「あれ、リヴァイおはよう。どこか出掛けるの?」
「もう昼過ぎなんだが」


ハンジは時間にそぐわない寝ぼけ顔とボサボサ頭で、ゆるりと欠伸をしながら廊下で出会したリヴァイへと挨拶をした。その姿はどう見ても今さっき起きたばかりだ。リヴァイはその姿を見て眉根を寄せる。おはようの時間では全くない。

しかし今日は比較的ゆっくりと過ごせる休日であった。それは彼らにとっても変わりはなく、分隊長である彼女が何時まで寝ようが関係はないが、それにしてももう少しちゃんとした格好で部屋から出てきたらどうだとリヴァイは思う。

未だゆったりとした部屋着に身を包むハンジに対しリヴァイはコートを纏っている。


「街に行くの?」
「ああ。たまには自分の買い出しにも行かねえとな」
「あ、だったら……ちょっと待っててくれ!」
「あ?」


急に何かを思い出したようにバタバタと部屋へ戻っていくハンジに、何なんだと思いながらも、特に急いでもいなかったリヴァイは仕方なくその場で待つことにした。
暫くすると同じ格好のままのハンジが戻ってきて、その手にはメモが握られている。


「はい、これ」
「……何だ?」
「買ってきて欲しい物!ついでに買ってきて」
「………。」


受け取ったその小さなメモ用紙に目をやると、そこには小さなわりにびっしりと買ってきてほしいものが書いてあった。リヴァイはそれを無言で握り締めると、そのままハンジの首根っこを思い切り掴む。


「うわっ!?」
「ふざけんな。買いたい物があるならてめえも来い。何で俺がお前のおつかいを頼まれなきゃならねえんだ」
「ええっ?!いいじゃないかついでなんだし!」
「ついでの量じゃねえだろ。何軒回らせる気だ」


彼女の後ろ襟を掴みながらそのまま歩くリヴァイに、ハンジは反論しながらも、このままだと本当に連れて行かれそうだと思い、仕方なく観念する。


「分かった!分かったから離して!着替えてくるから!君は私にこの格好で街へ行けというのか」
「……普段からろくに風呂にも入らねえお前にそんな一般常識があったとは驚きだ」


さすがの彼女でも寝起きの姿のまま街へ出るなんてことはしない。ハンジの態度にぱっと手を放したリヴァイは歩みを止めて、彼女へと向き直る。


「さっさと支度しろ。そもそも一緒に行く必要は全くないんだが」
「えー待っててよ!40秒で支度してくるからさ!」
「何秒でもいいからまともな格好で出てきてくれ」


リヴァイはため息を吐いた。





「いろいろと買い揃えられて良かった!ありがとうリヴァイ」
「チッ……てめえが居たせいでもう日が暮れそうなんだが」


あれから昼過ぎに出発して、街へ着くとハンジが空腹を訴えてきてまずお昼ご飯を食べることになった。それだけでもリヴァイからしてみればちょっとしたロスだったが、特に決まった予定もなかったので仕方なく一緒に店へと入った。腹ごしらえを済ましてからはなぜかハンジの買い物に付き合わされて、そのあとに自身の買い物をささっと済ませたが、彼女に付き合っていたせいで空はもう茜色に染まっている。
なんとなく行動を共にしていたが今更になってリヴァイはそれを後悔する。しかしハンジは特に気にしてなさそうに口を開いた。


「そういえば今日ナマエは?」
「……あいつは朝から実家の方に戻ってる」
「あ、そうなんだ。残念だったね、ナマエと一緒に来れなくて」
「残念だったのは一人で街を回れなかったことだ」


夕暮れの街を歩きながら、リヴァイは頭にナマエのことを思い浮かべる。今日は実家の方に帰っていて、朝会ったっきりだ。すると隣を歩いているハンジがくすりと笑みをこぼした。


「リヴァイさぁ、今日ずっとナマエのこと考えてたろ?」
「……あ?」


思わぬ言葉が聞こえてきてリヴァイはハンジを見る。愉快そうにしているハンジと目が合い、思わず眉根を寄せた。


「だってリヴァイ、花屋を見かける度にいちいち足を止めていたし、他の店でもナマエの好きそうな花柄のものを見掛ける度に手に取っていたじゃないか」
「………、」


嫌な笑い方ではなく微笑ましそうに見てくるハンジに、腹が立つことはないがなんとなく居心地は悪くなる。しかしハンジの言っていることに対し否定も肯定も出来ずにいた。なぜならリヴァイがそれを本当にしていたとしたなら、完全に無自覚だったからだ。


「まさか自覚なし?」
「……。」
「ナマエは愛されているなあ」
「……うるせえ。」


いよいよはっきりとした居心地の悪さを感じ始めたリヴァイはハンジからさっと目を逸らす。自覚はなかったが、言われてみれば、思い返してみれば確かにそうしていたことを思い出したからだ。
しかしふとした時にナマエのことを考えるのはリヴァイにとってはあまりに自然なことで、いちいち自覚するようなことではなかったのだ。

ナマエの実家は花屋を営んでいて、当たり前のようにナマエも花を好いていた。リヴァイが花屋を見かける度に気になっていたのはそのせいだろう。花柄の小物を見る度に手に取っていたのも同じ理由だ。全てナマエが好きそうなものだったから。


「リヴァイは他に買うものとかある?なければそろそろ帰ろうか」


ハンジはすでに思考を切り替えている。しかしリヴァイは未だナマエのことを考えていた。それまでとは違い、彼の中ではっきりとした存在感を放ってナマエはそこにいる。

リヴァイは茜色の空を見上げた。


「……ハンジ」
「え?」


いきなり足を止めたリヴァイはハンジを見つめて、つられて足を止めたハンジはリヴァイの方へ振り返る。


「俺はまだ買うものがある。先に帰っといてくれ」
「……あぁ、そう?じゃあ、先に帰っとくね」


それまで行動を共にしていたハンジはその言葉に大した反応を見せるわけでもなく素直に頷いて、空気を読むように大人しく一人で帰っていった。リヴァイはその後ろ姿を見届けて、見えなくなると夕焼け色に染められた街でくるりと踵を返した。





「じゃあナマエ、身体に気をつけてね。怪我しないように。手紙も書けたら書いてね。あとこれ、お花見繕ったから持っていきなさい」
「ありがとうお母さん。お母さん達こそ身体に気をつけて。私は大丈夫だからそんなに気にしないで平気だよ。手紙もまた書くし、お花もありがとう!嬉しい」


家の玄関を出たところで私はお母さんにお花を貰う。今はお父さんは仕事場にいるけれど、今日は一緒にごはんを食べれたし話も出来て、花屋の方の仕事も手伝えたし、久しぶりに家族と過ごせて充実した一日だった。
最後に、お父さんにもよろしくね、と言って手を振って歩いていく。

──今日は楽しかった。

坂の上にある私の家から少し坂を下って、石畳の階段を下りていくと大通りの方へと続く道へ出る。
私は今となっては第二の帰る場所とも思える調査兵団の寮へと帰る為に、軽やかに階段を下りていた。

そんなに幅の広くない階段を下りながらさっきお母さんに貰ったお花に鼻を近づけると、お花のいい香りがいっぱいに広がる。私はやっぱり花屋の娘だなあと思う。お花が大好きだ。今日のことを思い返しながら、ふふ、と口元を緩める。

少し風が吹いて、肌寒さを感じる。茜色の空を見上げると、ふと兵長は何をしているだろうと思った。今日は朝から出掛けてしまって兵長とあまりお話が出来なかった。

兵長は今日どんな一日を過ごしたのだろう。ここのところ少し寒いけれど、お部屋の中で暖かく過ごせているといいな。
そんなことを思いながら、ふと階段の先に視線をやると、誰かがこっちを向いて立っているのが見えた。誰だろう、と考える前に思わずゆっくりと足を止めて、その人から目が離せなくなる。見間違うはずはないが、だって、まさかこんなところにいるなんて考えもしない。

私は残りの階段を一気に駆け下りた。



「……兵長っ!!どうしてこんなところにっ?!」


最後の一段を飛ばして兵長の元へ飛び込むと、片手にお買い物の紙袋を抱えているのにも関わらず、もう片方の手で難なく抱きとめてくれた。兵長の手がぎゅっと腰に添えられて、体にぴったりとくっつきながら顔を上げると、優しい茜色に染まった兵長と目が合う。


「…買い出しのついでに迎えに来た。お前夕方頃に帰ると言ってただろ」
「えー!嬉しいです!兵長は今日お買い物してたんですね!お一人ですか?」
「いや、ハンジと来ていたんだが、邪魔だから先に帰らせた」
「ええっ?そんな!邪魔って!」


さらっとそう言ってのける兵長に、少し苦笑いをするが、兵長とハンジさんの仲だから、大丈夫なのだろう。


「実家はどうだった」
「っあ、はい!楽しかったですよ」
「両親は元気にしてたか」
「はい!おかげさまで!」


実家も楽しかったが今は何よりも兵長に会えたことが嬉しくて、頭を傾けながら兵長へと微笑みかける。頬が綻ぶのをやめられない。


「…へいちょお、会えてすごく嬉しいです」


すると、兵長はそんな私を見ながら少し目を細めて、腰に添えている手にぎゅっと力を入れて更に抱き寄せると、頬へとそっとキスをしてくれた。少しだけ冷たい兵長の唇が愛しい。

顔を上げた兵長は、落ち着いた様子で口を開いた。


「…休みの日までその呼び方はやめろ」
「あ、そうですね……リヴァイさん。ふふ」


そう呼べば満足したように、ふっと表情を緩める。その顔が素敵で、仕事の時とは違った特別な呼び方すら愛しくて、胸が高鳴る。


「花のいい香りがするな」
「あ、母からお花貰ったので」
「……お前からもほのかに香るぞ」
「えっほんとですか」
「……いい匂いだな。」
「わ、……っふふ、くすぐったい」


私の髪に顔を埋めて鼻先をすりつけてくる兵長はどことなく楽しそうで、それが少しくすぐったくて兵長のコートをきゅっと握った。

こうして一緒にいると寒さも感じられないくらいに暖かいから不思議だ。

すると顔を上げた兵長は、ふと思い出したように抱えていた紙袋にごそごそと手を入れると、そこから包装された小さめの可愛らしい紙袋を取り出した。


「土産だ。やる。」
「えっ私に?いいんですか?」
「大したもんじゃないが」
「ええ〜リヴァイさんが選んでくれたものなら私それだけですごく嬉しいです。開けてもいいですか?」
「ああ」


兵長から少し体を離して包装を破ってしまわないように大事に開けると、中からは白いハンカチが出てきた。兵長らしいそのチョイスに笑顔になりながら、折りたたんであったハンカチを開くと端にお花の刺繍が施されてあった。
私はばっと顔を上げて兵長を見る。


「お花の刺繍が!かわいい!」
「……他にもお前の好きそうなもんがいろいろとあったんだが、結局それにしちまった。そんなもんでよかったか」
「何でですか、ハンカチ嬉しいですよ!お花の刺繍がすごく可愛いです!」


いろいろと考えてくれたのだろうか、それだけでも嬉しいのに、私の好きなものを知っていてくれていることがとても幸せで、そのお花の刺繍にそっと指を触れる。


「ありがとうございます、リヴァイさん。だいすき」


背伸びをして兵長の頬へとキスをする。そっと唇を離して目が合えば、お互いに口元を緩める。


「なら良かった」


とても幸せな、優しい茜色の時間だった。


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