「だから!どうしてその、えっとー…」 「やだー小桜ちゃんこれ高一の範囲だよー」 「よくこれで進級できたね、畑」 「うっさい!」 隣から聞こえてきた大きな声に意識を引きづり戻される。ゆったりとした動作で横に体と顔を向ければ、畑と服部、それから小宮が騒いでいた。声から人物を特定するのは出来ていたが、やはりというか、畑に解法を教えていた。役立っているかは別として。 「別に数学なんて出来なくても生きていける!」 「わー極論来たねー」 「勉強放棄して困るのは畑だよ、ほらペン持って」 「ミヤの馬鹿!服部早く教えて!!」 やけくそにしか見えない。大声で小宮に一言だけ馬鹿と叫んだ畑は、その声のトーンのまま服部に解法を頼む。それに服部の笑顔が僅かに輝いた。嬉しさと、恐らく作戦が上手くいった事に対する満足感から。 分かり易いヤツだと、一人息を細く吐く。しかし対照的に、寮がお隣の小宮はまたいつものように軽薄に笑みを浮かべているだけだった。小宮が感情的になった姿など、今まで一度も見た事がない。空気のような姿は、小宮の象徴のよう思う。 「…からかってやんなよ」 「私が教えるよりも、服部君が教えた方が良いに決まってるじゃーん」 「態とからかうなよって事」 「小桜ちゃんが勉強出来るようになったらねー」 結構酷い事を言っている小宮の、モカオレンジの髪が揺れた。その向こうで服部が畑に数学の解説をしているのが見える。授業中の筈なのにこんなにも自由なのは、教師が服部に畑を任せきっているからだろう。時々、この教師は問題を出して解説するだけの授業がある。 「服部も飽きねえな」 「そうだねー」 「俺だったら直ぐに折れてる」 「嘘言っちゃあ駄目だよー」 「…いい加減、その間延びした話し方やめねえ?」 「これは私の個性なのでーす」 緩い小宮の隣は心地良い。会話をしていても別に警戒心が湧かないのは、恐らく小宮が自分の言葉に責任を持っているから。だから、小宮は絶対に一線を越えない。 小宮の視線が窓の外に移る。自身に向いていた、髪よりは深い同色の瞳が軽薄の色を浮かべて。何処を見ているのかが気になり、もう一度、先程見ていた窓の外に自分も目を移した。それから小宮に目を遣る。 小宮の笑みが、少しだけ色濃くなっていた。 焦りにも似た感情が頭の中を駆け巡り、少し身動いだ。ふっと、吐き出すように小宮の小さな口唇から息が吐き出される。三日月を描いたそれが嫌に印象的だった。 「放課後、行ってらっしゃい」 一線を越えない小宮は、恐ろしい程に目敏い。何もかもを知っていそうな彼女は、俺達四人の中で一番掴めない、空気のよう。 back - next 青いボクらは |