ガキ




年下なんて思われたくない。いや現に年下なんだけど、でも俺だって男だ。頼られる彼氏になりたい。そう毎日思ってるのに、桜子と喧嘩した。しかもガキみたいな理由で。


「そんなん聞いてねえよ!」

「今言ったもん」

「そう言うこと言ってんじゃなくて!…だって、決めたのはもっと前だろ」


桜子が、海南以外の大学に行くと言った。俺は勝手に、桜子は海南大に行くとばかり思ってて、違う大学に行くと聞いてショックを受けた。冬のこの時期は、受験生にとってすごく大事な時期なのに。「がんばれよ」って、応援するべきなのに。会えなくなるから、なんてガキみたいな理由で機嫌が悪くなる俺。それが余計に腹が立った。


「…でもねノブ、そりゃ、海南大よりは少なくなっちゃうかもだけど、大学に入ったら今年よりもっといっぱい遊べるし…」

「そうかもだけど…相談くらい、してくれてもよかったじゃんか…」


自分の将来に俺は関係ない、って言われてるみたいで悔しかった。大体、なんでわざわざエスカレーター無視で他の大学行くんだよ。国公立に行きたい、なんて言われても俺には全然ピンとこねーし。海南大の学祭に来年も行こうなって、秋に約束したばっかじゃねーか。


「…俺、そんなに頼りねえか?」

「ちがう、そんなんじゃない。でも1年生のノブに受験の話なんてしてもわかんないでしょ?」


突きつけられた正論に、俺は困惑して、ぶちまけた。


「…は、なんだよ、その言い方」

「…事実じゃん」

「なんだよ、最近は牧さんと受験の話ばっかで俺すげー疎外感あるし、楽しそうでいいよな!」

「…ノブ、本気で言ってるの?」

「悪いかよ」

「受験生だって、バスケ部と同じくらい辛いんだから!」

「俺らの辛さわかんのかよ!」

「ノブだってわからないくせに!内申がかかった定期テストも、現実突きつけられる模試もやったことないのに、よくそんなこと言えるね?」

「…またガキ扱いかよ。ふざけんな!」


そんな、今まで桜子には見せたことのない態度で捨て台詞を吐いて、俺はその喧嘩を最悪のタイミングで終わらせた。次会うことなんてない気がしていたからこそできたことだった。よく考えもしないで、感情に任せた行動だったんだ。


なぜ俺は謝らない。間が空けば空くほど修復が難しくなるのはわかってる。なんで桜子も俺と会おうとしないんだ。意味わかんねえ。俺も、あいつも。

ぐるぐる不満ばかりが渦巻いて、気付けば会わなくなって1週間以上経っていた。


「清田、お前ら最近あってねえみたいだけど、別れたの?」


クラスの友達が、机に突っ伏す俺に聞いてきた。


「…知らねー。忙しいんじゃねえの」


桜子も桜子だ。こんなこと、今までなかったのに、俺と会わなくたって平気なのかよ。俺がいなくても、何も変わらず生活できるってか。…なんでだよ。






「あ…」


ジュースでも買いに行こうと、裏庭を通ったときだった。ベンチに桜子と友達が座っていた。

桜子は泣いていた。ちゃんと言うべきだったのに、と聞こえた。

俺だ。桜子は俺のせいで泣いてるんだ。

俺はどうすればいい?今行って、謝ればいいのか?

でも…


「でも桜子は、わかってくれると思って言ったんでしょ?…それでだめだったんだから、しょうがないよ」


どの面下げて、行けばいい?こんな大事な時期に、迷惑しかかけられない俺が、ガキな俺が、桜子のために、なれるのか?俺が泣かせた桜子を、俺が笑顔にできんのか?

無理だよ。こんなガキな俺を見られたくない。もっと頼れるやつに、自慢できる彼氏になりたかった。


「…だっせえ…」


俺の虚しい声が、白い息とともに真冬の灰色の空に消えた。

俺がすべきこと、それは、謝って、仲直りして、ちゃんと応援して、これから試験までの間、また迷惑をかけるかもしれないリスクを負うか。

別れて、きっぱり忘れてもらうか、ショックを与えてしまうか。

そのどれかだった。







明日から冬休みが始まる。とは言うものの、部活は今日もあるし、明日もあるし、正月も2日からある。大会だってある。そしたらすぐに学校で、だから休みなんてあるようでないものだ。


「今日で3年は、とりあえずセンター試験が終わるまでしばらく登校しないから、掃除場所変わるぞー」


冬休み明けの予定のプリントを配りながら、担任が言った。プリントに目を落とすと、1月の第3週目の土日に、センター試験と書かれていた。つまり、今日を逃すと桜子と1ヶ月半も口をきかないことになる。


「…せんたー、しけん」


口は、最悪きけなくたっていい。それより心配すべきなのは、今の俺の心境なんじゃねえのか。大切な人の大切な日、運命の日をもうすぐ迎えるというのに俺は薄情なくらい無関心だ。試験と言うものに対してまるで他人事で、それは今までもそうだったんだけど、今回のはまるでちがう。決戦なんだ。なのに俺は、いつまでも意地を張り続けている。あいつは、桜子は、俺のどの試合もまるで自分のことのように勝利を祈ってくれていたのに。俺は今まで一度だってそんなこと…。


新しい掃除分担が決まっていく中で、俺は桜子がくれたユニホーム型のおまもりを見つめていた。






前までなら、桜子は残って勉強して、俺が終わる時間に合わせて帰っていた。最近はきっと、俺が終わるより早くに切り上げてるはずだ。明日はひとりでやるからと言って、1年の雑用を他の奴らに頼んで早めに切り上げさせてもらった。

靴箱に行き、まだ桜子のローファーがあることに胸をなでおろす。ポケットに手を突っ込み、白い息をひとつ吐いたとこですぐ、桜子は現れた。


「ノブ…」

「…よう」


驚いていた桜子は、すぐに俯いてしまった。もう、そんな顔はさせないって決めたんだ。もう、


「桜子、一緒に帰ろう」


俺は


「今日で最後だ」


決断したんだ。


「え…」

「センター終わるまで、もう会わない」

「…」

「大事な時期に、お前を困らせたから、センターまでの間に、またなんかしちまうかもしんねえから」

「ノブ、わたしも悪かったから別に…」

「いや、…俺だよ。俺がガキなせいなんだ。わかってる。…ほんとは、なんかしちまうかも、なんて言ってる時点でかっこわりーけど、でも俺は、毎日、頼れる男になりてーと思ってたのに、毎日ガキなことばっか言ってて、困らせて…
だから今回だけは、頼れる彼氏らしく、けじめ、つけさせてほしいんだ。

桜子が、本当に好きだから」


マフラーに、桜子の涙が染みた。


「…だから、二次試験、だったか?それも終わったら、いっぱい出掛けようぜ!大学行っても、文化祭とか絶対来いよ!」

「うん…ありがとう…。部活も、大会も、応援しに行く」

「おう!…あとこれ」


俺は桜子におまもりを渡した。でも1個じゃない。大量の合格守りを、俺らのラッキーカラーの紫でまとめたやつだ。


「それ、遠征に行ったときにいろんな神社でひたすら買い集めたやつだ。いいのかわかんねえけど、でも日本は八百万の神だから大丈夫だみたいなこと神さんに聞いたから、きっと大丈夫だ」


ほんとに?と、いつものように笑ってくれた。


「桜子がくれたこのおまもりのが断然効果あると思うけど、気休めにな!多いに越したことないだろ」

「うん…ありがと」

「おう」


久し振りに桜子を抱きしめた。次は2月の終わりまで我慢だ。


「がんばれよ」

「うん…ありがとう…!」

「会わない間も、ずっと応援してるから」

「ノブも大会がんばってね」

「任せろ」


これが正しい判断なのかわからねえ俺は、やっぱりガキだ。

でもこういう、大事なときはガキらしく、大人ぶらせてくれよな。






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