「え、妊娠?」
「シーッ!!静かに!聞こえちゃいますっ!」
「…はは、リーゼルの方が声大きいよ」


まだ寒さが続いているある日、ナマエは食堂で部下のリーゼルと昼食をとっていた。
彼女はナマエの班員でありその中でも特にナマエに懐いている。

隣に座っているリーゼルはナマエの耳元で、ここだけの話なんですけどね、と言ってきた。


「リーゼル妊娠したの?」
「違いますよ!私じゃないです!私そんなことしません!」
「じゃあ誰が?」
「だからほら……あの子です、あの子」


リーゼルは声を大きくしたり小さくしたりと慌ただしい。
あの子、と言われて彼女の視線の先を見てみるとそこには食堂の端っこで一人食事をとっている女子がいた。ナマエはその子を見て、あぁ、と漏らす。


「あの子かぁ。あの、赤毛の可愛い子でしょ?髪ふわふわの。モテそうだよね」
「そうです赤毛の!……え、可愛いって分隊長、もしかしてああいう子がタイプなんですか?」
「タイプ?いやー分かんないけど。でもモテそうだな〜って思ってた」
「へーそうなんですかふーん。」
「で、あの子が?」
「え、あぁ……はい。あの子、まだ調査兵団に入って一年も経ってないのに妊娠しちゃったって噂なんですよ」
「……へえ〜」


パンをかじりながら、ナマエはその子を見つめる。あまり話したことはないが、存在自体は知っている。可愛らしい子だなぁとナマエは以前から思っていた。


「へぇ〜って分隊長!分かってるんですか?妊娠したんですよ?それで彼女調査兵辞めるってもっぱらの噂ですよ!」
「リーゼル、声大きいって」
「あ、すみません。……でもありえなくないですか?何の為に調査兵になったんだって感じですよ。しかもまだ17歳?とかですよ。あの子」


リーゼルはぱくぱくとスープの具を口へ運びながらぷんすかと怒っている。どうやら噂が気に食わないらしい。


「まぁ、確かにそれはびっくりだね」
「……えぇー、もう、何で分隊長はそんなに冷静なんですか?なんにも思わないんですか?」
「だって噂でしょ?」
「噂といえどおそらく事実ですよっ」
「そうなの?まぁでも、出来ちゃったんなら仕方ない……いや、仕方ないって言い方はしたくないなぁ。何て言えばいいんだろ。子供が出来たこと自体は素敵なことだよね」
「……もう、何で分隊長はそんなにいつも呑気なんですかぁー」
「はは、ていうかむしろどうしてリーゼルがそんなに怒ってるのさ」
「えー、だって……なんか、こっちは必死に、一生懸命やってるのに、そんな簡単に妊娠とか……そんなの、おかしいです。それって兵士としてどうなんだろって思うし……私だったら、そんなまだ一年目で、他のことにかまけたりなんかしませんもん」


まるでひとりごとのようにぶつぶつと文句を言いながら口を尖らせるリーゼルを見て、ナマエはふっと表情を和らげる。


「…まぁ確かに、リーゼルはいつも一生懸命だもんね。真面目だし、良い子だし、仕事も出来るし。元気だし。私もいつも助かってるもん」
「えっほんとですかっ?」
「うん、ほんと。」


宥めるようにポンポンと頭を撫でる。するとリーゼルは思わず嬉しそうに表情を明るくさせた。
ナマエは続けて話す。


「だからさ、あんまり気にしなくてもいいんじゃない?そもそも何があったのかなんて本人たちにしか分からないことだし、それにあの子はあの子で、リーゼルはリーゼルでしょ?他の子がどうであったってリーゼルがしてきたことは何も変わらないしこれからもやるべきことは変わらない。リーゼルは変わらずリーゼルの思う正しいことをしていけばいいだけの話だよ」
「……ぶ、分隊長…、素敵です……」


その噂が事実なのだとすればそれは確かに褒められたことではないのかもしれないけれど、だとしてもナマエはあまり気にしてはいなかった。それで彼女が辞めることになるなら仲間が一人減るということで、それは寂しいことではあるが、仕方がないと思う。調査兵団としては一人でも兵士が多い方が良いのだろうけど。

リーゼルは未だ噂自体には納得していないようだったが、それでもナマエの言葉を聞いて少しは落ち着いたようであった。
そして噂の張本人である赤毛の彼女は、いつの間にか食堂から姿を消していた。





「自分の子供が出来るってどんな感じなんだろう」


唐突なナマエの言葉に、リヴァイは目を丸くした。


「……ガキ共の噂でも聞きつけたか」
「あれ、リヴァイも知ってるの」
「まぁな」


その日、うまく寝付けなかったナマエはその上することもなく暇を持て余し、唐突にリヴァイの部屋へと訪れた。遅い時間だというのに当然のように起きていたリヴァイの体を心配しつつも、いつもと変わらない彼を見てなぜだか安心感を覚えた。

そうして眠れないことを理由に、リヴァイの仕事を手伝うことにしたのだった。

二人は机を挟んで向かい合って座り、そこで書類仕事を手伝っていたナマエはふと赤毛の彼女のことが頭に浮かんで、それを思うままに口にしてしまった。
しかしリヴァイが噂を知っているということはあながち本当のことなのかもしれない。むしろ噂というより事実として誰かから聞いたのかも。ナマエは頭の片隅でそう思った。


「やっぱり、子供が出来たら嬉しかったりするのかな」
「さぁな。人それぞれなんじゃねぇか」
「え、じゃあ、リヴァイは?」
「状況によるだろ。現状では全くそんな気はねえよ」
「まぁ、そっか」
「何だ、お前はそういう願望でもあるのか?」
「願望……。」


リヴァイの言葉に、ナマエはよくよく考えてみる。


「──ていうか、考えたこともない。子供とか、そういう、結婚とかも」


全く想像が出来ない。
ナマエのその返答を聞いて、リヴァイは持っていた書類を机上に手放し、足を組みながら拳を作り頬杖をついた。視線はナマエに向けられたままだ。


「母親にとって、子供ってどういうものなんだろう」


ナマエは考える。
母になるというのはどんな気持ちなのだろうと。


「…お前の母親はどうなんだ」
「え?」
「お前の母親はどういう人なんだ?」
「……、」


リヴァイのその言葉に、ナマエは母親のことを思い出そうとする。しかし、思い浮かんできたのはそれとは別のことだった。
ナマエは昔のことを思い出しながら、口を開く。


「私、母親のことあまり覚えてないんだよね。私がまだ小さかった頃に離婚して、お母さん出て行っちゃったからさ」


それを聞いてリヴァイは少し驚く。

なんとなく、なんとなくだがナマエの家は両親が揃っていると思っていた。そんなことはリヴァイ自身も深く考えたこともなかったのだが、なんとなく。


「そう、なのか」
「うん。だからかな、なんか母親ってどういうものなのかちょっと想像しにくいというか。分からない」


母になるのはどんな気持ちだろう。子供が出来るというのはどんな気持ちになるのだろうか。
まだナマエには想像もつかない。


「…リヴァイのお母さんは、どんな人なの?」


ふとしたナマエのその疑問に、今度はリヴァイの方が昔の記憶を思い出そうとする。
母親とは、どんなものだったか。


「そうだな……」


彼の柔らかなところにあるそれは、いつまで経ってもそこにあり続ける。
リヴァイは久しぶりに母親のことを思い出した。


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