今日は目が覚めた時からずっと夜が待ち遠しかった。洗濯をしている時も、掃除をしている時も、昼食をとっている時も、買い物に出かけた時も、どんな時でも私の思考は夜のことばかりでいっぱいだった。

──今日は、三ヶ月ぶりに彼が家に来るのだ。

私は気持ちを落ち着かせようと温めたホットミルクを早々に飲み干し、まだ温かさの残るマグカップを両手で包みながら、ドアがノックされるのをひたすらに待っていた。
三ヶ月前に会った時はまだ夏だったな、と、彼の姿を思い浮かべたりしながら。

最近の夜は特に寒く、家に一人でいると少し寂しくなってしまう。どうして秋や冬はそういうふうに思うことが増えるのだろう。

ふう、と小さく息を吐く。静かな部屋でじっと待っているのも辛いが、何かしようとしても結局落ち着かず、気を紛らわすのは諦めてただ座って待つことにしたのだが、それにしても時間が経つのがあまりにも遅い。
きっと来てくれるはずだが、でも、もし何か緊急のことや急な仕事が入れば来られなくなる可能性も大いにあり、そのこともやや不安である。彼は兵士で一般人の私とは忙しさも背負っているものも全く違い、私はこの家で待ってることしか出来ず、けれど、それが出来ることは幸せなことで、会えない時間も私は彼のことをずっと想い、応援している。彼が人生を懸けてやっていることの為ならば、私と会えないことなんてきっと些細なことなのだ。

一人でいろいろと考えているとようやく玄関のドアがノックされる音が部屋に響き、私はガタリと立ち上がった。
足に掛けていたブランケットを椅子の背もたれに掛けて、一度ゆっくり息を吐いて玄関の方へと向かう。はあい、と返事をして、それから鍵を開けて、確かめるようにドアノブを握り、がちゃりとドアを開いた。





「……おかえりなさい、リヴァイ」


冷たい外気を纏ったリヴァイがそこに居て、彼が視界に入った瞬間に私の頬は緩まる。


「…ただいま、ナマエ」


同じように表情を緩めたリヴァイがそう言う。そのやり取りだけでもう満足したといっても過言ではないくらい、私の気持ちは満たされていった。


「お疲れ様。寒かったでしょう、ホットミルク飲む?」


何より無事であったことに安堵し、家の中へ歩みを進めようとすると、玄関が閉まる音と同時にリヴァイの腕が私の背中へと回ってきた。そのままぎゅっと抱きしめられて、三ヶ月ぶりのその力強さに心臓がドキリと音を立てた。



「……寒ぃな、今夜は」


冷えているリヴァイの体が私を包み、こちらの体温が少し奪われる。私の方まで寒くなってしまったがそんなことはどうでもよく、同じようにリヴァイの体に腕を回した。
そうして、体温が混ざり合い互いに少しずつ温かさを取り戻した頃に、私は顔を上げた。


「…あっためてあげるね」


目を合わせ、リヴァイの頬に両手を添えて、そしてその唇に唇を寄せた。
何もかもが久しぶりで、何もかもが愛しい。会って数分しか経っていないのにもうすでに全てがリヴァイでいっぱいになってしまった。

次第に、キスが深くなっていく。求めるようなリヴァイの瞳はだんだんと熱を帯びていく。


「……っリヴァイ、ちょっと、待って、」
「………何だ」


このままだと玄関先で始まってしまうのでは?というくらいの勢いと熱に、さすがにまだ早い、と思い、リヴァイを軽く制する。
待ってと言うとリヴァイは顔を上げて、面白くなそうな目で私を見た。


「とりあえず、ホットミルクとか飲んでゆっくりしない?」
「………。」
「ね?」
「…お前があっためてくれるんじゃなかったのか」
「……ホ、ホットミルクでも温まるよ」


冷静に言われると恥ずかしい。ぐっと体を離し、そそくさとキッチンの方へと向かった。
納得してなさそうなリヴァイは黙ったまま私のあとを目で追い、小さく息を吐くと玄関の鍵をがちゃりと閉めた。


キッチンでリヴァイと自分の分も改めて用意して、二人分のマグカップを持とうとすると後ろからゆるりと手が伸びてきて、リヴァイの方のマグカップを持っていかれる。


「遅くなって悪かったな」
「ぜんぜん。会えただけで嬉しい」


リヴァイはホットミルクを一口飲みながらそう言ってソファに座り、その前にあるローテーブルにマグカップを置く。私はさっき椅子に掛けたブランケットを手に取ってから、彼の隣に腰を下ろして二人の膝元にそれを掛けた。大きくないソファなので必然と距離が縮まる。


「もっと言えばリヴァイが元気でいてくれるだけで嬉しい」
「……相変わらずだな」
「だって本当の気持ちなんだもの」
「もっと触れたいと思ってるのは俺だけか?冷たいやつだな」
「……ふふ。触れたくないとは言ってない」


そう言えば、何か言いたそうな目で見つめられて、でも結局何も言わずにリヴァイの手が私の顎を捉えて、ゆっくりとまた唇が重なる。さっきのとは違い、とても優しいキスだった。

ゆっくりと唇が離れて、そのまま見つめ合う。

リヴァイが目の前にいる。リヴァイが、生きていてくれる。それだけで本当に十分だと思えた。
本当はいつも、心配でたまらない。会えない時間が長くなればなるほど不安になる。このまま会えなくなったらと怖くなる。けれど、それがリヴァイの選んだ生き方なのだ。彼の進む道なのだ。私はそれを否定したくない。だから、たとえ何ヶ月も会えなかったとしても、無事で生きてさえいればそれでいい。本当に、心からそう思う。


「……リヴァイ、会いに来てくれてありがとう」


私とは比べものにならないくらいやるべき事があって、いつも忙しくて、命を懸けて戦うこともある彼が、こうして私に会いに来てくれる。私とのことを考えてくれる。それはどんなに、幸せなことだろうか。

リヴァイの手が私の髪を優しく撫でる。ひどく優しい手つきで、いつもこの手に武器を握っているとは思えないほどだ。
目元にひとつキスをされて、頬にもひとつ、そうして最後に唇までそれは落ちてきて、そのままゆっくりと体が押し倒された。いつの間にか温まっていたリヴァイの身体に包まれ、ブランケットがぱさりと下に落ちる。このソファは二人で寝転ぶにはあまりに小さく、窮屈さを感じながらも、けれどもうそんなことはどうでもよかった。

冷めていくしかないホットミルクが、テーブルの上に二つ置いてあった。







「……何、してる」


気怠げなリヴァイが後ろから声をかけてきて、私はソファに座りながら振り返った。
さっきまでベッドで眠っていたリヴァイは服を纏い、眠たそうな目でソファの背もたれに手を置き、私が書いているものを見下ろした。
窓の外は少し白んできていて、暫くすれば朝日が昇るだろう。


「日記書いてるの」
「……官能日記か?」
「バカなの?」


冗談だとしてもびっくりするほど呆れる言葉に、思わず顔を顰めてしまった。しかしリヴァイはそんなこと気にもせず隣に腰を下ろす。真ん中に座っていた私は横に少しずれて、日記を手に取った。


「日記なんか書いてたのか」
「最近ね」


最近、日記を書くようになった。その時々に思ったことや感じたことを残しておきたいと思ったからだ。日常の些細なことは時が経つと忘れてしまうことも多く、取り留めのないことでも書き残しておこうと思った。いつか読み返した時、懐かしめるように。

──11月24日夜、三ヶ月ぶりにリヴァイが家に来てくれた。その文から始まった日記は、リヴァイのことばかりが書かれている。一日中ずっと落ち着かなかったことや、久しぶりに会えて嬉しかったこと。リヴァイに対して思ったことなどが書いてある。別にキスしたとか触れ合ったとかそういったことを書いているわけではない。


「毎日書いてんのか?」
「いや、毎日は書いてないよ。たまに、気が向いた時に」
「今日は気が向いたんだな。」
「リヴァイが来てくれて嬉しかったからね。」


ぱたんとなんとなく日記を閉じて膝元に置くと、リヴァイの目線が日記の方に向いていることに気がついた。


「……読む?」


なんの気無しに、そう聞く。別にリヴァイの興味あることが書いてあるわけではないが。するとリヴァイは少し意外そうな声色でこっちを見た。


「読んでいいものなのか」
「うん。まぁ別にただの日記だけど……読まれたらまずいことは書いてないと思うし」


パラパラと捲りながら適当に内容を確認するが、本当に大したことは何も書かれていないし、そもそも書き始めたばかりで量もそんなに多くない。読んで面白いものでもないと思うけれど、リヴァイは私の手からそれを取ると、一番最初のページを開いた。


「俺が知ったらまずいことは書いてないってことか?」
「リヴァイに知られたらまずいことは何もしてないってこと」


肩から掛けていたブランケットを半分リヴァイの背中にも掛けて、さらに身を寄せ合いながら二人で日記に視線を落とす。
書いてあることは本当に取り留めのないことで、買った花のことや、近所の人と話したことや、仕事であった小さな出来事など、そういった日々の些細なことばかりが記してある。改めて自分で読み返してみても特に面白くはないのに、それでもリヴァイは一ページごとにちゃんと読んでくれているようだった。
それがなんだか嬉しくて、リヴァイの肩に頭を寄せてもたれかかる。こうしてくっついていられることが嬉しい。リヴァイの体温を感じる。世界で一番安心できる場所だ。彼にとっても、そうだと嬉しい。

日記には、たまにリヴァイのことが書かれていて、それを読まれると少し恥ずかしい気もした。



「──ナマエ、」


ふと名前を呼ばれる。


「ん?」


顔を上げて、リヴァイの方を見る。彼の手が私の頬を滑り、親指でそこを優しく撫でられる。リヴァイは何も言わず、けれどその瞳には愛しさが込められていた。
口元を緩めてどちらともなく顔を寄せ合い、唇が重なる。そうして朝日が昇る。世界で一番優しく穏やかな、温かい朝だった。


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