03

痛くないよう、けれど逃げられないように腕を掴まれた。腕を掴んだ男、戸田さんはにこにこと笑いながら迷いない足取りで何処かへと進んで行く。

「ちょ、戸田さんっ」
「なぁに」
「どこに向かってるんですか!」

焦燥感を感じ、背中に冷や汗が流れるのを感じた。先端が急速に冷えていく。そんなわたしを知ってか知らずか、戸田さんはにこりと微笑む。肩越しに見たその顔は、どう見ても綺麗だった。

ふふっと、楽しげに声を漏らす。その目には確かに楽しいと訴え、同時に猛烈な毒を孕んでいるように見えた。
手を離してもらなくては。腕を掴む手を剥そうとその手に触れるも、戸田さんの手は離れなかった。むしろ更に力が加わり、少し痛いくらいだった。

「い……っ」
「あいだちゃん」

痛みに呻くわたしを無視して、戸田さんは声を掛ける。見上げれば、今日見た中で一番計算され尽くした笑みを向けられる。薄い唇が開く。硬直したまま、その声を紡がれるのを聞いていた。

「今日のひと悶着、大丈夫だった?頬とかは当然だけど、今結構頭の中ぐちゃぐちゃでしょ」
「……何が言いたいんですか」
「えぇ、もう結論にいくの?もっと会話のキャッチボールしようよ」

次々に出てきた言葉に妙な脱力感を味わう。身構えていただけに、言われた言葉は違う意味で衝撃的だった。ある意味素晴らしい攻撃だとげんなりする。

隠すことなく、大きく溜め息を吐いた。この人を相手に遠慮などしていられない気がした。遠慮という隙を突き、とんでもないことをされてしまいそうだった。
ちらりと窺うように見れば、戸田さんとばっちり視線が合う。ずっと見られていたのかもしれない。かっと頬に熱が集まった。

するりと、腕を掴んでいない方の腕が頬を撫でる。自分よりも低い体温、冷たい指先。肩が揺れた。その様子を、クスリと笑う男の人。そっと、上を向かされた。

「結論と言葉遊び、どっちが聞きたい?」
「……どっちも聞きたくありません」
「つれないなあ」

くすくすと、また笑う。裏も何も感じない、ただただ楽しそうな表情だった。細められた瞳が真っ直ぐに自分を貫く。戸田さんの瞳はまるで毒だった。

見つめられると動けなくなる。
動くなと、雄弁に物語るその双眸に貫かれただけなのに。

「じゃあ結論だけど、俺の女になれよ」

戸田さんの声が変わる。爽やかの裏に潜められていた色う気配が、全面に表れていた。艶冶な声一つで、人はここまで変わるものなの。

「……む、り」
「どうして?」
「わたしは、貴方を知らないし、まず……好きでもないです、から」
「それで?」
「え?」
「他には?」

挑発的な目で見られる。他にもあるんだろ、理由が。断られたのに崩れない余裕そうな姿に、危険だと理解した。遅すぎる理解と警報は、けれどもう役には立たない。
何か言わないと、でも何を。何を言ってもこの人を退けられる気がしないのは、きっと勘違いじゃない。

焦り、焦り、あせり。

上手く回らない頭が繋いだ言葉の羅列、吐き出す声。これならば、この人だって怯むはず。

「わたし未成年です!」

戸田さんはきょとんとした。目を大きく瞬かせて、わたしを凝視する。どちらも口を開かないせいで、沈黙が流れた。しかしそれもすぐに霧散する。
薄い唇が綺麗な三日月を描く。にやりと、あくどい笑みだった。悪い顔だ。捕食者のような瞳だ。戸田さんは、全く怯まなかった。

「いいよ、俺は悪い大人だからね」
「え、」
「そんなの問題じゃないよ。俺のことはこれから知っていけばいいし、気持ちの方も平気だよ。君は俺を好きになるから」

なんて強引。なんて自信過剰。開いた口が塞がらない。あまりの衝撃に思考回路はショートした。全機能が停止する。
――そのせいだ。

「め、とじて」

薄くて冷たい唇を、なんの抵抗もなく受け入れたのは。
言われるがまま目を閉じて、与えられるものを甘受してしまったのは。

全部全部、そのせいだ。

back|next
ろくでなし




人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -