両手に清田




いつからこうなってしまったのか。
考えてみれば、最初からじゃないか。いや、ほんとのはじめはむしろありがたかったんだ。

俺は部員で、桜子はマネージャーだし、2年生までは先輩もいたわけで、なかなか桜子に手が出せずにいて。そんな顔して恋愛はさっぱりですか、と神に言われ続けて1年が過ぎたとき、運よく桜子の弟の清田が入ってきた。

そして清田が、「お似合いですよ二人とも!二人が付き合ったら最高っす!!牧さんが兄貴になってくれたらもっと最高っす!!」と言って仲をとりもってくれたからこそ、こうして桜子と付き合えた。だからとても感謝している。

けど。


「牧さん!今日のデートはどこ行きましょうかね!」


なんでお前はデートの度についてくるんだ。あれ、お前は応援してくれるんじゃなかったのか?え?邪魔したいのか?


「ああ…そうだな」

「この前テレビで見たんすけど、新しくできた喫茶店、カップルに人気らしいっすよ!あ、でも俺いたら行けないっすね!ははは」


じゃあ自粛しろよ!


「ねえ、ノブ…わたし、毎回思ってるんだけど」


行く当てもなく彷徨う道中、桜子が言いづらそうな声色で言った。お、いいぞ桜子。さすが俺が見込んだ女だ。さあ言ってくれ、お前は大人しく家でお留守番していろと。


「わたし…」

「え、わたし?」

「わたし…紳一の左側がいい!」

「……」

「右側譲るから、左側譲ってよ!」

「やだよ!牧さんの左側は俺のもんだ」


ちがうだろ桜子!右側でも左側でも好きな方やるからこいつをどうにかしてくれ!

一体どうして俺は彼女とのデートで兄弟げんかを見ているんだ。さすが兄弟と言うだけあってぎゃあぎゃあと言う騒がしい加減がよく似てる。すれ違う人たちの目には、俺達は一体どう映っているのだろう。3兄弟か?それだとやっぱり俺が一番上か?きっとそうだろうな。俺が老け顔といじられるのはこういう気苦労が多いせいだ。絶対そうだ。くそ、清田め、もうパス出してやんねーぞ。あ、どっちも清田だった。ああ、それにしても左腕がもげそうだ。


「離せよ!」

「ノブが離してよ!」

「お前らいい加減にしろ!」





そんなこんなで俺たちはいつも妥協案の公園に行く。
桜子がトイレに行っている間、望んでもないのに俺は清田とふたりになった。


「牧さん牧さん、ねーちゃんとどこまでいったんすか?」


お前がいままで見てきたまんまだよ。


「…デートで出掛けるぐらいしかしてねえよ」

「おうちデートとかしないんすか?」


してもお前がいるからなにも進展ねえよ。


「じゃあ…ちゅーは?」

「…まだだよ」

「えぇ!?嘘でしょ!?あ、もしかして俺に気ィ使ってんすか?そんなのいいのに〜」


しづれえよ!!

俺は煽られているのかもしれない。でもここで飲み込み続けてきた言葉たちを爆発させてしまったら、清田兄弟の間に亀裂が生じてしまうかもしれない。そうだ、これは試練だ。男の見せ所だぞ俺。耐えろ俺。はあ、という疲れと意気込みの混ざったため息をついたところで桜子が帰ってきた。


「ノブ、なんかジュース買ってきてよ」

「えー、なんで俺が」


いやいや、お前だろ、どう考えても。

しぶしぶ清田が去ったところで、桜子が空いた左側に座った。ああ、そうか!もしかしなくても桜子は俺とふたりになりたくて…


「…やっとふたりになれたな」

「そうだね」


初めて独り占めできる桜子の笑顔。教室でも部活でも清田がいるからちがったけど、今は俺だけのもんだ。ずっと待ち望んでいたこの空間。猿がいなくなった公園は俺と桜子の貸切状態で、街の雑踏とは全くの無縁だった。こんな時間がずっと続けばいい。そんな、昨日見た音楽番組で流れていた曲の歌詞のようなことを本気で思った。


「…桜子」

「なに?」

「好きだよ」


二人きりになった瞬間から生じたこの甘い雰囲気のままに、俺は半ば無意識でそう零した。そんな言葉を聞いて桜子はどんな反応をするのだろう、と17歳らしく心を躍らせていると、缶が落下する音が聞こえてきた。


「ま、牧さん…俺がいること、忘れないで下さいよ!!」


え?


「ノ、ノブの前でそんな…は、恥ずかしいよ紳一…」


…え?


「てぃ、TPOっすよ牧さん!!」


えええええ!?俺が悪いのか!?さっきキスしろとか言ったのはどこのどいつだ!なんなんだこの姉弟!


「…でも、紳一」

「…はい」

「わ、わたしも好きだよ…!」


どうにでもなれという風に真っ赤になってそう言った桜子は、どうしようもなく可愛らしくて、思わず抱きしめようとした俺の腕は


「お、俺も好きっす!!」


と言った憎き弟の頭にゲンコツで降り注がれた。






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