今日は嬉しいことがたくさんあった。


今日は朝からとても天気が良く暖かかったので、少し時間が出来たと言う兵長と一緒に訓練場にあるベンチとテーブルで立体機動装置の整備を行った。
少しの間でも兵長と一緒にいられることが嬉しくて浮ついた気持ちでいると、ヘラヘラすんなと言われたけれど、いつもお忙しい兵長とこうして過ごせることは私にとってはとても重要なことなのだ。そして何より出来た時間を私との時間に使ってくれることがとびきり嬉しい。


「兵長の装備は相変わらずお綺麗ですねえ。キズひとつなくて新品みたい」
「お前のはまたキズが一つ増えたんじゃねえか」
「えっ分かるんですか?」
「ああ。この前の壁外調査の時にか」
「はい……お恥ずかしい」


暖かい日差しの中で兵長とお話していると心までぽかぽかしてくるなあと呑気なことを考えていたら、装備にキズを作ってしまったことがバレてしまった。別に隠していたわけじゃないけれど。
そのキズはこの前の巨人との戦闘の際に少しヘマをしてしまった時のもので、私自身には大した怪我はなかったのだが、装備を思い切りぶつけてしまったのだ。ガリッと痕がついている。
兵士の恥とまでは言わないだろうが、兵長の装備を前にすると自分のはだいぶボロボロのように思える。

最後によしよしとその痕を撫でて、そうして整備を終えた。


「兵長、一緒に整備してくれてありがとうございました」
「ちょうど俺もやろうと思ってたところだったからな」
「それは良かったです。もう戻られますか?」
「いや、まだいい」


テーブルを挟んで真向かいに座っている兵長は、もう少しゆっくり出来る、と言った。なんてことだ。まだ時間があるなんて。今日はいい日だなあ。


「じゃあ、もう少し日向ぼっこして行きましょうか。あったかいですし」
「ああ」


快晴の空を見上げて、太陽の輝きに少し目を細める。今日は本当に天気がいい。それだけで私の心は晴れやかなのだ。ニコニコしていると、兵長は頬杖をつきながら、口を開いた。


「…こっち来るか」


思いがけない言葉が出てきて思わずドキッと胸が高鳴った。
兵長はいつもお忙しいからこんなふうに仕事中に一緒に(二人っきりで)いられることなんて本当に稀だし、仕事が終わったあとも何かとやることがありそうで邪魔をしたくないからなかなか会いに行けないし、私は兵長とお付き合いをさせて頂いているけれどそのことは大っぴらにはしていないから堂々といちゃつくことだって出来ない(そもそも知られていたとしても兵長はそんなことはしないだろうが)。
だからこうして日中の真っ昼間から兵長と過ごせているだけでこんなにも幸せなことはないというのにその上兵長から「こっち来るか?」とか言われてしまったら私はもう幸せすぎてどうしていいか分からないっていうかつまりだから何が言いたいのかというと。


「どうした」
「お隣お邪魔します!!」
「今の間は何だったんだよ」


わーい兵長のお側まで行ける〜、と、ウキウキで立ち上がり私達を隔てていたテーブルを回り込み兵長のお隣へとそっと腰を下ろした。


「えへへ、嬉しいなあ」
「…締まりのねえツラだな」


とはいえ誰かに見られるといけないので少し遠慮がちに腰を下ろしたが、頬杖をついている兵長はあまり身構えていないようで、そこまで警戒しなくてもいいのかも、と少し肩の力を抜いた。
私もテーブルに両手で頬杖をついて、鼻歌を歌う。

体温に混じり合うような暖かな日差しの中、さあっと優しく風が吹くと髪が緩やかに揺れて、草木が囁くように音を鳴らす。

風が気持ち良くて思わず目を閉じて自然の音に耳を傾ける。穏やかで優しい時間が流れていることが嬉しくて、兵長を想う。こういう時間がたくさん増えればいいのになあと思う。兵長にとっての優しい時間ってどんなものだろう。私は兵長がいてくれるだけで幸せだけれど、兵長はどんなことを幸せに思うのだろう。

とにかく一つでも多く、一秒でも長く、そういうことがあればいいな。

そんなふうに一人思い耽っていると、肩にとん、と突然重みを感じて、ぱっと目を開く。


「……兵長?」


そっちを見ると兵長の頭が私の肩に寄りかかっていて、突然の出来事に頬杖を外して首を傾げる。


「どうしたんです?」
「……眠い。」
「あ、えっ、お、お疲れですか?ごめんなさい、私気づかなくて」
「そうじゃねえ。」
「え?」


普段こんなふうにされたことがあまりない(というかいつもは私ばかりが甘えている)ので、少しびっくりしていると、兵長は私に頭を預けたまま言った。


「お前といるとどうにも気が抜けちまう」


そうして、ふう、とため息にも似たような息を静かに吐いた。

───もし、兵長にとっての優しくて穏やかな時間の中に、私という存在があったのなら。私が兵長の側にいる時に感じているような気持ちが、兵長の中にも少しでもあったなら。
気を張ることが多い兵長でも、私といると気が抜けると、そう言ってくれる。

それは、私にとって本当に、幸せなことで。

愛してるの言葉を言われることよりも嬉しいことかもしれない。

腕を組みながら私の肩に頭を寄せている兵長のお顔はこちらからでは見ることが出来なくて、どんな表情をしているのかは分からないけれど、でも、優しい風が吹いている。

穏やかで暖かな時間が流れている。


「……兵長、大好きです」
「……唐突だな」
「唐突じゃないですよ。兵長の方から言ってきたんじゃないですか」
「そんなこと一言も言った覚えはないんだが」


私には愛の言葉に聞こえたんです。
違いましたか?

目を閉じて、兵長の柔らかい髪に頬をすり寄せる。


「……少しくらいお昼寝しても、いいんじゃないですか?」
「…なら…少しだけ、寝るか」


──どうかどうか、これからもずっと兵長といられますように。


「はい」


兵長の心に優しい風が吹いていますように。







今日は嬉しいことがたくさんあった。

天気がとても良かったこと。兵長に休む時間が出来たこと。私に声を掛けてくれたこと。兵長と過ごせたこと。優しい風が吹いていたこと。兵長の心にゆとりが出来たこと。

どれもこれもが素敵な出来事すぎて、一日中いい気分で過ごすことが出来た。

………だけど。



「私、もう怖いです!こんなに幸せなことが一気に起きて大丈夫なんですか!?反動で明日からは不幸なことばかりが起きるんじゃないでしょうか!?」
「うるせえ。いいから早く寝るぞ」
「ひええっ」


──まだ終わりではなかった。嬉しい出来事にはまだ続きがあったのだった。

兵長が急に、明日の午前中がお休みになったと言い出したのだ。だから明日の朝はゆっくり出来ると。

なので、今こうして兵長のお部屋で一緒に寝ようとしているのだが、幸せすぎて逆に怖い。


「こんなことが起きてもいいのでしょうか?」
「お前は俺に休むことなく働き続けろというのか」
「違いますよ!でもだってあんまりないじゃないですか、こんなこと」
「それはそうだが」


一緒にベッドに入りながら、まだ実感がない私はぶつぶつ言いながらブランケットをかぶる。ちらりと横を見ると隣で兵長も同じブランケットに入っていて、急に意識が変わってドキドキしてきた。

兵長が同じベッドの中にいる。


「あ……えっと、きょっ今日はあったかかったですねっ」
「何急に意識し出してんだよ」
「いっ意識なんてしてないですよ別に」


バレた。恥ずかしい。何でもお見通しなのか?
でもだって仕方ないと思うのです。何度も言うけれど兵長はお忙しいから、こうやってベッドで一緒に眠ることだってあんまりないことだから。


「反対を向いて寝ていいですか?」
「何でだよ」
「緊張して眠れないかもなので」
「……分かった。いいぞ」
「(えっ?いいんだ?)」


言ってはみたものの承諾されるとは思ってなかったのでいいよと言われるとそれはそれでびっくりする。


「じゃあ…あの……おやすみなさい、兵長」


もぞもぞとブランケットの中で動いて、兵長に背中を向けて体を少し縮こませる。ベッドの側に置いてあったろうそくの火を兵長が消すと、部屋が暗くなる。カーテンの隙間から月明かりが少しだけ入ってきてはいるけれど。

暗くなった部屋に、ふう、と小さく息を漏らして目を閉じようとすれば、いきなり後ろから手が伸びてきて、ぎゅっと身体を抱き寄せられた。


「へあっ?!」
「……変な声出すな」
「な、な、なにするんですかっ」
「寝るだけだが」
「この状態で?!」
「別にいいだろ。いちいちうるせえな」
「緊張して眠れないという私に抱きしめられながら寝ろと言うのですか!?」
「別にいいだろ」


そう言った兵長は徐に私の首筋に顔を埋めて、ちゅ、とそこにキスをした。びっくりして腰の辺りが思わず仰反る。


「ひっ!」
「お前はいつまでそんな反応をするつもりなんだ?」
「だ、だって……慣れない……」
「嫌なのか?」
「えっ?…い、嫌では、ない、ですけど……」
「ならいいだろ」
「ひええ」


兵長の息が首にかかって、ドキドキが鳴り止まない。ぎゅっと目を閉じると余計に密着しているところが気になって仕方がない。
どうしよう、どうしよう、と思っていると、兵長がぼそりと呟いた。


「……こっちの方がよく眠れそうだろうが」


兵長の低い声が耳元で聞こえて、不意に胸がきゅうっとする。

…ずるい。兵長はずるいなあ。
そんなことを言われてしまったらもう何も言えないじゃないか。普段ゆっくり休むことがあまりない兵長が「よく眠れそう」とか言うのなら、何だって捧げようと思ってしまうではないか。ああもう、どうにでもなれ。


「……分かりましたよ。いいです。このままで」


私の体に巻きついている兵長の手に自分の手を重ねて、身体の力をゆったりと抜く。それに冷静に考えたら、この状況ってめちゃくちゃ幸せなのでは?急に意識が変わって心が落ち着いていく。大好きな兵長に抱きしめられながら眠りにつくなんて、この上ない幸せではないか。


「…おやすみなさい、兵長」


今日は本当に、嬉しいことがたくさんあった。眠りにつく瞬間までぽかぽかとあったかい。


「ああ、おやすみ」


一日の終わりに兵長のおやすみが聞けるなんて、とても素敵な締めくくりじゃあないか。





普段からの癖で、朝早くに一度目が覚めた。
ぱっと目を開くと、目の前にナマエの顔があった。ベッドの中がやけに温かいのはそのせいか。二人で眠りについたことを思い出し、早朝から穏やかな気分になる。

こいつは、いつのまにこちらを向いて寝ていたのだろうか。緊張するなどと言って反対側を向いて寝ていたはずだが、そのわりに随分と呑気な顔をしてやがる。

カーテンの隙間から漏れている光で少しだけ空が明るいのが分かる。ナマエはまだ起きないのだろうな。
眠ったままもぞもぞと動いてこちらにすり寄ってくるナマエに、満たされるような思いがした。

少し捲れているブランケットをナマエの肩まで掛け直して、温かい朝を噛みしめるようにもう一度目を閉じた。


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