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(嘘じゃない、また会える)














魔王を倒せば、その時代での、勇者として現れた青年の役目は終わりだった
強大な魔が消え脅威が去り、ハイラルという国が民の歓喜に包まれる中

緑の衣を纏う時の勇者は、あるべき場所に戻ろうとしている
ただ一人大切な存在を置いてでも還らなければ
せっかく平和が訪れたその世界に、歪が生じてしまうのだと時の賢者は云う


それを承知でも残りたいと言い張るのは、勇者リンク
対して、残される側である女の方は、あくまで笑みを浮かべながら見送ると言って聞かないのだ
気を利かせた姫は今、ここにはいない
どう足掻こうとこの時代に残ることなどできないリンクを気遣って
せめて彼の時を歪めるよう仕向けた彼女ができるのは、その程度のことと、ただ彼を元の場所へ還すことだけだった




「いいよ。私はリンクがいなくなっても、大丈夫だから」

「な…っそれ、本気で言ってるのかよ!」

「…ほんき、だよ。だって仕方ないでしょ、リンクがいるべきなのは今じゃない」

「だけど…!」


いつの間にか肩を掴んでいたリンクの手に力が入る
彼女の顔が僅かに顰められたが、我慢できないものではなかった
そっと、肩の上の手に触れれば、すぐにその力は弱くなり
申し訳なさそうに「ごめん」と呟いて、リンクの両手はだらりと垂れ下がった


「なぁ、一緒に……逃げ、よう」

「え……?」

「どこか遠くに。砂漠を越えてハイラルの外に。誰も知らない所まで、二人だけで…!」


必死の形相で捲し立てるリンクの小さな希望を、打ち壊したのは
女がゆるゆると、首を横に振ったその瞬間

零れ出たのは言葉よりも早い、訳のわからない涙だった
まだ青年として成熟しきっていない少年の心が、酷く傷つけられたように
リンクは声を殺して、大粒の涙を幾粒も零していく


「まったく、いつまでたっても子供なんだから、リンクは」

「う…るさ、いな…っ」

「ねえ。私、リンクの事大好きだよ。だから、リンクに元の場所へ帰ってほしい」

「………わか…、た…行こう、ナビィ」


気を利かせて帽子の中に引っ込んでいた妖精が外に出て、頷く仕草をしてみせる
涙と鼻水を流す勇者を、彼の働きに感謝している人々が見たら何を思うのか
そんな冗談を飛ばす雰囲気でもなく、彼女は眉を下げ力無く笑った

だが、ごしごしと乱雑にグローブで涙を拭ったリンクが次に顔を上げた時
彼は後に語り継がれるであろう、勇者の表情を浮かべていた


何か強い決意を感じさせる目に
彼女は一瞬だけ、呼吸することを忘れた



「迎えにいくよ」

「…リンク…?」

「俺が、迎えに行く。また、会える」


嘘じゃないよ、と付け足して
最後、リンクは力いっぱい、苦しいくらいに女を抱きしめる
躊躇いがちに彼の広い背に彼女も腕を回し、一粒だけ別れの涙を溢れさせた



「約束、だからね」



たとえ覚えていなくても
たとえ記憶がなくても

必ず、迎えにいくと、リンクがそう言うのなら
先刻の言葉を嘘にしないと、リンクがそう言うのなら

今までそうしてきたように、その言葉を信じない理由を、彼女は持ち合わせていなかった

消えかかった温もりを胸に抱き、女は今度こそ緑の背中を見送る





嘘じゃない、また会える





(それは平和なハイラルでの出来事)
(どこか大人びた少年は、とある少女を迎えに来たのだという)
(少女の記憶に少年の姿は無かったのだけど)

(その時確かに、約束は果たされた)

fin.
10.0218.
((ほら、嘘じゃなかったでしょう?))

翡翠θ