01

意味が分からない。

目の前の光景は見慣れたものではあるけれど、この状況は初めてだ。叩かれた頬をそっとなぞる。自分の手は驚くほど冷たくて、打たれた頬は酷く熱かった。
チラリと前を向けば、にやにやと笑う自分の彼氏と、怒りに頬を赤くし、平手打ちをし終わった体制の女の子。

勘弁してほしい、ほんとうに。

そもそも、わたしは悪くないでしょう。わたしは一応、列記とした彼女だ。ちゃんと告白を受けて成り立った関係だ。略奪愛なんてとんでもない。自然とため息が零れた。

「これに懲りたら、もう手出さないでよね!」

誰に手を出すんだ。
声に出したら更に煽るような言葉が浮かんでは消えた。もう一度溜め息を吐きそうになって、でも堪える。
全身から力が抜けていくような気がした。そして湧き上がる不思議な感覚、気持ち。もう全てがどうでもよくて、全部手放したくて堪らない。

「……出しませんから、もうこのお店には二度と来ないでくださいね。そこの男の人共々」

呆れたように言えば、呆気にとられる二人。特に男、酒井伸也の方は信じられないとでも言うような顔だった。信じられないのはこっちですってば。
ぽかんとした女の子に向かって、にこりと笑い掛ける。はっとしたように警戒した瞳を向けられた。その視線に怯むよりも、わたしには言わないといけないことがある。

「正直、わたしをライバル視するよりも、周りに目を向けた方がいいと思います。折角そんなに可愛いんですから、もっとたくさんデートしたほうがお得ですよ」

にこり。だから放っておいてくれと、言外に告げる。すると女の子は正しく意味をくみ取ってくれたのか、酒井君の腕を取って店から早足に出て行った。嫌な沈黙が店内に流れる。

「……ご注文、あります?」

誤魔化すように、周りのお客さんに問いかける。それでも気まずい空気は破れなかった。
はぁ。小さく溜め息を吐けば、奥からマスターが出てくる。わたしの頬を見て、店内の様子を見て、彼もまた溜め息を吐き出した。

スッタフルームを指さされる。「今日はもういいよ。お疲れ様」労わるような表情で言われた。マスターの瞳は、とても優しい色をしていた。

「すみません」

うつむいて横を通り過ぎる。その際、一度だけ頭を撫でられた。どこまでも優しい人だ。何も言えなくて、先程の女の子と同じように早足でスッタフルームを目指した。

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ろくでなし




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