見上げる空は高く清々しいほどに晴れていて、11月の下旬にしては暖かく、今日はカーディガン一枚でも十分で私はお気に入りのアイボリーのカーディガンを着ている。 「へいちょうへいちょう!猫がいますよ!」 「……あんまりでけえ声で呼ぶな」 「猫ちゃん!」 振り返って兵長を見ると、私服のジャケットを一枚羽織った兵長が呆れたように言った。 今日はお互いに仕事が休みで、久しぶりに二人で街へと出て、新しく出来たというお店で昼食をとった。店内は綺麗で、お料理も美味しくて、いい気分でお店を出て少し歩いていると、猫が視界に入ってきて私はつられるようにそれを追いかけた。 「かわいいー」 曲がり角を曲がると石畳の階段が上へと続いていて、その下段で猫は太陽に当たりながらゆったりと寝転んでいた。その近くまで行ってしゃがみ、両手で猫を撫でる。ゴロゴロと喉を鳴らす猫に夢中になっていると、遅れてきた兵長が私と同じように隣にしゃがみ込んだ。 「お前は犬猫を見つける度に追いかけるその癖をなんとかしろ」 「えっだめでしたか?」 「いちいち追いかけられたら敵わねえ」 「でも、こんなに可愛いのに?」 猫を持ち上げて兵長に見せると、白くて可愛い猫はにゃあと鳴き、それと目を合わせる兵長は真顔のまま瞬きをした。そして猫の頭を一度だけ撫でると、そのまま立ち上がる。 「もう行くぞ」 「えー」 その言葉に仕方なく猫を下ろして、バイバイ、と別れを告げる。名残惜しがっている私とは違い、猫はそのまま振り向きもせずに裏路地の方へと歩いていく。その後ろ姿を見つめていると、ナマエ、と兵長に呼ばれた。 「はあい」 「どこか店でも寄っていくか」 「……そうですねえ」 兵長の隣に並び、何か買うものあったかなあと考える。ふと空を見上げると、気持ちのいい青空が広がっていて、日差しも暖かく心地よかった。 「兵長、少し、お散歩しませんか?」 「散歩?」 「はい!この階段の上行ってみましょうよ!」 今日はゆっくり出来る時間がある。兵長と二人でなら当てもなく歩くのもきっと楽しい。 そう思って階段の上の方を指差すと、兵長もそっちを見て、それから私を見た。 「まぁいいが」 「やった!」 わーい、と兵長の腕に飛びついて、べったりとくっつきながら歩こうとすれば、離れろ、と簡単に引き剥がされてしまった。 「どうして!」 「こんな真っ昼間から堂々とひっついてくんな」 「えー真っ昼間じゃなければいいんですか?」 「外じゃなけりゃあな」 そう言って階段の方へ歩き出す兵長を後ろから追いかける。兵長と二人でぶらぶら歩くのも楽しいが、どうせなら兵長と二人でいちゃいちゃ出来る室内の方が、もっと楽しいかもしれない。 そんなことを思っていると兵長がこちらへと振り向き、必然と目が合って、そのことに私はゆるりと頬を緩ませる。結局のところ二人で居られればなんだって良くて、それだけで幸せなのだった。 「わ、綺麗な並木道!」 「…こんなところにあったんだな」 階段を上って少し進んだ先に、銀杏の並木道があった。地面には黄色の葉が落ちていて、風が吹くとまた上から落ちてくる。それはとても美しい光景だった。 「綺麗ですね」 「ああ」 二人で並木道を歩いて、銀杏のトンネルを進む。穏やかに揺れる葉の音が心地いい。この時間は人通りもなく静かで、隣には兵長がいて、目に映るもの全てに幸せしか感じない。 「えへへ、兵長と見られて良かった」 嬉しくて兵長に笑いかけると、こっちを見た兵長が私に手を伸ばしてきて、顔の辺りに伸びてきた手をそのまま見ていると、ゆっくりと頭の方へと向かい、そうして何かを掴んだ。 「葉がついてるぞ」 「あ、ほんとだ」 兵長はその髪についてたらしい黄色の葉を私に見せて、私はそれを手に取った。そして下の部分を指で摘んでくるくると回す。 「可愛いですよね」 鮮やかな色が綺麗で、形も可愛くてそう言えば、兵長は再び私の頭に手を伸ばしそこをくしゃりと撫でた。 「そうだな」 さらさらと風が吹き、兵長の前髪が揺れる。兵長の表情は優しくて、穏やかで、そしてその瞳には私が映っていた。 ここは時間がゆっくり流れている。 「…兵長、好きです」 「……急にどうした」 側で兵長を好きでいられて、兵長も私を好きでいてくれる。それだけで毎日が奇跡のようだ。 「ふふ、…好きだなあって、思っただけです」 嬉しくて、つい兵長の腕に腕を絡めてぎゅっと寄り添うと、それでも兵長はさっきのように離れたりはしなかった。 空が青くて、風が暖かくて、隣には兵長が居て。こんな穏やかな日々がずっと続けばいいのにと思った。 ◇ 「さむ………」 ぼそりと一人で呟く。陽が落ちて辺りが暗くなると、急に風が冷たくなった。昼間の暖かさはどこへいってしまったのだろうと、並木道を歩いていた頃を思い出す。 あれから、雑貨屋などを見て回ったり、途中でお茶をしたりと、これでもかと言うくらいに休日を満喫しているとあっという間に夕方になり、すると急に気温がぐんと下がった。 唐突な寒さにカーディガン一枚しか着てこなかった自分を悔やむ。 「そろそろ帰るか」 「そうですね……」 しかし雪山訓練などに比べればこんな寒さくらいなんてことはなく、……と思い込むことにして、背筋を正した。寒い寒いと思っているといつまで経っても寒いままだ。根性論で乗り切ることにして帰路につこうとすれば、ちらりとこっちを見た兵長が唐突にジャケットを脱いで、そしてばさりと私の肩にそれを掛けた。 「…えっ!?どうして!?」 「寒いだろ。その格好じゃあ」 「だ、大丈夫ですよ!寒くなんてありません!」 「そうは見えないが」 「いや、でも、だって、いらないです」 「あ?」 「う、だって……これじゃあ兵長が風邪引いちゃいます……」 「引かねえよ。いいから黙って着とけ」 「でも……」 ジャケットを脱いだら、カーディガン姿の私よりも薄着になってしまうのに、兵長は少しも寒くなさそうな顔をしてそう言う。兵長だって寒いはずなのに。 いつまでも袖に腕を通さないそんな私を見兼ねて、兵長は私の頭をぐしゃぐしゃと撫でた。 「お前に風邪を引かれた方が困る。命令だ、そのまま着ておけ。」 そう言って、気にしていない様子で前を向いて歩き出す。申し訳なく思いながらも、これ以上何かを言うのも違うような気がして、おずおずとジャケットに腕を通して兵長を追いかける。そうして兵長のシャツの袖をきゅっと掴んでその横顔を見つめた。 「…兵長、ありがとうございます。あったかいです」 兵長は何も言わず、だけど私の方を見て僅かに優しく表情を緩めた。 私の頬が、寒さではないものでほのかに赤く染まる。兵長と一緒にいると、兵長のことをどんどん好きになっていく。この気持ちに限界はないのだろうか。いつまで経っても私は兵長に恋をしている。兵長の隣を歩きながら、いつまでも、いつまでも。 「……兵長、今日一緒に眠れますか?」 兵長の温かさの残るジャケットは私が着るには少し大きくて、ぶかぶかのそれに身を包みながら隣の横顔を窺うように見る。 「今夜中に片付けておきたい仕事がひとつあるが……それが終わったら、お前の部屋に行く」 「わ、本当ですか。うれしい」 「何時になるか分からないが」 「大丈夫ですよ。じゃあお風呂は一緒に入れますか?」 「………風呂は一人で入れ」 「えっだめですか」 「お前はいつになったら一人で風呂に入れるようになるんだ」 「だって一人より兵長と一緒がいいんですもん」 「今日は無理だ」 「えー」 流れでオーケーを貰えると思ったが、無理だった。とはいえ、一緒に眠れることの方が嬉しかったりするので、良しとしよう。 気持ちを切り替えたところで兵長が、また今度な、と言った。 私はゆるりと口元を緩める。 「……じゃあ、今日は大人しくベッドで待ってますね」 今夜は兵長と一緒に眠りにつこう。温かいベッドで、寄り添い合って眠ろう。 兵長に笑いかけると、こっちを見た兵長に頭をポンポンと撫でられる。そしてそのままそっと引き寄せられて、こっそりとつむじにひとつキスをされた。心が温かくなる、穏やかな秋の休日だった。 |