サイダー


寿とケンカしました。
理由は口に出すのもはばかられるくらい、ちいさなこと。


「そんな怒んなよ」

「うるさい!出ていけこの差し歯!!」


差し歯はさすがにまずかったかなー。まあいいや事実だし。もとはといえば寿が悪いし。うん、大丈夫。

そう開き直ったわたしの視線の先には、見覚えのあるデカイ背中。炎天下の帰り道を歩く、中身の無さそうな鞄を持ってるのは、今一番会いたくない男、差し歯の寿だった。


「うわ…」

「あ、桜子」


声の音量を間違えたわたしは、まんまと差し歯の寿に気づかれた。すぐに口を押さえて隠れるところを探したけれど、残念ながらそんな場所はなく。そうこうしているうちに寿はこっちに向かってきていた。


「うわ、じゃねーよ」

「…」


ケンカをしたのはこれが初めてではなかった。今までにも何度かあって、その度にわたしはこうやって意地を張って俯いて目を合わせるのを拒んでいた。だっていつもケンカのきっかけをつくるのなんて寿なんだから、だれだってこうするに決まってる。うん。絶対そう。


「ちょっと待ってろ」


そう言って寿は近くの公園に一人で入って行った。この状況でわたしを一人残して、わたしが帰っちゃったらどうするんだろう。そこら辺、ちゃんと考えてるのかな。絶対そんなことないな。そんなことに考えが及ぶくらいならあの時あんなこと言わないもの。もうほんと馬鹿。あいつの頭は持ってた鞄並に軽いんだからやんなっちゃうよ、まったく。

そんなアホな選択をした寿に合わせてあげたわたしは、大人しくそこで待っていてあげた。


「ほらよ」

「…こんなんで仲直り?」

「うるせー。おごりだから感謝しろ」


しばらくして戻ってきた寿の手にはふたつのサイダーがあった。なんで偉そうなんだこいつは、とか思いつつもタブをあけた。


「うわあっ!?」


サイダーが勢いよく噴き出してきた。そうだこいつはがきんちょだった。いまだってすごい爆笑してる。むかつくなあ、もう。ほんと、馬鹿なんだから。

仕返しに私は、寿のサイダーに、つやつやの紫色のキャンディを3つ放り込んでやった。


「お前いま何入れ……うおおっ!?」


噴き出すサイダーと爆笑の寿とわたし。


「桜子、一緒に帰るぞ」

「うん」


いつもそうだ。

ケンカのきっかけも仲直りのきっかけも、いつも寿なんだ。仲直りの時にできるこのくすぐったい空気を感じたいがために、こいつはわざとケンカするようなことをしてるんじゃないだろうか。そうだったらなんとなく悔しい。なんか掌の上で転がされてるみたいで。今度仕返ししてやる。

炭酸が無くなって甘いだけのサイダーを飲んだ。


「…炭酸なくなってる」

「あめーな」

「でもわたし、炭酸苦手だからこっちのが好き」


炭酸を飲んだ時に舌がピリピリとするあの感じが苦手だった。寿にそんなことを言った覚えはないけれど、もしかしたらそんなことも何となく気づいてたりしてたのかな。いやでもわかってたらそもそも買ってこないか。


「手ェつなごうぜ」

「やだよ、ベタベタじゃん」

「おう、ベタベタしようぜ」

「そうじゃなくて」


それでも無理矢理わたしの手を取った寿。もちろん寿の手もベタベタだからお互いの手が砂糖によってよくくっついた。これは離した時に嫌な感触がするやつだ。だから繋ぎたくないって言ったのに。やっぱり馬鹿なんだから。


「すげーベタベタすんな」

「だから言ったのに」

「洗うか」

「離したとききっと気持ち悪いよ」

「うわー、やだなそれ」

「だからこのままでいよ」

「おう。仕方ねーな」

「うん、仕方ない」

「桜子」

「なに?」

「ごめんな」

「うん。わたしもごめん」






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