鈍感の先 3



ぼんやりとした気持ちで寮を出る。気持ちの明るさは最高潮に悪いし、このままだと部活にも身が入らなさそうで嫌だった。

零れた溜息に自分のテンションが徐に下がる。あぁもう馬鹿自分、今更気付いても遅いけれど、少し考えれば分かることなのに。もう一度零れてしまいそうになった溜息を何とか喉で押し止め、前を向く。服部が寮の出入り口で立っていた。

「…なにしてんの」
「畑を待ってたんだよ」
「へぇ…」

突然声を掛けても驚かない辺り、当然の事ながら気付いていたらしい。なるべく音が鳴らないよう、早朝は気を遣って階段を使っているといのに。

「昨日のアレ、なに?」
「え?」
「だから!昨日のアレ、何!」
「ああアレ…」

少しばかりムキになって声を荒げて言えば、思い出したのか服部はマイペースに返事を返す。昨日ミヤにしたように睨むも、服部もミヤ同様気にせずスルーした。

何かムカつくと、気を紛らわすように視線をあちこちに移動させる。その最中、壁に掛けられている時計が目に入った。針が指し示す時刻は7時半。朝練の始まる時刻は8時丁度で、まだ朝食を食べていない自分。血の気が引いた気がした。

「うわっじ、時間が…っ!」
「…へ?」
「話す事無いなら良いでしょ?!アタシは朝練があんの、朝食食べんの!」

いくら寮が周りの家よりか学校に近いとしても、朝食をいつものペースで食べていつものペースで歩いて行っていたら完全に遅刻だ。寮から学校までは15分程度は掛かる。

朝練でもないのに走って学校に行きたくない一心で、足を食堂に向ける。服部を見ることなく少し小走りで歩き出そうと一歩踏み出した瞬間、左腕を取られる。予想外に強い力に眼を瞠り、顔を向ければ真剣な顔をした服部がいた。

目が合った瞬間、背筋に冷たいものが走る錯覚。

「な、に…」

掠れた声が耳に届いて、喉が乾涸らびたような気持ちになる。腕を予想以上に強い力で掴まれているせいだけでなく、直感的に逃げられないと思った。

「昨日も言ったけど、俺は畑が好き。たとえ畑が俺以外の誰かを好きでも、それでも俺が好きなのは畑だから。それだけは覚えていて」

濁り無く響く真っ直ぐな声。曇り無く世界を映す黒い瞳。それらが僅かに震えていると、アタシが気が付けたのは奇跡に近い。アタシは、鈍感、だから。だから人の思いを履き違えたり、言葉の真意を汲み取れない事もある。だけど、これは間違っていない。

服部は本当に、

(「嘘じゃないよー」)
(「―…服部君の意思は決まった。もう今までと同じじゃなくなる」)

カッと顔に血が集まって、紅潮していくのが分かった。服部の言葉に漸く現実味と、そして肉体的な実感を得たからだ。どうすればいい、混乱する思考回路のずっと奥底、何かがひっそりと隠れるように、蟠りの端が姿を出す。

「え、…な、は」
「もしかして畑、気付いてない…?」
「は、あ?」
「あ、いや…―」

不自然に言葉を句切り、わざと視線を奪う服部が、ニタリと口元で弧を描く。折角の奇麗な三日月も、嫌に情熱の篭もった眼差しのせいでどこか挑発的で、エロティックに拍車を掛ける。

なら俺、遠慮しない。絶対惚れさせるから。

鼓膜を叩いた不必要に至近距離で囁かれた台詞に顔を赤くして走って逃げ出したアタシは知らない。ミヤの言葉に隠れた意味と、その示された未来を。走り出して逃げたくなるほど息苦しい想いが直ぐ傍に存在していただなんて。

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