仕事が休みだった今日は朝のうちから少しずつ部屋の掃除を始めて、それといいお天気だったので寝具なども洗って外に干したり、街へ出てお花を買ってそれをお気に入りの花瓶に入れて部屋に飾ったり、あとは本を読んだりして、午後はわりとのんびりと過ごした。

夜になり夕食を済ますとシャワーを浴びて今日洗ったばかりの清潔な寝巻きに着替えてから、ふかふかなシーツの上へと寝転んだ。すんすんと匂いを嗅いでみるとお日様のいい匂いがする。枕までふかふかで寝心地がいい。
干したあとってどうしてこんなにいい匂いがするんだろう。

気持ち良くって暫くそのままでいると、寝不足だったせいもあってか、いつのまにかそこで眠ってしまっていた。




──なんとなく何かの気配を感じて、ふと目を覚ました。

目をぱちりと開けて、ベッドの右側で体を丸めながら横向きに寝ていた私はゆっくりと瞬きをする。いつのまに眠ってしまっていたのだろうか。今は何時だろうとぼんやり考えていると、椅子の背もたれに寝る前はなかった制服のジャケットが掛かっているのが目に入ってきて、するとすぐ後ろで本を捲る音がして私は顔だけで後ろへと振り向いた。後頭部に何かが当たる。



「……何だ、起きたのか」


そういえばいつのまにか体にブランケットが掛けられている。


「……へいちょう、」


振り向いてみればそこには兵長の姿があった。ベッドの左側──すぐ隣で、座りながら本を読んでいる。全く気がつかなかった。


「……いつからいたんですか…?」
「一時間くらい前か」
「えぇ……起こしてくださいよぉ」
「俺の部屋で俺がどう過ごそうが勝手だろ」


私の髪をさらりと撫でる。俺の部屋だと兵長が言う。──そう、ここは私の部屋ではない。今日一日、そして今も我が物顔で過ごしていたが、実はここは兵長のお部屋なのだ。

最近忙しかった兵長はこっちの部屋(私室)をほとんど使っておらず、掃除もろくに出来ていないとそう言っていたので、休みの日に私がやっておきましょうかと提案したところ、お願いされたので、部屋の鍵をお借りしていろいろとやっていたわけなのである。

兵長はすでにリラックスした格好で、前髪も下されているのでシャワーも終えたあとなのだろう。随分と落ち着いた雰囲気だ。


「今日はこちらで眠るんですか?」
「せっかくだからな。部屋が綺麗だと落ち着く。お前もこのまま寝ちまえ」


どうやら今夜はゆっくり出来るようだ。落ち着いた様子にほっとする。
私はごろんと体の向きを変えて横になったまま兵長の方を向いた。


「兵長はまだ寝ないんですか」
「そのうちな」


寝ようと思えば全然寝れるけれど、せっかく兵長といるのにこのまま寝ちゃうなんてもったいない気がする。
私は少しだけ上体を起こして、兵長の曲がってる腕のところに顔を乗っけて凭れ掛かり、兵長が読んでいる本を覗き込んだ。


「…あ、この本、貸して下さってありがとうございました。面白かったです」
「そうか」


兵長が読んでいたその本は今日返す為に持ってきていたものだった。物語が面白くて朝まで読み続けてしまったせいで、今日はちょっと寝不足気味になってしまったけれど。

その本に視線を向けたまま兵長にくっついていると、体温が心地良くてだんだんと思考がとろんとしてくる。
そういえばこんなふうに触れたのって久しぶりだ。思わず兵長の腕に顔をすり寄せて、目を閉じる。そのまますうっと息を吸うと兵長の匂いで肺が満たされて、気持ちが和らいでいく。

そのまま兵長の温もりに没頭していると本がぱたんと閉じた音が聞こえて、そっと目を開けば兵長がそれをサイドテーブルへと置いているのが見えた。そうしてそのまま戻ってきたその手に髪を撫でられて、私はゆっくり瞬きをする。


「ナマエ」
「…はい」
「眠そうだぞ」
「……そうですか?」


その言葉にゆったりと顔を上げて兵長を見ると、私の頬に指の背で優しく触れてきて、その手つきがさっきから気持ちいい。目を閉じかけると、まぶたにキスが落ちてくる。温かい唇が離れてそっと瞼を開けば柔らかな顔つきをした兵長と目が合った。
私はもぞもぞとゆっくり起き上がり、兵長の隣にぴたりとくっつく。ねだるように黙って顔を見つめていると意図を汲み取ってくれたのかふっと表情を緩めて、私の頬に触れると今度は唇に優しくキスをしてくれた。



「…そういや、髪下ろしてんの久しぶりに見たな」


下ろしている髪に顔を埋めながらそう言った兵長は、腰にするりと手を伸ばしてきてそのまま片手で私を抱き寄せる。


「仕事中はいつも結んでますからねぇ」


私も兵長にゆったりと身体を預けて、伝わってくる温もりに身を委ねる。

そういえば兵長に髪のことを言われたのなんて初めてな気がする。長い方が好きなのかな。子供の頃からずっとそうだったからなんとなく短くしたことはなかったけれど、立体機動をしているとたまに邪魔に思うことがあったから切ろうか迷ったこともあったけど、やっぱりこのままにしておこう。


「今日は悪かったな。部屋の掃除任せちまって」


話をしながらも動きを止めない兵長は私の髪を後ろの方へゆるりと流すと、再び首筋にそっと唇を寄せる。


「…ふふ、なんでですか。兵長の部屋で一日過ごせて楽しかったですよ」
「今度何か礼をしてやる。何がいい」
「えっ別にいらないですよ」
「いいから言え」


そう言って体を少し離した兵長は有無を言わさない態度で、私のほっぺをぎゅっと片手で挟んだ。唇が尖って、多分間抜けな顔になっている。


「何でもいい」
「んむぅ…どうしよお」


仕方なく思考を巡らせていると、その間も兵長は指をぐりぐりと動かしたりして私のほっぺを好き勝手に弄っている。そのせいでなんだかうまく考えられない。


「おら、さっさと言え」
「急かさないでくださいよぉ」


ゆっくり考えさせてはくれないのだろうか。兵長の手首を掴んで、ほっぺから離そうとするけれどびくともしない。どうしたものか。


「…ええっと……じゃあ、キス、して下さい」
「……さっきからしてんだろうが。」
「だってもう、お礼とかそんな、全然思い浮かばないですもんっ」


嘆くようにそう言えば、兵長は黙って、頬を挟んだまま私の尖った唇に押しつけるようにキスをした。

するとようやく手を離してくれる。


「…こんなもん何の礼にもなんねえ。考えておけよ」
「兵長が急かすからじゃないですか」


解放されたほっぺを摩りながら、文句を言う。ていうか本当にお礼なんてされるほどのことじゃないのになあ。


「そろそろ寝るか。」
「え、あ、はい」


するとたくさん触れ合って満足したのか最後にぽんぽんと私の頭を撫でて、ブランケットを手に取った。私も兵長に促されるように横になるとそれを肩までかけてくれる。

ふかふかであったかい。


「寝具も洗ってくれたのか」
「はい。寝心地どうです?」
「ああ、悪くない」
「…ふふ、よかった」


──お日様のいい匂いがしますよ、と言って枕に顔を擦りつければ、兵長も同じように枕に鼻をすり寄せて、すん、と息を吸う。
そうして、そのまま視線をゆるりとこちらに向けて私を瞳に映すと、ふっと表情を緩めた。

胸が温かい。心がぽかぽかする。兵長がいるからだ。兵長が側にいてくれるからだ。


「兵長、いい夢を見てくださいね」


兵長の髪にそっと手を伸ばして撫でるように触れると、私の手に自分の手を重ねて優しく握って、手のひらに徐にキスをした。


「おやすみ。いい夢を」


兵長の柔らかい声が、心地よく耳に響いた。


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