ナマエは自分の家の窓から外を眺めていた。 朝のこの時間はまだ人々が行き来しておらず、ひどく静かだ。朝の光に照らされながら穏やかに揺れる枝葉を見て、綺麗だと思った。 この時間は、この日々は、奇跡だとナマエは思う。 毎日が穏やかに過ぎて、脅威に晒されることも命を懸けて戦うこともなく、ただただ緩やかに流れていく。 今でも、この日々は夢なのではないだろうかと、ふと思う時がある。 戦いの末に巨人が絶滅し、平和な世界が訪れることを望んではいたが、しかしそれは漠然としたもので、自分がそこで穏やかに過ごしている光景を想像をしてはいなかった。 目に映る光景がそれまでと違いすぎて、現実味がないのだ。 けれど、時間は、命は、有限だ。 この日々はずっと続いていくわけではない。いつかは必ず終わりが来る。いつ終わりが来るのかも分からない。しかし重要なのは長さではなく、どう生きるか、だろう。それは兵士だった頃と変わりはしない。 自分の命は、人類の未来の為に捧げてきた。それが終わった時、どんなふうに生きて、誰と生きてゆきたいのか。限りある中でどう生きるのか。 自分自身としっかり向き合わなければならないと思う。 自分にとっての幸せとは何か、ナマエはずっと考えてきた。 エレンが残してくれたこの世界で、アルミン達が守ろうとしてくれているこの日々を、無為に過ごすことは出来ない。 ナマエはそっと頭を傾けて窓枠に寄り掛かり、そうしてふと、昔のことを思い出す。 昔のナマエは、人生はただ生きる為だけにあるのだと思っていた。 ただ生きる為に、頭と体に必要なものだけを取り入れて、それ以外の不必要なものはいらないと思っていた。 ──けれど、それは少し違っていた。 たとえ生きる為に不必要なものだったとしても、それが時には必要になることもあるということに、気が付いたのだ。 ナマエにとってのそれを一つ挙げるとしたら、紅茶がそうだろう。 喉が渇けば水を飲めばいいと思っていたナマエにとって、味のついたものはいらなかったし、それに取られる時間は無駄だと思っていた。 しかしそれならば、人はなぜ水以外のものを飲むのだろう。 答えは単純だ。それが必要なものだからだ。 紅茶を飲んでゆっくりしている時間は、だんだんとナマエの心を豊かにしていった。不必要だと思っていたものが、必要だったのだと感じた初めての経験であった。 何でもない他愛のない時間に意味を見出せるようになった時、ナマエの世界は広がり、そして人生を豊かにさせた。 それに気付かせてくれたのが、リヴァイだった。 あの時生まれた感情を、ナマエは今でも大事にしている。 そのことを思い出すと、ナマエは傾けていた頭を窓枠から離し、すっと姿勢を正した。 ナマエにとっての幸せとは何か。 ──それは、もしかしたら、とても単純なことだったのかもしれない。 ナマエは小さく息を吐くと、迷いのない眼差しで、真っ直ぐ前を向いた。 ◇ 夕暮れ時の公園は人は疎らで、子供達の賑やかな声はもう聞こえない。風に揺れる草木の音だけが微かに響いていた。 「お前は本当にこの公園が好きだな」 「なんだかとても落ち着くので」 「まぁ、分からないでもないが」 ナマエとリヴァイはいつもの公園に来ていた。 きっとこの公園に来たくなるのは、緑が豊かで、どことなく馴染みのある風景だったからかもしれない。 車椅子を押しながらふと横を見てみると、綺麗な夕焼けが見えた。ナマエはそれを瞳に映して、初めてこの公園に来た時のことを思い出す。リヴァイにも、この夕焼けを見てほしいと思った。 彼の瞳に、少しでも多く美しいものが映ればいいと。 「……リヴァイ、話があるのですが」 ナマエは足を止めて、車椅子のハンドルから手を離し、彼の右側へと足を進める。 「──いいですか?」 リヴァイは夕陽に照らされているナマエの顔を見上げて、そうして、何かを察する。彼女の瞳が、いつもとは少し違うことに気が付いたからだ。 「……どうした。改まって」 目を逸らさずに真っ直ぐ見つめてくるナマエに、少し居心地が悪くなるような思いがした。わざわざ話があるなどと言ってくることなんて、普段はない。 ナマエは静かにリヴァイの正面まで来ると、その場にゆっくりと屈んだ。片膝をついて、それからリヴァイの右手をそっと取る。リヴァイはそれを黙ったままずっと見ていた。 そうしてナマエは、小さく息を吸うと、迷うことなく口を開いた。 ───夕陽が、二人を照らしている。 「リヴァイ、私と結婚してくれませんか?」 ザアッと、一瞬風が吹いた。 互いの髪が揺れて、小さな葉が舞う。夕焼けに包まれた公園で、ナマエは真っ直ぐにリヴァイを見つめていた。 「………は、」 「あなたのことが好きです。ずっと前から。」 何の迷いもなくそう言うナマエに、リヴァイは一瞬、目の前の彼女が何を言っているのか分からなかった。いや、一瞬ではなく、時間を置いても分からない。 「お前……何、言ってんだ?」 「リヴァイのことが、好きなのです」 「いや……そうじゃねえ……何、結婚、とか言ったか?」 「言いました。」 リヴァイの右手を握りながら、馬鹿正直に答えるナマエに、リヴァイは思わず左手で顔を覆った。──訳が分からない。 「ちょっと待て……何なんだ、お前はいきなり」 何もかもが突然すぎて、何と言えばいいのかすら分からない。リヴァイは握られている右手を自分の方へと引き寄せて、ナマエの手をやんわりと振り解いた。 しかしナマエはそれを気にする様子もなく、そのままゆっくりと手を下ろす。 「私は、これから先も人生が続いていくのなら、リヴァイと共に生きていきたいと思いました。リヴァイと共に、幸せを見つけたいと、そう思いました」 「………待て」 「これからもずっと側にいたいのです。ずっと側に、いて欲しいのです」 「………ナマエ、」 当たり前に何の心構えもしていなかったリヴァイは、それについていくことが到底出来ない。顔を覆っていた左手を少し離して、ナマエをちらりと見やる。その視線は厳しい。 これからもずっと側にいたいというナマエの言葉に、眉根を寄せた。「これからもずっと」なんて、そんなのは、ありえないだろう。少なくともリヴァイはそう思っている。 「……俺は、それは、出来ない」 そうして、絞り出すようにそう言った。しかしその言葉に、自分自身の胸がひどく痛んだ。 それと同時に、ナマエの瞳が微かに揺れたのが分かって、リヴァイは視線を下に落とした。ナマエの傷ついたような表情は見たくなかった。 「理由を、聞いてもいいですか」 それでもナマエはほとんど声色を変えずに、落ち着いた様子でそう聞いてきた。相変わらずリヴァイから目を逸らすことはなく、その眼差しにリヴァイは胸が苦しくなるような思いがした。 それから、上手く動かない足と、体と、己の全てを、呪った。 「……ナマエ、俺は……見ての通り、このザマだ。ずっと側にいたとしても、これから先お前に何かあった時、俺はお前を守ってやれねえ。むしろ足を引っ張っちまう。情け無ぇことにな……」 それまでのリヴァイは、自分の身は自分で守れたし、側にいる人間の安全もよっぽどの事がない限りは守れる自信があった。 しかし、今はもう違う。自分のことでさえ、どうなるか分からない。側にいる人間に何かあった時、きっと自分の力ではどうすることも出来ない。それが耐えられないのだ。 「俺はこれでも、お前のことを大事に思ってる。幸せになってほしいと思っている。だが、俺は、お前のことを幸せにしてやれる自信も守り切る自信もねえ。」 リヴァイのその弱々しい言葉は、今の彼の紛れもない本心だった。ナマエはそれを黙ったまま聞いていた。 ゆっくりと、夕陽が沈んでいく。もう春だというのに、少しだけ風が冷たく感じた。 辺りは静かで、街の喧騒も遠い。そのまま口を閉じたリヴァイは、何も言おうとしないナマエの様子が気になり、少しだけ視線を上げた。 「……それで」 そこには未だに目を逸らさず真っ直ぐに自分を見つめていたナマエが居て、リヴァイは少したじろぐ。 「それで、何ですか」 しかも、リヴァイの真面目な言葉に対して、だからどうしたとでも言うようなそのナマエの態度に、リヴァイは少しだけ肩の力が抜けた。 「………お前、話聞いてなかったのか」 「聞いてました。でも、私は、自信とかそういうのを聞きたかったわけではありません」 「……あ……?」 ナマエは、思う。 幸せというものは、一方的に求めるものではないと。一方的にしてもらうものではないと。 きっと、同じ幸せを同じ目線と温度で感じられる者同士が、人生を共にするのだと。 「…リヴァイの身体が、不自由になってしまったことは、すごく胸が痛いです。リヴァイも辛いと思います。リヴァイが一番辛いと思います。……でも、だからといって、幸せになれないとは、思いません。情けないとも、思いません。」 きっと幸せになれるはずだ。いや、なるべきなのだ。なのに当の本人が、幸せから遠ざかろうとしている。自ら手放そうとしている。 ナマエは、それまでよりもずっと力強い眼差しで、リヴァイを見た。 「身体のことは関係ありません。大事なのはお互いの気持ちです。そうでしょう?もし、リヴァイが私のことを何とも思っていないのなら、身を引きます。ですが、違うのであれば、一歩も引くつもりはありません。」 それまで、自分の気持ちを押し付けるようなことはしてこなかったナマエが、力強くそう言い切った。 その想いに、リヴァイは今更ナマエの気持ちの大きさに気付く。 「リヴァイは、私のことをどう思っているのですか?」 ナマエは、本気だ。リヴァイはそれを嫌と言うほどに感じた。それと同時に、ナマエと過ごした日々が頭の中を巡っていく。その一つ一つが、リヴァイにとっても掛け替えの無いものであることは確かであった。 「………、」 ナマエはリヴァイから目を逸らさない。一度も。 その逃げたくなるくらいの眼差しに、リヴァイは口元を歪めた。 「……俺は、……」 眉根を寄せて、拳を握り締める。 ──リヴァイは、彼女と同じように、ずっと前からナマエのことが好きであったが、しかしそれを伝えようと思ったことは一度もなかった。付き合うつもりはなかったし、結婚なんて尚更考えたこともない。 それは兵士をしていたからというのもあったが、何より普通の幸せを思い描くことが出来なかったからだ。リヴァイは昔も今も、自分の幸せを上手く思い描くことが出来ないでいる。 考えを変えるつもりのないリヴァイは、更にぎゅっと固く拳を握り締めた。 ナマエは静かにただただリヴァイの言葉を待っている。 リヴァイは、細く息を吐いて拳を少し緩めると、ゆっくりと口を開いた。 「……すまない。やはり、俺は、お前とどうこうなるつもりはねえ。散々面倒を掛けておいて、こんなこと今更言えた義理じゃねえが……」 「……それは、身体のことがあるから、ですか」 「そうだ。」 きっぱりとそう言い切ったリヴァイの目にはもう戸惑いはなかった。受け入れることは出来ないと、そう言っている。 ──けれど、それでもナマエは、納得がいかない。リヴァイはさっきからずっと身体のことばかりで、肝心なことを言ってくれないからだ。 ナマエはそれを聞くまでは引くつもりはない。 諦める様子のないナマエに、リヴァイは視線を逸らし、欠損している右手をゆっくりと開いてそれを見つめた。 「……お前にはもっと、いい男がいる。こんな所々足りてねえような奴じゃなくてな。」 片目も見えない、足もろくに動かない、体力も昔ほどはなく、片手は欠損している。わざわざそんな男を選んでほしいとは思わない。 リヴァイはもう自身の体で出来る限界を痛いほど分かっている。これから先もずっと、ナマエに負担を掛け続けるようなことは出来ない。 たとえナマエがそれを負担と思わなかったとしてもだ。今まで側にいてくれたからこそ、もうこれ以上は甘えることは出来ない。 ナマエと離れて生きることに寂しさがないわけではないが、それでも、ナマエに面倒を掛けるよりはマシだ。 ナマエを縛り付けたくはない。離れた方が、いいに決まっている。 リヴァイは自分の右手を見つめたまま、その瞳に暗い影を落とす。 「足りないところは、補い合えばいいんじゃないでしょうか」 欠損した右手に、ナマエの手がゆっくりと重なる。そのまま指が絡まって、そっと握られた。ナマエはいつだって、そうやって丁寧に触れてくる。 「右眼が見えないなら、私がリヴァイの右側に立ちます。動けないのなら、私がリヴァイの背中を押して歩きます。」 今までそうしてきたように、これからもそうしていくだけだ。 優しく握られた手からはナマエの温もりが伝わってくる。離れた分だけ、近づいてくる。突き放そうとしても離れてくれない。 どうしてそこまでしてくれるのか、リヴァイには分からなかった。 「……そんなもん、お前が補いっぱなしじゃねえか。俺はお前に何もしてやれねえのに」 そんな自分に、虚しさすら感じてくる。 するとナマエはそんなリヴァイに、何を言っているんですか、と少し笑った。 「リヴァイは私に紅茶の美味しさを教えてくれました」 「………は、」 「リヴァイは、ただ生きているだけだった私に、夕焼けの美しさを教えてくれました」 そう言って、リヴァイの手を握ったままナマエは夕焼け空を見上げる。それにつられるようにリヴァイも空を見上げた。茜色の、美しい空があった。 「……俺はそんなもん、教えた覚えはないが」 しかしリヴァイにはそんな記憶はなかった。顔を見合わせて、ナマエはふっと表情を綻ばせる。 「いえ、緩やかな風に吹かれる心地よさも、美味しいお菓子を食べた時の幸福感も、何でもない、他愛のない時間に意味を見出せるようになったのは、リヴァイと出会ったからです。覚えていますか?私が初めて、紅茶を淹れた時のことを」 「………ああ…」 「それまで私は、わざわざそんなことはしなくてもいいと思ってました。紅茶を飲まなくても問題なく生きてこられたからです。ですが、美味しい紅茶を淹れられるようになった時、紅茶を飲みながら穏やかな時間を過ごしている時に、分かったのです。人生には、一見無駄だと思えるようなことでも、それこそが必要な時があるのだと。」 リヴァイと出会い、共にお茶をするようになって、ナマエの心にはゆとりが生まれた。何でもないような時間を過ごすことが、無益で、無駄だと思えるようなことが、人間には必要なのだと。 そうした時間の中で、ナマエはリヴァイに恋をした。 「リヴァイは私の人生を豊かにしてくれたんです。これ以上の理由が、必要でしょうか?」 ナマエはそう言って、慈しみに満ちた朗らかな顔で微笑んだ。今まで見たことのないようなその表情に目を奪われ、リヴァイは思った。ナマエは、こんな顔をするような奴だったかと。 ナマエの表情が、昔に比べると随分と柔らかくなっていることに今更気がつく。 リヴァイにその自覚はないが、本当に、ナマエの言う通りだとしたら。 もし、自分も、彼女に何かを与えることが出来るのだとしたら。 こんな体でも、昔のようにはなれなくても、誰かを幸せにすることが出来るのだろうか。 「………俺は、幸せになっても、いいのか?」 ──今まで、たくさんの人の死を見てきた。それを犠牲にしてここまで生き延びた。この世界はいろんな奴らの犠牲の上に成り立っている。それなのに、そいつらを忘れて幸せになることが許されるのだろうか? リヴァイはそれに、罪悪感を覚えてしまう。どうしても、死んでいった仲間達のことが頭を過るのだ。 そしてそれはナマエも常々考えてきたことだった。 しかし、それならば、残された人間は不幸になるしかないのか?幸せになる権利はないのだろうか。 「…私は、皆さんが繋いでくれたこの世界を、愛さなければならないと思います。この日々は、奇跡です。エレンが、皆さんが、残してくれた世界で、適当な生き方をすることの方が許されないと思います。私達は前に進まなくては。もちろん、全てを忘れるわけではありません。全部を抱えたまま、一歩一歩、私達は歩いていくんです。どうか、幸せになることを恐れないで下さい」 彼らは不幸になることを願って死んでいったわけではない。希望を手に入れる為に、その命を燃やしたのだ。 ならば、それを無駄にすることこそが許されないのだと、ナマエは思う。 そんなナマエの想いを聞いて、リヴァイは黙ったままゆっくりと目を伏せた。 ナマエの想いや言葉は、リヴァイの胸の中にあった蟠りや苦しみを少しずつ解いていく。頑なだったリヴァイの思いを、簡単に揺るがす。いっそ危機感を覚えるくらいに。 ナマエの存在が自分の中でここまで大きくなっているとは思っていなかった。 リヴァイはまた左手で顔を覆って、深くため息をつく。 まさか、こんなことになるなんて思ってもみなかった。そもそも、ナマエが己のことをそんなふうに思っているなんて感じたことすらなかったのだ。 リヴァイは目を閉じながらぎゅっと眉根を寄せて、頭の中を少し整理する。本来なら、こんな短時間に決めるようなことでもないが、しかし、時間を置いたとしても、出る答えはあまり変わらないように思えた。 ナマエはそれを急かすことなくただ静かに待っていた。こういう時にいつまでも待ってくれるところがナマエの良いところでもある。しかし目線だけはしっかりとリヴァイに向けられていた。 リヴァイは暫く考えてから、気持ちが少し落ち着くと閉じていた目をそっと開いて、それからナマエに握られている右手をちらりと見る。ナマエの手は、いつだって温かい。 自身の指にそっと力を込めて、それを握り返した。 「……なぜ、いきなり結婚なんだ」 それにしても、交際すらしていないのにいきなり結婚とは話が唐突過ぎやしないだろうか。あまりに衝撃的すぎて忘れていたが、いきなり結婚を申し込むのはあまり一般的ではないような気がするのだが。 リヴァイは少し呆れたように、ナマエにそれを聞いた。 「それは……リヴァイが家族に憧れを持っているように見えたので、もしそれを望んでいるのなら、叶えたいと思いまして」 そしてその、思ってもみなかったナマエの言葉に、リヴァイは思わず目を丸くした。家族に憧れを抱いているなんて、話したことはない。いや、ないが、そうか、あの時か。この公園であの家族を見ていた時か。あれのせいか。 リヴァイは頭の中ですぐにそれを結びつけて、再びため息をついた。 「…あぁ……そうか、いきなりそんなことを言い出したのは、そのせいか。」 「駄目でしたか」 「……いや」 全ては自分の為だったのかと、そう思うと思わず笑いそうにすらなる。だがそれも、ナマエらしい。 リヴァイは顔を覆っていた左手を下ろして、それを思い描く。 「……お前となら……悪くないかもな」 リヴァイは散々否定してきたそれを、少し前向きに考え始めている。ナマエに絆され始めていると、自分でも思った。 リヴァイは昔から家族というものに憧れを抱いていた。はっきりと自覚したことはなかったが、子供の頃からずっとそうだったように思う。 それが叶う時が来るなんて考えたことはなかったが、それでもいつか見たあの家族のようになれたら、それは夢のようだと思う。 「……ナマエ、」 結婚なんて、自分からは程遠いものだと思っていた。リヴァイは顔を上げて、ナマエの顔を見る。 「はい」 ナマエはこんな時でも相変わらず淡々としている。まるでいつも通りで、ナマエらしい。笑顔もいつのまにか元に戻っていた。ナマエのその落ち着いた声色が、リヴァイは好きだった。 ナマエの目を見据えると、リヴァイは気持ちを決める。 「手ぇ貸してくれるか」 そしてそう言うと、ナマエの手を借りながら、リヴァイはその場に立ち上がる。 ふらつく足を堪えながら、真っ直ぐに立ち、それからナマエの手を柔らかく握った。 「本当に、俺でいいのか」 「…はい。リヴァイが、いいのです」 空はもう薄暗くなってきていて、公園はひどく静かだ。 初めにナマエのことを意識したのは、いつだったか。もう随分と前の話で、思い出せもしない。けれど、その想いはずっとリヴァイの中から消えることはなかった。 「……分かった。なら、俺からも言わせてくれ」 それは、伝えるつもりもなかった言葉だ。 リヴァイは胸いっぱいにナマエを想う。それから小さく息を吸って、真っ直ぐにナマエを見ながら口を開いた。 「──ナマエ、好きだ。俺と、結婚してくれ」 まるで夢を見ているようだった。現実味がない。絶対に無理だと思っていたことを今度はこちらから申し込んでいるなんて、とんだお笑い草だ。しかしそれは、嘘偽りのない確かな思いであった。 静かな公園に緩やかな風が吹き、ナマエの髪が揺れて、その瞳に愛しさが滲む。 「……はい。お願いします」 世界はこんなにも美しい。 ナマエとリヴァイは、目には見えない幸せを、同じ温度で感じていた。 |