最後に雨が降ったのはいつだっただろうか。ここのところずっと空模様は穏やかで、ぽかぽかと暖かい日が続いている。壁の外のことなんてつい忘れてしまいそうになるくらいには平和な昼下がりである。

立体機動の訓練場でもある、木に囲まれているこの場所は、少し奥に入ってしまえば人の目を盗むにはちょうどいい場所だった。訓練のない時間を選べばそこはもはや二人だけの空間になる。

今日は兵長の貴重な休みの日で、部屋の中にいては勿体ないと思いお昼を食べたあとにここへ連れ出してきた。ちなみに私も兵長のお休みに合わせて休みを頂いた。というか、今日の分までのやるべき事を死ぬ気で終わらせて勝ち取った休日だ。


「兵長、私スコーン焼いたんですけど、良かったら一緒に食べませんか」


木漏れ日が降り注ぐ中、木の根元の部分に腰を下ろしている私はすぐ隣で同じように座っている兵長に、持ってきていた小さめのバスケットを両手で掴んで見せる。


「…お前、さっき昼メシ食ったばっかだろうが。まだ食う気か」
「こういうのは別腹です」
「そう言っていつも必要以上に食ってる気がするんだが。肥えても知らねぇぞ」
「少ないですけどジャムも作ってきたんですよ」
「聞いてんのか?」


兵長の話を聞こえないフリをしながらバスケットの中からスコーンとジャムを取り出す。なんていうかこう、兵長は食事に対してあまり楽しみを見出してない感じがするから、少しでも美味しいとか、そういうふうに感じてもらえると私としては嬉しいというか。少しでもお腹も心も満たされてほしいのだ。ただの押しつけだろうか。
立てた片膝に伸ばした腕を置いて座っている兵長は用意している私を見つめながら、ゆらゆらと揺れる太陽の光に照らされている。さっそくスコーンにジャムを乗っけてそれを兵長へと差し出すと、慣れた手つきで普通に受け取りそのまま一口かじった。


「どうですか?そんなに甘くはしてないんですけど」
「……まぁ、悪くない」


続けて二口、三口と食べてくれた兵長の横顔を見ながら、頬を緩ませる。嬉しくてニコニコしながら見つめているとその視線に気付いた兵長がゆるりと瞳をこちらへと向けた。


「何ニヤニヤしてんだ」
「……いえ、久しぶりにゆっくり出来て嬉しいなあって」


私も自分の分のスコーンを取り出し、その上にたっぷりのジャムを乗っけた。兵長の視線が、そんなに乗せるのか?と言っていたが、気にせずにかぶりついた。うん、おいしい。こんなの何個でも食べられそうだよ。


「…でも兵長がお休み取れるなんて、珍しいですよね。いつも忙しそうなので良かったです」


もぐもぐと頬張りながら今日という日に改めて感謝する。一緒にお休みを取れるなんて、考えてみれば初めてかもしれない。そもそも兵長が忙しすぎるのだ。


「まぁ、たまにはな」
「一緒に過ごせて嬉しいですけど、一人でゆっくりしたくなったらいつでも言って下さいね。せっかくのお休みなので」


三日ほど前に兵長は休みが取れるかもしれないと教えてくれて、そして私の予定を聞いてきた。わざわざ教えてくれて予定を聞かれたということは、私も休むことは出来るのか?と、暗にそう聞かれているのだと勝手に解釈してどうにかこうにか今日を休日にしたのだが、冷静に考えると一人でゆっくりした方が疲れは取れるのでは?とも思い続けていた。
一緒にはいたいけれど兵長の貴重なお休みの邪魔はしたくないので、そう言うと兵長は私に手を伸ばしてきた。


「一人でいても時間を持て余すだけだ」


そうして私の唇の端についていたジャムを親指でぐっと拭う。頬張った時についてしまっていたみたいだ。指についたそれをそのまま舐め取った兵長は、美味いな、と呟いた。スコーンに乗っけて食べた時よりも美味しそうな顔をするから、少し恥ずかしくなる。


「もっと寄越せ」


しかしそう言って顔を近づけてくる兵長に、満更でもない気分になってきている私は素直にそっと目を閉じた。優しく唇が重なり、風に揺れる草木の音が心地良い。ほのかにジャムの香りがして、それは甘くないはずなのに、こうして兵長とキスをしているととてつもなく甘く感じてしまうから可笑しい。

それから、一度では足りないと言わんばかりに兵長の手がゆるりと私の後頭部へと回ってきて、木漏れ日の中何度かキスを繰り返した。優しくて甘くて、とろけてしまいそう。
今私が感じているこの温かい幸福が、兵長の心にも同じくらいあればいいなと思った。


「…兵長、だいすきです」


最後に私の方からひとつキスをすると、兵長は唇の片端を僅かに上げた。


「──知ってる。」


それを分かっていてくれることがこんなにも幸せなんて。
ふふ、と小さく笑いながら、兵長の頬に両手を添えて、もう一度私からキスをする。ちゅ、と唇をくっ付ければ兵長は手のひらにそっとお返しをくれた。

──なんて幸せな休日だろう。

頭がふわふわしてきて、緩みきった頬を戻すことが出来ない。
一人緩んだ思考の中にいると、兵長の手がいきなりするりと私の服の中へと入ってきた。


「えっ兵長?……っぁ、」


突然の手つきに少々驚いて目を丸くすると、草花の上にふわりと押し倒されて、視界が揺れる。


「ナマエ」
「は、はい…」


見上げた先に兵長と、その奥にキラキラと光ながら揺れる葉が見える。私に覆いかぶさっている兵長は、やっていることに反してひどく優しい手つきで私の顔を撫でた。


「……ナマエ」


なぜだろう。名前を呼ばれているだけなのに、まるで『好き』と言われているようで、鼓動が速くなっていく。ゆっくりと私の首筋に唇を寄せた兵長に、少し身体を震わせれば、それに気付いた兵長がふっと意地悪く笑った。そうしてまた唇にキスを落とされ、だんだんと深くなっていくそれに私はようやく我に返った。


「…っへい、ちょうっ、誰か、来たら、どうするんですかっ」
「……。」


少しの抵抗を見せながらそう言うと、その言葉に動きを止めた兵長は暫くそのまま私に顔を埋めたままで、しかしようやく顔を上げた時にはもう落ち着いた目をしていた。


「こんなところで最後までするわけねぇだろ。」
「……、」


本当に?と、疑問は残ったが、追求はしないでおいた。
体勢を戻した兵長は、ふうと小さく息をこぼし、遠い目をしている。私も体を起こして、また隣に座る。静かに息を吸って空を見上げると、木と木の間から気持ち良さそうに浮かんでいる雲が見えた。


「……良い天気ですねえ」


ぽつりと呟けば、兵長も空を見上げて、その瞳に青空を映す。


「……そうだな」


そう言って、頭の後ろで両手を組みながらそこへごろんと寝転んだ。そんな兵長に目を向けて、少し考えた後に私も同じように隣に寝転んだ。

木の葉っぱの間から太陽の暖かい光が降り注いでいる。さわさわと心地のいい音に耳を澄まして、私は目を閉じた。
暫く黙っていると鳥のさえずりが聞こえてきて、瞼をゆっくりと開く。このままだと眠ってしまうかもしれない。ふと隣にいる兵長を見れば、目が合って、見られていることに気がついた。単純な私はそれだけで嬉しくなって、口元がだらしなく緩んでしまう。もっともっと近くに行きたくなりもぞもぞと横に動いてぴたりと体をくっつけた。お互いのおでこが触れ合って、またどちらともなくキスをする。

唇が離れると、優しく風が吹いて木漏れ日が揺れた。


「ナマエ」
「はい」
「ずっと側にいてくれるか」


風が止んで、兵長の口から想いが溢れ出す。少し、珍しい。
兵長でも私とのことを考えて不安になる時とかあるのだろうか。
もしそうなのだとしたら、ずっと側にいたいと願うその何より愛おしい想いを、私はいつだって優しく包んであげたい。


「……もちろんですよ。ずっと、一緒です。リヴァイ兵長」


目を閉じながら猫のように頬をすり寄せて、この人を守る為に生きようと誓う。私の想いが伝わったのか、兵長は安心したように目を細めた。

私はこの世界に生まれたことに感謝する。


それから暫くお互いに何も言わず微睡んでいると、だんだん起きているのか夢の中にいるのかが分からなくなってきて、そうしていつのまにか、二人して寄り添ったまま眠りについていた。

私は頭の片隅で兵長が穏やかな夢を見れるようにと願った。


木漏れ日は子守歌のように二人の頭上で優しく揺れている。


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