天と地の戦いを終えて、二度目の春が訪れていた。 「ナマエさん、お久しぶりです!」 アーチ橋の上で欄干に手を置きながら川を眺めていたナマエは、その久々に聞く声に口元を綻ばせながらそちらへと視線を向けた。 「アルミン」 そこには以前よりも少し大人びた様子のアルミンの姿があった。スーツを着ている姿はまだナマエには目新しい。 橋の上で待ち合わせをしていた二人は、数ヶ月ぶりに顔を合わせた。アルミンはナマエの隣に笑顔のまま並び、ナマエもアルミンの方へと向き直り、口を開く。 「お久しぶりです。元気そうですね」 「はい!ナマエさんもお変わりないですか?」 「こちらも変わりないですよ。他の皆さんも元気にしてますか?」 「はい。みんな仲良くやってます」 「それは良かった」 連合国大使を務めているアルミンは、今回仕事の関係でナマエ達のいる街の近くまで来る予定があり、いい機会なのでこうして会うことにしたのだ。 「仕事の方はどうですか?」 「とりあえずは順調です。年内には向こうに行けると思います」 アルミン達は和平交渉を行う為にパラディ島へと向かうことになっている。 ナマエはその言葉を聞いて、少し目を伏せた。 「……すみません。あなた達に押し付ける形になってしまって、本当に申し訳ないと思ってます」 「え?!押し付けるなんてそんな……何言ってるんですか。僕らは別に押し付けられて嫌々やってるわけじゃないんですから」 「…ですが、本来なら、私もそちら側でいるべきなのに」 ナマエは、自分だけそういうことから離れて暮らしていることに、少なからず負い目を感じている。 天と地の戦いの後、アルミン達とは別の道を進み、リヴァイの側で過ごすことを決めたのは間違いなく自分の意志であったが、それでも彼らに任せっきりになってしまっている現状に、申し訳ない気持ちは拭えずにいる。 そんなナマエに、アルミンは小さく息を漏らして、眉尻を下げた。 「…ナマエさん。前にも言いましたが、そもそもあなたが謝る必要は全くないですし、生き方はそれぞれ違うものなんですから、どうかそんなふうに思わないで下さい。ナマエさんや兵長……リヴァイさんは、それまでずっと僕らを引っ張ってくれてたじゃないですか。ずっと前線で戦っていたんですから……もう、あとはゆっくり過ごして欲しいです。みんなだって同じ気持ちですよ」 それは紛れもなくアルミン達の本心で、誰もナマエを責めたりはしていないし、むしろ心置きなく任せて欲しいと思っているくらいだ。 しかしそれでも、まだ浮かばない顔をしているナマエに、アルミンは続けて口を開いた。 「それとも、僕らだけでは不安でしょうか?」 その言葉に、ナマエは伏せていた瞳を見開いて、思わず顔を上げる。 「っそんなことはありません、」 慌てて顔を上げたナマエに、アルミンは困ったように笑う。その顔を見て、ナマエは余計に不甲斐なさを感じる。部下に──正確にはもう部下ではないが、気を遣わせてしまった。 ナマエは一度冷静になり、静かに息を吐いて、気持ちを落ち着かせる。 「……ごめんなさい。アルミン達は本当に頼もしくて、立派に努めていると思ってます。それこそ、不安なんてないくらいに。」 揺れる水面に、太陽の光が乱反射してキラキラと光る。 ───この世界が平和でいられるのは、人々が穏やかに過ごせているのは、誰かがちゃんとそうなるようにしてくれているからだ。 「私はあなた方を、誇りに思います。」 ナマエは真っ直ぐにアルミンを見てそう伝えた。それは天と地の戦いの前からずっと思っていた、彼女の本心であった。 そのナマエの真っ直ぐで熱い思いに、アルミンは少し照れ臭くなって目を逸らした。 「……いや、そんな、ありがとうございます。そこまで大袈裟なものじゃ、ないですけど、ぜんぜん」 「そんなことはありません。リヴァイも同じ気持ちでいると思います。今日も、アルミンに何か伝えることがあればと思って聞いたのですが、今更何も言うことはない、と言っていました。」 「兵長が?」 「はい。アイツらなら上手いことやるだろう、と言ってました。リヴァイも、信頼しているのですよ」 「……出来る限りのことは、するつもりです。どこまで出来るか分かりませんが」 「それが素晴らしいのですよ。あなた方が手を取り合っている姿は、何よりも尊く美しい。」 ナマエは、気持ちを素直に伝えることに躊躇いがない。真っ直ぐに向けられたその言葉が、アルミンには少しこそばゆかった。 「あ、あの、ナマエさん。ありがとうございます。もう分かりましたから」 「いえ、私が伝えるべきだったのは、謝罪の言葉ではなく、感謝の気持ちの方でした。アルミン、いつもありがとうございます。」 「……いえ。こちらこそ」 「皆さんにも伝えておいて下さい。あ、それと、これ良かったら」 そう言ってナマエは思い出したように、手に持っていた紙袋をアルミンへと差し出した。 「?ありがとうございます。わ、ちょっと重いですね」 「アップルパイやパウンドケーキ、他にもいろいろ詰めておきました。良かったら皆さんで召し上がって下さい」 「え、嬉しいです。みんなも喜びます。ナマエさんが作ったんですか?」 「いえ、私が働いているお店のものです。美味しいので、是非」 「あぁ、そういえばナマエさん働き始めたんですよね。お仕事はどうですか?」 「はい、楽しいですよ。最近は移動販売も始めて、街の人とも話す機会が増えて嬉しいです」 ──数ヶ月ほど前から、ナマエは家の近所にある焼き菓子店で働いていた。そこは普段から利用していた店で、ちょうど販売員を募集しているのを見かけて、働かせてもらうのことになったのだ。 初めの頃は慣れずに少し苦労したが、最近はもう大分慣れてきている。お客様に笑顔で接することも少しは板についてきていた。 「良かったです。兵……リヴァイさんの身体の方は?」 アルミンは未だにリヴァイのことを「兵長」と言う癖が抜けておらず、たびたびそう言いかけては「リヴァイさん」と言い直している。ナマエはそれを見る度に、口には出しはしないが、律儀だなと内心で思っている。 「悪くはないですよ。車椅子で過ごすことの方が多いですけど……家の中ではたまに歩いたりしてます。以前に比べれば体力は落ちてしまってますが、車椅子に慣れたのか、最近は初めの頃よりも動きやすそうです。元気にしてますよ」 それを聞いて、アルミンは少しだけ悲しそうに、けれど安心したように、良かったです、と言った。 その複雑そうな顔を見て、ナマエはアルミンの腕に手を触れて、なるべく優しく声を出した。 「リヴァイは大丈夫です。私も側にいますし、心配しないで下さい。」 ポンポン、と腕を優しく撫でて、手を下ろす。 ナマエのその落ち着いた雰囲気に、アルミンもそっと表情を緩めた。 「…はい。リヴァイさんにもよろしくお伝え下さい。オニャンコポンと、それとガビとファルコにも」 「はい。伝えておきます」 互いに微笑み、それからアルミンが、まだ時間があるので少し歩きましょうか、と言った。アルミンはこの後も仕事があるので、ゆっくりとお茶を飲みながら長話をしている時間はないが、そこまで急いでいるわけでもない。ナマエはそれに頷き、二人は歩き出した。 穏やかに流れる川のせせらぎが心地よく響いている。 ナマエはそれに視線を向けながら、平和な毎日を思う。 「アルミン」 「はい?」 「……私は、あなた達とは別の道を選びましたが、でも、それでも、もし誰かの力が必要になった時は、いつでも言って下さい。私に出来ることなら何でもやります。どこにいても必ず駆けつけます。」 たとえまた、戦うことになったとしてもだ。 もちろん争い事が起こらないのが一番だが、それが罷り通らない思想や時代があることをナマエはよく知っている。 「──いつだって力になります。」 水面に向けていた顔を、アルミンの方へと向けて、柔らかく微笑む。 そのナマエの柔らかな表情に、アルミンは一瞬目を奪われた。ナマエは、以前よりも少し表情が豊かになっているように思う。彼女の後ろの方で川がゆらゆらと煌めいていて、それも相まって、綺麗な光景だとアルミンは思った。 「──ありがとうございます。そう言ってもらえると、心強いです」 ナマエとリヴァイは、きっと寄り添いながら穏やかに過ごしているのだろうと、アルミンはナマエの様子を見ながらそう思った。 ◇ ある日の朝、広い公園で一人、ナマエはベンチに座っていた。 最近は考え事などをしたい時に、こうしてたまにここへ来て過ごしている。午前中はまだそこまで人は多くないので、ゆっくりするには打って付けなのだ。 ここのところリヴァイとは朝の時間を別々に過ごすことが多くなった。以前は朝食も共にしていたが、最近はリヴァイも料理などをするようになり、ナマエが身の回りのことをいちいち手助けしなくても生活していけるくらいには余裕が出来ている。 ナマエが仕事を始めたことがきっかけとなり、互いにそれぞれの時間を過ごすようになったのだ。とはいえ、仕事が休みの日はずっとリヴァイと居ることもあるし、仕事があっても夜などは前と同じようにリヴァイの家で過ごしている。 遠くを見つめながら一人考え事をしていたナマエは、ふいに人の気配を感じて、隣へ視線をやった。 「こんにちは」 「………こんにちは。」 ナマエが座っているベンチの端に小さな両手をついている、可愛らしい女の子に挨拶をされて、ナマエは思わず挨拶を返した。 「おねえさん、たまによくいるね」 たまによく。 その正反対とも思えるような二つの言葉を続けて使う女の子に、ナマエは何て答えようか少し考えたが、最近ここに来ていることは確かだったので、素直にそれに頷いてから、あなたもよく来ているのですか?と返した。 「うん。お友達とあそんでいるの。今日はまだだれも来ていないから待ってるのよ。おねえさんはいつも一人ね?」 「そうですね、最近は一人で来ることが多いですが、私もお友達と来ることもありますよ」 「そうなのね!よかったわ」 にこ〜っと無邪気に笑う女の子に、ナマエも思わず表情を緩めて、座りますか?と少し横に体をずらした。すると、嬉しそうに礼を言いながら、端っこから上ってナマエの隣へと腰を下ろした。 地面につかない足をぶらぶらと揺らしながら、女の子は、あのね、と言った。 「わたし、もうすぐおねえちゃんになるのよ」 「お姉ちゃん……子供が産まれるのですか?」 「そう!んふふふ〜いいでしょお〜」 「嬉しそうですね」 「うれしいに決まっているわ!だってかぞくが増えるのよ?それってとっても幸せなことだってパパもママも言ってたもの!」 「……、」 それを当たり前のように「幸せ」だと言う女の子に、ナマエはふと、リヴァイのことを思い出した。 この公園で、親子の幸せそうな後ろ姿を見つめていたリヴァイの横顔を。 「おねえさんは、きょうだいとかいないの?」 女の子の言葉に、ナマエは前に向けていた視線を、ゆっくりと女の子の方へと戻した。 「……兄妹は居ません。私は一人っ子だったので」 「そうなんだあ……。じゃあ、パパとママにたのんでみたら?」 パパとママという言葉に、ナマエは両親のことを思い出そうとして、記憶のずっと奥にある靄にかかったような思い出を呼び起こそうとしたが、よく思い出せなかった。 「……パパとママとは、ずっと前に離れ離れになってしまって、もう会えないのですよ」 「え、えー…なにそれさみしいね……」 これでもそれなりに言葉を選んだつもりであったが、離れ離れと聞いてまるで自分のことのように悲しげに眉尻を下げる女の子に、ナマエは他の言い方をすれば良かった、と思った。 思わずその子の頭に手を伸ばして、宥めるようにゆっくりと撫でた。 「寂しくは、ないですよ」 「……どうして?」 悲しそうな瞳に、ナマエは表情を緩めながら、本当のことを言った。 「とても大事な人が、一緒にいてくれるので」 「だいじなひと?」 「はい」 にこりと笑って、頭を撫でていた手を下ろす。 ──両親や兄妹がいなくても、たとえ血の繋がりがなくても、絆が繋げてくれるものは確かにあると、ナマエはそう思っている。 女の子はそんなナマエの顔を見て、今度は嬉しそうに表情を明るくさせた。 「…そうなのね!よかったわ!」 「ありがとうございます。優しいのですね」 「やさしい!?そうかな?!」 「はい。きっといいお姉ちゃんになります」 「えへへ、うれしい〜ありがとお〜」 きっとご両親の育て方がいいのだろうなと、そう思っていると、奥の方から「何やってんだー」という男の子達の声が聞こえて、すると女の子が「あっ」と声を上げてベンチからぴょんと飛び降りた。 向こうの木の下で集まっている男の子達に、いまいくー!と女の子が叫ぶと、ナマエの方へ笑顔で振り向く。 「おねえさんもいっしょに遊ぼ!」 女の子は楽しそうにナマエへ小さな手を伸ばした。 「おねえさん誰?」 「誰このひと?」 「なんで大人がいんの?」 女の子と同じ歳くらいの男の子三人が、一人だけ身長の突き抜けたナマエを怪訝な瞳で見る。 それもそうだろう、とナマエ自身が思っていると、女の子がハキハキと喋り始めた。 「おねえさんもいっしょに遊ぶの!いいでしょ!」 「……本当にいいのですか?」 「いいにきまってるわっ!ねっ!」 女の子が明るくそう言うと、男の子達は顔を見合わせながら、口々に「まぁいいけど〜」「しかたねえなあ」と満更でもないように言った。きっと女の子の意見に合わせることに慣れているのだろう。 ナマエは少し申し訳なく思いつつも、その子たちの遊びに加わることにしたのだった。 「じゃあ鬼ごっこな」 「鬼ごっこですか」 「大人だからっててかげんしないからなー!」 「分かりました」 「じゃあじゃんけんで決めよ〜」 「負けたやつが鬼な!」 男の子三人と大人一人。この場合、女の子が鬼になってしまうと、捕まえるのに苦労するのでは?と思いながらも、子供達が出した手につられるようにナマエも片手を前に出した。 「じゃーんけーん」 ぽい、の一言で一斉に出す。ナマエはパーを出し、それ以外の子供達がグーを出していた。ナマエの一人勝ちである。 おねえさんすごい!と女の子に笑顔を向けられて、ナマエも同じように少し口元を綻ばせる。 そうして、ナマエは先程の「負けた奴が鬼」という言葉を思い出しながら、思い付きで彼らに一つ提案をする。 「……では、こうしませんか?」 ナマエはパーの形にしていた手をそのまま自身の胸元まで持っていきそこに手を当てた。 「私以外の皆さんが、鬼になるのはどうでしょう?」 ナマエを見ていた子供達は、その言葉に疑問を浮かべる。 「え?おれら全員が鬼ってこと?」 「はい」 「みんなでおねえさんひとりを追いかけるの?」 「そうです」 「鬼おおくね?」 「走らずに、逃げ切ってみせます」 「えっはしらないの!?」 「皆さんは走っていいですよ。私は走らずに逃げます」 「なにそれ楽しいか?」 「逃げ切れたら私の勝ちで、捕まえられたら皆さんの勝ちということで」 「……おねえさん、それじゃあすぐつかまっちゃうよ?」 女の子の心配そうな声に、ナマエは口角を僅かに上げた。 「大丈夫です。本気で捕まえに来て下さい」 「ナマエ、お前ガキに混ざって何やってんだ?」 リヴァイの声が聞こえて、木の枝に両手でぶら下がっていたナマエは思わず目を丸くした。 ナマエの足元には子供達がいて、必死にジャンプをしながらナマエの足に触れようと手を伸ばしている。その子供達の後ろに、車椅子に座っているリヴァイの姿があった。 ナマエは軽く勢いをつけて体をしならせると、真下にいる子供達の上をひょいと飛び越えて、そのままリヴァイの右隣へと降り立った。 「っリヴァイ、どうしてここに?誰かと一緒ですか?」 「いや──」 「ああっ!!おねえさん!!捕まえたっ!!」 「やっとっ……!!」 「つ、つかれた……!!」 「お、おねえさん……逃げるのうますぎだわ……っ」 ナマエの腰周りに息も絶え絶えの子供達が纏わり付き、逃がさないようにぎゅっと服を握りしめていた。ナマエは顔だけでそちらに振り向きながら、捕まってしまいました、と涼しげな顔で言う。 「何やってんだお前」 「鬼ごっこです」 「ガキ相手に本気出したのか?」 「いえ、出してないですよ」 「いやずるいよね!?ぴょんぴょん跳ねたり飛んだりしてたよな?!」 「走らないって言ったじゃん!走らないって言ったじゃん!!」 「一応走ってはないですよ」 「くるくる回ったりするのもダメだからあ!ずるいからあ!」 「そうなんですか?すみません、それは知りませんでした」 持ち前の身体能力を存分に発揮しながら逃げ回っていたナマエに、男の子達はもはや半泣きだ。纏わり付くその子達の訴えに謝りながらも、その後ろにいる女の子に気付くと、ナマエは男の子達をやんわりと掻き分けて、地面に手と膝をつきながら息を整えている女の子の方へと足を進ませた。 「すみません。大丈夫ですか?」 「……おねえさん、」 膝を折って、手を差し伸べる。女の子はそれを見て深く息を吐くと、ゆっくりとナマエの手を取り引き上げられるように一緒に立ち上がった。 ナマエはポケットからハンカチを取り出すと、再び腰を落として女の子の膝や手についた微かな汚れを払い落とした。 「すみません。大人気なかったですね」 「っそんなこと、ないわ!とっても楽しかったもの!またやりたい!つぎはぜったいもっとはやく捕まえてみせるわ!」 女の子がそう豪語すれば、男の子達も慌てて歩み寄ってきて同じようなことをそれぞれが言い始めた。ナマエはその勢いに、眉を下げながら微笑んだ。 「ではまた次の機会に。私はそろそろ帰りますね」 「え〜!かえっちゃうの?」 「はい。すみません。また遊びましょう」 立ち上がり、リヴァイの方を一度見てから、それでは、と振り向けば、ようやくリヴァイの存在に気付いた子供達はリヴァイの顔を見て、少し驚いたように黙った。 リヴァイはその反応に慣れているのか、顔色を変えずに子供達を見ている。ナマエはそんな子供達を見て、そういえば前にもこんなことがあったなと思い出す。 それから子供達の方へ向き直った。 「皆さん、ちゃんと水分を取って下さいね。では──」 「おねえさん」 歩いて行こうとすれば、女の子が一歩を踏み出してきて、ちょんちょんとナマエの服を引っ張る。どうしたのだろうと屈んでみれば、女の子が自分の口元に両手を添えながら、耳元に近付いてきた。思わず耳を傾けると、女の子が小さな声で言う。 ──その言葉に、ナマエは女の子と顔を見合わせたあと、少し微笑んだ。 「そうですよ。正解です」 ナマエの返答に女の子は嬉しそうにくすくすと笑って、やっぱり〜、と言いながらニヤける口元を隠すように両手でそこを押さえていた。 ナマエは再び微笑んで、女の子の頬を指の背でそっと撫でて立ち上がる。そうして今度こそ、子供達に手を振った。 リヴァイの側へと寄って、お待たせしました、と声をかける。 「顔見知りなのか」 「いえ、今日初めて会いました」 ナマエはリヴァイから見て右側の方から後ろに回り込み、そうして当たり前のように車椅子のハンドルを握りしめ、それを押しながら歩き出した。 公園を出て、いつものように家までの道のりを進む。子供達の遊んでいる声が、遠くの方で響いている。 「そういえば、リヴァイ一人で来たんですよね。遠いのに、大丈夫でしたか」 「これくらいの距離ならな」 「どこかに出掛けていたのですか」 「……いや」 なんとなく歯切れの悪い返事に、ナマエは後ろで首を傾げる。 そもそも公園に行くことはリヴァイには伝えてなかったはずだが、そういえばなぜ公園に現れたのだろう、とナマエは考える。普段から来ているとはいえ、車椅子では遠かったはずだ。いつもはナマエと一緒に来ることが多い。 「……お前が、家から出て行く姿がたまたま見えてな。なかなか帰って来ねえから、まぁ、たまには、迎えに行ってやろうかと思っただけだ」 ──最近、ナマエが公園に一人で来ていたことに気付いていたのだろうか。 考え事をする時は、誰にも伝えずに来ていたのにも関わらず、リヴァイはわざわざ場所も分からないのに迎えに来てくれたというのか。それとも、公園にいる確信があったのか。付き合いの長さが、それを分からせたのだろうか。 ナマエはもう随分と見慣れた、後ろから見るリヴァイの姿を見つめた。 「だが、ガキ共と連んでたんなら来る必要はなかったな。」 「……そんなことはないです。ありがとうございます」 ぎゅっとハンドルを握り締め、前を向く。 ナマエが迎えに来てくれたことに対して言った感謝の言葉に、リヴァイは、それはこっちのセリフだ、と内心で思った。 ナマエはいつも当たり前のように側にいてくれる。当たり前のように車椅子を押して歩く。そうして、いつもナマエが自身の右側にいることが多いことを、思い浮かべる。 リヴァイは視線を上げて、前を向いたまま、息を吸った。 「──ナマエ、いつもありがとうな」 それは、この身体になってから、ずっとそうだったように思う。横に並んだ時、ナマエはいつだってリヴァイの右隣にいた。見えていない右眼の代わりに、そこに居てくれているようだった。 それに、それだけではない。他にもたくさんのことをナマエはしてくれている。 リヴァイはその感謝の気持ちを、伝えなければならないと思っていた。 ──ありがとうというその言葉が聞こえてきた瞬間、ナマエはそれが何に対して言われているものなのかが一瞬分からなかった。突然の感謝の言葉に、何かしただろうかと思考を巡らせる。 しかし、「いつも」ということは、きっと、その言葉通りに受け取ればいいのだろうか。 ナマエは普段からリヴァイに対して何か特別なことをしているとは思っていなかったが、それでも彼が言ってくれたその感謝の気持ちを、素直に受け取ろうと思った。 「…いいえ。こちらこそ、いつもありがとうございます」 一緒にいることで支えられているのは、リヴァイだけではない。 ナマエはリヴァイが居てくれることの有り難みを改めて感じて、これからもずっと側に居られたらいいと、そう思った。 ──緩やかに風が吹き、街路樹の葉が優しく揺れる。木漏れ日の中を二人は進んでいく。 ナマエは、先程の公園で別れ際に女の子が聞いてきた言葉を思い出していた。 『おねえさんのだいじなひとって、そのひとなの?』 今日も空は晴れやかで、穏やかな一日になるだろうと、そう思った。 |