「私、ロッテに相談されたことがあったの」 「…何をだ」 ナマエはひとつずつ話し始めた。 ロッテが、調査兵団を辞めたいと言っていたことを。 以前、そういう話をされたことがあった。彼女は兵士であることが辛いと言って悩んでいたのだ。その気持ちはもちろん分かるし、ナマエ自身も新兵の頃はよく逃げ出したいと思っていたことがあった。誰でも思うことだ。それに辛いのは今でも変わらない。 だがナマエはロッテを引き止めたりましてや辞めるよう促したりなどは一切しなかった。それは誰かに言われて決めるようなことじゃないからだ。辞めるのも続けるのも、全てはロッテ次第だ。 話をじっくり聞いて、いろいろと話はしたけれど、結局のところどっちを選んでもいいとナマエは思っていた。どっちが良いとか悪いとかそういう話ではない。ただ本人がそうしたいと思う方にすればいい。ロッテはそんなナマエの話を聞いて、もう少し考えてみますと返事をしていた。 結果は、言うまでもないが、彼女は兵士を続けることを選んだ。ロッテは自分自身で何度も考え、答えを出した。自分の信念に従い調査兵であり続けること。 ──だけど。 「もし、あの時、私が……違うことを言ってたら、ロッテは辞めてたかも、しれない」 「……」 考えてしまう。 あの時、諦めていたらロッテは死なずに済んだ。 「あの子は、ロッテは、苦しんでいた。なのに私はろくに何も言わずに……本人の意思に任せた。あんなに辛そうだったのに。」 「……ナマエ。」 「あの時辞めさせていれば、今も生きてた。生きてたんだよ」 「ナマエ、それは、違うだろう」 リヴァイはそれをはっきりと否定した。 ナマエは、ゆっくりとリヴァイの方を見る。 「お前だって分かってるはずだ。ロッテが死んだのはお前のせいじゃねぇし、お前がそれで自分を責めるのは違う。これは、ロッテが選んだ道だ。」 「……でも、私は」 「間違っていたと思うのか?」 「……え、?」 リヴァイは真っ直ぐにナマエの目を見つめる。 「あいつが必死こいて考えて、悩んで、苦しみながら出した答えを、お前は間違っていたと思うのか?」 ──ナマエさん、私、調査兵続けます。 そう言った時のロッテの顔を思い出す。 彼女が必死に考えて、悩んで、苦しみながらも選んだ答え。 調査兵であり続けるという答え。 “彼女は間違っていたのか?” ナマエは僅かに顔を歪める。 「……分か、ってる……。」 ちゃんと分かっている。 死んだことが正解というわけじゃない。そうではないが、ロッテは自分の信念に従い凛と前を向いた。 「あの子は、逃げ出さずに、立ち向かった」 彼女は強かった。立派であった。自分の人生に、嘘をつかなかったのだ。一度志したものを曲げることなく突き進んだ。そんな彼女の道が間違っているはずがない。 少なくとも調査兵団はそういう場所だ。命懸けで、みんな戦っている。 ナマエは再び少し目を伏せる。 「ごめん、こんなこと言い出したらキリがないのにね……でも、ちょっと、いろいろ考えちゃって」 リヴァイもナマエから視線を逸らし、向かいに置いてあるティーカップを見る。 「無理もねぇだろ……お前らは、特別仲が良かったんだからな」 仲が良かった。 その言葉を心の中で反芻する。 ナマエは少しだけ眉根を寄せて、目を閉じる。 「うん……寂しいよ」 ロッテの顔が思い浮かぶ。 たくさんくだらない話をしたこと。仕事をサボっていると呆れ顔をされたこと。ナマエを呼ぶ声。ナマエに向けられた笑顔。二人で笑い合ったこと。 もう、ロッテはいない。 「───でも、」 ナマエは目を開くとそのままガタリと立ち上がり、向かいに置いていたカップに手を伸ばす。そしてそれを取ると一気に喉へと流し込んだ。 リヴァイはそれをただ見つめる。 全てを飲み干すと、カップを唇から離し息を吸う。 「──私が、あの子の分まで生きる。戦う。だからもう、下は向かない。ちゃんと生きていかなくちゃ。ロッテのお母さんにもいつか笑ってもらう為にも。」 そのままテーブルに勢いよくカップを置いて、口元を腕で拭う。 そうして決意したあと、リヴァイの方を見る。 目が合うと、リヴァイは、まるで見守るような眼差しでそっと表情を和らげた。 「そうだな」 ナマエも口元を緩める。 「ありがとう、リヴァイ」 これはナマエなりの追悼であった。 ロッテの為に作った紅茶と時間でナマエはいろいろと考え、そうして最後に捧げた紅茶を飲み干すことで気持ちを切り替えるのだ。 こうやってはっきりとした区切りをつけなければ、いつまでもくよくよしてしまう。それが良くないことは明らかで、だからナマエは日がまだ浅いうちに気持ちを切り替えることにしたのだった。 もちろんそれで完全に吹っ切ることは出来ないかもしれないが、何にしてもきっかけは必要だ。 それに今回はリヴァイがいてくれたおかげでより向き合うことが出来た気がする。 ぐっと両手を上に上げて伸びをすると、深く息を吐く。 それから左胸の内ポケットに入れている手紙にジャケットの上からそっと触れ、顔を上げた。 「さぁて、そろそろ、仕事に戻るとしますか」 「…ああ」 前を向くと決めたナマエはその日仕事を終えると自室で一人、ロッテからの手紙をようやく開くことが出来た。ロッテはナマエ宛にも手紙を書いていたのだ。 そしてそれを読み終えると、大切に引き出しの中へとそっと仕舞った。 ──ナマエさんへ 手紙を書くのはこれで何度目になるでしょう。 ナマエさんは知らないでしょうね。だってナマエさんにとってはこれが初めてになるんですもの。 それも読んでいたら、の話ですが。 毎回書くたびにあなたへ渡らないことを願って書いています。 どうかこの手紙をナマエさんが読みませんように。だけど、今日もこうして手紙を書きます。一応真剣に書いているので、ちゃんと読んでくださいね。 ナマエさんとはいつもすっごくどうでもいい話ばかりしていたような気がします。仕事の話や、壁外や巨人についての話とか、兵士としてのありかたとか、そういった話はナマエさんから聞いたことがありません。 いつもくだらない話ばかりして、でも、私にとってはそれがとても大事な時間でした。 つらいことがあってもナマエさんと居ると忘れられるというか、気持ちが和らぐんです。それってとても大切なことだと思うんです。 ナマエさんは私の大切な人で、大好きな上司……友人、です。 もしこれを本当にナマエさんが読んでいるのだとしたら、それってもう私はそちらにいないってことで。それだけは避けたいのですが、読んでいるなら、悔しいです。 伝えたいことは本当にたくさんありますが、長くなるといけないのでここらへんでやめておきますね。 最後に、ナマエさん。 私が調査兵団を辞めようか迷っていた時に話を聞いてくれてありがとうございました。気持ちが少し楽になりました。 私は、後悔はしません。 調査兵を目指したこと、調査兵団に入ったこと、壁外に出れたこと、巨人と戦ったこと、調査兵として働けたこと、そしてナマエさんと出会い、共に戦えたこと、これは私の誇りです。 それで命尽きたとしても、きっと後悔はありません。悔しさはあっても後悔はありません。 今まで本当に、ありがとうございました。 ナマエさんの人生が少しでも豊かになるようにずっとずっと祈っております。 どうか、ご武運を。 ロッテより |