『11月24日金曜日の全国のお天気をお伝えします』

可愛らしいお天気キャスターの女性が笑顔で言った。


自宅のリビングでそれを眺めていた私はふと窓の外を見て、少し雨が降り出していることに気づく。ソファにゆったりと座りながら、洗濯は明日でいいか、と頭の片隅で思った。雨のせいで気温が低いが、床に置いている小さなファンヒーターのおかげで足元は温かい。

今日の予定は特になく、スマホを手に取りSNSを適当にチェックし始める。しかし三分ほどでそれを手放し、テーブルへと置いてそのままソファに横になった。まだ午前中だが特にやることがないしそれになんだか眠い。
窓の外からは本格的に降り出した雨の音が聞こえ始めた。その音に、懐かしいことをゆるりと思い出す。

それは、彼と過ごした日々。

優しくて温かい彼との思い出。あれから数年が経った今でも、それは鮮明に思い出せる。
彼は今、どうしているだろうか。今もまだ戦っているのだろうか?だとしたらそれはいつまで続くのだろう。戦いとは無縁の私の人生だが、彼のことを思うとたまに怖くなる時がある。今も無事で、元気でいるのだろうか、と。
彼の無事と、勝利と自由を、私はいつでも願っている。離れていても、何年経ったとしても、いつまでもずっと。

──優しい雨音が聞こえる。私はその音を子守唄に、ゆっくりと瞬きをして、そうしてそのまま目を閉じた。雨の音と、彼との思い出を胸に、意識を手放した。









「ナマエ」


突然、私の名前を呼ぶ声がした。

家のリビングで眠っていたはずなのに。微睡の中で瞼を開けようとすれば、いきなり目元を温かい何かで覆われた。


「ん、え、……な、なに……?」
「ナマエ、久しぶりだな」


その声が私の鼓膜を震わせる。
それが誰だか分かると一気に頭が覚醒して、バッと体を起こした。


「えっ!?リヴァイさん!?」


懐かしいその名前を呼ぶ。そのことに胸がぎゅっと苦しくなった。けれど勢いよく起き上がったにも関わらずまた目元を覆われて、視界が暗くなる。なぜか何も見ることが出来ない。


「な、何ですか!?見えない!」
「待て、このまま聞いてくれ」
「へ?!リヴァイさん!?何ですか、何で目隠すんですか!?リヴァイさんですよね!?」
「ああ、俺だが、このまま聞いてくれないか」
「はえ!?なんで!?」


座り込んだままべたべたと目の辺りを触ってみると、それはどうやらリヴァイさんの左手で、そしてどうしてか目元を覆われている。外そうとしても外してくれない。


「ナマエ、悪いがこのまま聞いてほしい」
「ど、ど、どうして……?何で見せてくれないんですか……?」
「顔を見ちまうと別れが辛くなるだろ」
「いや顔を見ないで別れた方が辛いですが!?」
「俺はそうは思わない」
「なぜ!?しかもリヴァイさんは私のこと見えてますよね!?何で私だけ一方的に見ちゃダメなんですか!めっちゃ久しぶりなのに!っあ、会いたかった、ずっと会いたかったのに……!」
「……ナマエ、いいからこのまま聞いてくれ。時間がねえ」
「えっ時間ないんですか!?」
「おそらく」
「ええっ」


なぜかは分からないがとにかくリヴァイさんの左手が目元から離れてくれない。見えないまま前に手を伸ばすと、リヴァイさんの体があって、それに触れる。そのまま顔まで触ろうとすれば、触る前に右腕でそれを制された。


「リヴァイさん……、」
「お前に言いたいことがある。俺の世界の話だ」
「えっ、何ですか……?」


どきりと胸が音を立てる。数年ぶりの再会の挨拶もままならないまま、暗闇の中でリヴァイさんと会話する。急にいろいろと起こりすぎて頭がまだついていってないが、冷静に話すリヴァイさんの声に耳を傾ける。すっと息を吸う音が聞こえた。



「──巨人との戦いが、終わった。」



そうして聞こえてきた言葉に、目隠しをされたまま、えっ、と小さく声が出た。それは、ずっと聞きたかった言葉で。


「た、戦いが終わった……?終わったって、終わったってことですか?」
「そうだ。お前のおかげだ。ありがとう」
「へあ……?わ、わたし、何も……」
「お前と、アイツらのおかげだ。いろんな奴らのおかげで、俺らは進むことが出来た。力になった。だから、俺個人としてはお前のおかげでもある。ありがとうな」
「あ…え……よ、よかった……良かった、です……え…勝てたって、ことですよね……?」
「……ああ。俺らを脅かしていた巨人の力はなくなり、自由を手に入れることが出来た」


急な再会と真っ暗な視界のせいで実感があまりないが、リヴァイさんがそう言うのなら事実なのだろう。長かった戦いが終わり、勝つことが出来たのであればそれは素晴らしいことだ。心底安堵して、目頭が熱くなり涙が溢れそうになる。


「よかった……よかったですね、おめでとうございます……」
「ああ」
「……じゃあ、もう、リヴァイさんは、戦わなくていいってことですか?」
「そうだな。もうこりごりだ。」
「それは……すごく、嬉しいです」


ずっと漠然とした不安があった。リヴァイさんとの日々を思い出すことは辛いことではなかったけれど、それと同じくらいにリヴァイさんの身を案じることも少なくはなかった。
けれど、それももうなくなる。リヴァイさん達は自由を手に入れることが出来たのだ。


「……リヴァイさん、お願いです、顔を、見せてください」
「……それは駄目だ」
「どうしてですか……顔が見たいです……顔を見て、安心させてください」


どうして顔を見せてくれないのだろう。顔を見ておめでとうと言わせてくれないのだろう。嬉しさと共に、不安が募っていく。


「リヴァイさん……、リヴァイさんは、無事だったんですか……?」
「無事じゃなきゃこうして話せてないだろ」
「戦いが終わった今もちゃんと、元気なんですよね?大丈夫なんですよね?」
「それは心配いらねえ。ちゃんと生きてる。」
「じゃあ……顔を見せてくださいよ……」
「何でそんなに顔を見たがるんだよ」
「いや普通顔は見たいでしょ……会えてる実感があまりない……」


すると、突然するりと手のひらが顔から離れて、けれどいきなりのことに反応が遅れてしまい、ぼんやりとした視界でリヴァイさんらしき姿は一瞬見えたが、それもすぐに見えなくなってしまった。リヴァイさんが私を抱きしめたからだ。ぎゅっと身体がくっついて、懐かしい温もりが私を包み込む。それはすごく嬉しいが、結局顔は見えないままだ。


「ちょ……どうしても顔を見せないつもり……」
「……こうして会えただけでも俺は十分だ」
「さっきから自分の言い分ばかり……」


抱きしめたままリヴァイさんの左手が私の後頭部を撫でる。それがひどく心地良くて、涙が溢れそうだった。目元を涙で少し濡らしながら、私もリヴァイさんの背中に腕を回しぎゅっと抱きしめた。リヴァイさんの肩に顔を埋める。懐かしい香りがした。


「……お前と最後に夢の中で会ってから、いろんな事が起きた。俺らの世界も随分と広がり、海も渡ったし、文明も進んだ。一言では済ませられねえくらいに本当にいろんなことがあった。」
「……はい」
「いろんな景色、光景を見た。本当に、いろんな……」


リヴァイさんの私を抱きしめる力が少し強くなり、胸が苦しくなった。本当にいろんなことがあったのだろう。私には想像出来ない辛いこともたくさん起きて、その先でようやく手に入れた自由だったのだろう。前にも思ったことだが、同じことを経験していない私にはそれを本当の意味で理解することは出来ない。けれど。
私はリヴァイさんの背中をそっと撫でる。


「……リヴァイさん。長い間、本当にお疲れ様でした。リヴァイさんの頑張りや想いが報われたのなら、私もすごく嬉しいです。こんな、簡単な言葉で片付けられるものではないと思いますが……でも、もう戦わなくて済むのなら、本当に良かった。ずっと、気になっていたので」
「ああ……ありがとうな」


こうして、息遣いや温もりを感じて、言葉を交わして。リヴァイさんの口からちゃんと聞くことが出来て良かった。……でも、顔を見せてもらえないことが気になりすぎて、ちょっとした心ここに在らず状態が続いている。


「リヴァイさん、本当にこのまま顔を見せないつもりですか?」
「もちろんだ」
「もちろんって……。」
「久しぶりに会えたんだ。これくらいの我儘、許してくれ」
「………。」


我儘って。ただの我儘だったらいいが、久しぶりの再会でこうも顔を見せてもらえないのはさすがに不穏すぎる。本当に、大丈夫なのか?
私は抱きしめられたまま顔を少しリヴァイさんの方へと動かすが、如何せん身体がくっついたままなので結局顔を覗き込むことが出来ない。


「リヴァイさん……怪我とか、大丈夫だったんですか?本当に、変わりないんですか?」
「変わりねえよ。信じられねえのか?」
「だって頑なに姿見せてもらえないし……」
「別にいいじゃねえか」
「よくはないですよね」
「巨人は居なくなり、俺は今も生きていて、戦いとは離れて生活してる。本当だ。お前に嘘はつかねえよ」
「……本当ですか……?」
「そんなことより」
「そんなことではないんです」
「お前の方はどうなんだ?ちゃんと暮らしていけてんのか」
「……私は、相変わらずですよ。私の世界もそれなりにいろんなことは起きてますが、私自身は平和に暮らしています。私も家族も元気です」
「そうか。なら良かった。怪我とか病気もしてねえか」
「はい、大丈夫ですよ」
「そうか。お前が穏やかに過ごせているのなら何よりだ」
「………でも、リヴァイさんが居なくて寂しいなって思う時はあります」
「何でだよ。離れていたっていつだって側にいる、だろ?寂しがることは何もない。」
「………はい」
「ナマエ、最後まで幸せな人生を送ってくれ。ずっと、それだけを願ってる。」
「──リヴァイさ、」
「一方的で悪ぃな。だが伝えられて良かった。どうしてだろうな、今日は会える気がした」


リヴァイさんは少しだけ体を離して、耳元で、そろそろ時間だ、と言った。


「…え?!」
「少ししたら起こせと言っておいたからな。そろそろ起こしに来るだろう。オニャンコポンが」
「オニャンコポン?!誰!?」
「友人だ。──ナマエ、本当に会えて良かった。目が覚めたらまた別々の世界だが、ずっとお前を想っている。」
「え、ちょ、待って、リヴァイさ……、」


目が覚めたら終わっちゃう、と思った瞬間、抱きしめている力を緩めたリヴァイさんの顔が少しだけ見えた。刹那的に本当に一瞬、顔が見えて、私は───、







「………リヴァイさんッッ!?」


自分の家のソファでガバリと体を起こした。


「……何だ。」


低い声が耳に響く。そうして、目に入ってきたのは、エプロン姿で立ったままこっちを見ている、リヴァイさんで。


「………え???」


私は目を丸くした。周りを見渡すと当たり前のように私の家で、窓からはあたたかい太陽の光が差し込んでいて、キッチンの方へ向かおうとしているリヴァイさんと目が合う。訳が分からず、私は混乱したまま頭を抱えた。


「どうした、大丈夫か」
「えっ……え?リヴァイさん?何これ?」
「まさか俺の記憶の夢でも見てたのか」
「………リヴァイさんの記憶?」
「違うのか?」


懐かしい会話に、困惑する。
──ここは私の家で、リヴァイさんはエプロン姿で。
二人で一緒に過ごした。いつも、お昼ご飯を作ってくれた。お茶をしたり、バイト先まで迎えにきてくれたり。そして私がリヴァイさんの記憶の夢を見たら、リヴァイさんはその記憶を取り戻す。

これはいつも通りの日常のはずなのに、妙な気持ちになるのはなぜだろう。


「……夢?」
「悪夢でも見たのか?」
「………、」


これはリヴァイさんと、私の暮らし。


「………夢、見てました」
「…大丈夫か?」
「少し寂しくて……でも、安心出来るような、……そんな、」


──夢。どうしてか、はっきりと思い出せない。

するとリヴァイさんが私の頭に手のひらを当てて、俯いていた顔をぐいっと上げさせた。目と目が、しっかりと合う。


「まだ寝ぼけてんのか?」
「………大丈夫、です、」
「顔でも洗ってきたらどうだ」
「いや……大丈夫…です」
「……そうか。もうすぐ昼飯が出来る」


リヴァイさんのいつも通りの姿にひどく安心する。
その背中を見つめていると涙が滲んできて、それを腕で拭って顔を上げた。


「今日のお昼ごはんは何ですか?何の匂いだろ」
「かぼちゃのポタージュ」
「昼間っからかぼちゃのポタージュとか作ってんの????」
「駄目だったか」
「いや全然むしろ嬉しいですけど……私お昼からそんなの作らないからびっくりして……手作りですよね?」
「当たり前だ」


まさかの回答に少し驚く。かぼちゃのポタージュなんて昼間どころか夕食ですら作ったことない。リヴァイさんは本当にいいお嫁さんだな。リヴァイさんが作ってくれる料理を楽しみにしつつ、彼に向かって口を開く。


「ありがとうございます、リヴァイさん」







『今日からは新コーナーが始まります!ゲストの皆さんと一緒にタイトルコールいきたいと思いまーす』


ぶつんと何かが途切れて、目が覚めた。

瞼を開くとそこは家のリビングで、つけっぱなしだったテレビからはお昼の生活情報番組が流れている。私は横になったまま瞬きを繰り返した。


「………、」


ソファから体を起こすと当然のように私一人で、外からは雨の音が相変わらず響いていた。なんだかとても奇妙な夢を見たような気がする。


………夢?


私は見慣れたはずの自分の家のソファの上で、右腕をぎゅっと握り、呟く。


「………違う、夢じゃない……」


周りを見渡しても誰も居ないが、でも、さっきまで一緒にいた。───リヴァイさんと。

この、身体が、覚えている。抱きしめられていた感触を。耳元で聞こえたリヴァイさんの声を。教えてくれた、向こうの世界のことを。
ぜんぶハッキリと、覚えている。


「……リヴァイさん……、」


それでも最後に少しだけ見えたリヴァイさんの顔だけが、よく思い出せない。そもそも見えたかどうかも怪しい。
ちゃんと顔を見たかった。目と目を合わせて、安心したかった。

だけど。

──巨人は居なくなり、俺は今も生きていて、戦いとは離れて生活してる。本当だ。お前に嘘はつかねえよ。

彼の言葉を思い出す。


「きっと……大丈夫なんだよね」


リヴァイさんを、信じよう。顔が見られなくて残念だし理由も分からなかったけれど、でも、リヴァイさんは戦いに勝って自由を手に入れて、そして今もちゃんと生きている。会えたということはそういうことなのだろうし。だとしたらそれは本当に嬉しいことだ。いろいろあったのだろうけれど、今もちゃんと生きていてくれるのなら。

彼に抱きしめられていた腕を撫でて、ゆっくりと立ち上がる。窓の方へと歩みを進ませると、向こうの空が晴れているのが見えた。こっちの雨ももうすぐ止みそうだ。もう、不安なことは何一つとしてない。

私は静かに息をつく。



「オニャンコポンって……本名じゃあ、ないよね……?」



私は今日もここからリヴァイさんのことを想う。
これから先のリヴァイさんの人生が、どうか、安らかなものでありますように。もう二度と、辛いことが起きませんように。別々の人生を歩んでいても、お互いが幸せでありますように。彼の幸せを願いながら、私は空を見上げていた。

暫くすると、雨が上がりそこに太陽が差した。


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