冷たい雨が降り続いている。

季節は移り秋から冬へと変わっていた。時折吹く冷たい風が心まで乱す。

体温であたためられた息が外へと出たとき、寒さによって白くなる。吐く息が白い。生きている証だ。




 ──ナマエさんへ

 手紙を書くのはこれで何度目になるでしょう。
 ナマエさんは知らないでしょうね。だってナマエさんにとってはこれが初めてになるんですもの。
 それも読んでいたら、の話ですが。
 毎回書くたびにあなたへ渡らないことを願って書いています。
 どうかこの手紙をナマエさんが読みませんように。だけど、今日もこうして手紙を書きます。一応真剣に書いているので、ちゃんと読んでくださいね。







ある日、リヴァイは雨でずぶ濡れのナマエの姿を見かけた。街から本部へと戻ってきた彼女は朝から降り続いている雨に濡れながら歩いていた。リヴァイは走り出し、ナマエの元へと向かう。


「──ナマエ、お前、何してんだ」


リヴァイが前に立つと彼女は足を止め、地面の方へ向いていたその目はゆっくりとリヴァイの方を向く。そうして目が合うと、ナマエは力なく微笑んだ。


「──…あぁ、リヴァイ。どうしたの」


どうしたの、はお前の方だ。とリヴァイは思ったが、それを口にはしない。ちらりとナマエの手元を見るとその手には閉じられた傘が握り締められていた。壊れているようには見えない。なら、どうして差さずに帰ってきたんだ。

リヴァイは眉根を寄せ、思わずナマエの手首を掴む。


「──来い。」


強く引っ張り、彼女を本部の中へと連れ戻した。

それから暖炉のある部屋に連れて行き室内に干してあったタオルを適当に取ってナマエに渡し、濡れた服は着替えてもらった。そしてとりあえず水を温め、それを飲ませた。


「…ごめん、もう大丈夫。」


水を一口飲むとナマエはいつも通りの口調でそう言った。にこりと笑うナマエの表情は、それでも暗い影を隠しきれていない。
言いたいことや聞きたいことはもちろんあったが、リヴァイは彼女の気持ちを汲んでその場では何も聞かなかった。
ちゃんと体を温めろよとだけ言って、そのまま仕事へと戻った。





それから二日後。

ナマエの姿は食堂にあった。
誰もいない時間に一人座っているその背中は物寂しい。
ナマエを探していたリヴァイはようやく彼女を見つけ、その後姿へと近づいた。

雨はまだ止んでいない。


「ナマエ」


側まで寄ると名前を呼び、するとナマエはゆっくりとこちらを向く。


「…リヴァイ」


その顔色は二日前よりは多少良くなっていた。
ふと、ナマエのちょうど向かいの席にカップが置いてあることにリヴァイは気がついた。それには紅茶が入っているが、誰かが飲んだような形跡はない。


「誰かいたのか?」


リヴァイが聞くと、ナマエはそのカップへと視線を移す。


「…うん。居たんだよ」


その紅茶は誰の為に淹れられたものなのか。
“居たんだよ”という過去形のその言葉を聞いて、リヴァイは隣のイスへと腰を下ろした。

そして、ずぶ濡れになっていたナマエの姿を思い出す。


「…両親のところに行ったんだってな、一昨日」


労わるようにリヴァイは言った。するとナマエの脳裏にその時のことが思い浮かぶ。ぐっと拳を握り、それから頷いた。

両親といってもそれは彼女のではない。
先の壁外調査で戦死したナマエの部下の両親だ。

名前を、ロッテという。


「手紙、渡しに行ったんだろ」
「…うん」


二日前、ナマエは彼女──ロッテが書いていた両親宛ての手紙を直接渡しに行っていたのだ。

ロッテとナマエは親しく、くだらない話をよくするような間柄であった。

仲が良かった。可愛がっていた。
そんな友人とも呼べる部下の一人が亡くなった。
ナマエにとって調査兵団にいる兵士はみんな大事な仲間でありその命に優劣があるわけではないが、そんな中でも特別親しい人間は出来るし、そしてそんな相手が亡くなればその悲しみも増す。
一人の兵士の死がいつも以上に重くナマエに圧し掛かっていた。

壁外調査の最中に彼女の死を知り、それからずっと喪失感が続いている。

彼女の書いた手紙の存在に気づいたのはロッテの同室である兵士の子にそれを教えてもらったからであった。ロッテは壁外調査に行く前に毎回必ず限られた人へ手紙を書いていたらしい。そしてもし何かあった時にはそれが相手に渡るようにと、名前と宛て先を書いて自身の机の引き出しに仕舞っていた。無事に帰って来られた時は、自分の手でそれをびりびりに破く。そうしてまた次の壁外調査の時には、また新たに手紙を書くのだ。

ナマエはそんなロッテの書いた両親宛の手紙を友人として受け取り、そしてそれを届ける為に彼女の実家へと向かったのだった。


リヴァイはロッテの死を聞いた時、ナマエのことが頭に浮かんだ。親しかったことを知っていたからだ。いつもは表に出さないナマエも明らかに傷心していて、一応言葉は掛けたものの、あまり届いてはいないようだった。だが調査兵である限りこういうことは起きてしまう。ナマエはもちろんそれを分かっている。そしていずれは乗り越えなければならないことも。だからリヴァイは過度な慰めはしなかった。

それでも今こうして側にいるのは、やはりどうしても様子が気になってしまうからである。

二日前にロッテの両親のところへ手紙を渡しに行ったということをナマエの班員から聞いたリヴァイは、あの日のナマエの様子を思い出しおそらくの見当をつけた。娘の死を嘆いているところへ調査兵が現れれば、悲しみと悔しさから調査兵団を否定するような言葉が飛び出してきてもおかしくはない。調査兵──つまりナマエに向かって罵詈雑言を浴びせたかもしれない。
そうすれば、ナマエのあの日の様子も合点がいく。


「責められでもしたか?」
「………、」


ナマエは思い出す。

ロッテの、母親の顔を。

涙に濡れ、そして次第にその瞳には憎しみの色が混じっていった。非難され、あの子を返してという言葉が、ナマエの胸に突き刺さる。喪失感は増していくばかりだ。


「……でも、しかたないよ。ご両親が一番つらいだろうし。そりゃいろいろ言いたくもなるさ」


ナマエはリヴァイの言葉に目を伏せたままそう答えた。母親の言葉に傷ついたのも事実だが、辛い気持ちも痛いほどに分かる。

だからナマエは母親の叫びを黙ったまま聞き続けた。調査兵団のことをどれだけ悪く言われても言い返したりはしなかった。謝るわけでもなく、ただ耐えた。指先が冷え、体の力が抜けても、地面に膝をつくことだけはしなかった。ロッテの母親に両腕を強く掴まれた際に落ちた傘も、拾わずにそのまま雨に濡れた。涙も流さなかった。
ロッテの死が、無意味なものだと思ってもらいたくなかった。思いたくなかったのだ。
調査兵として強く立っていることだけがその時のナマエにとってのせめてもの意思表示であった。
あの時感情のままに泣いて地面に膝をつき謝れば、まるでロッテの死に意味がなかったかのように思える。ナマエはそれだけはしたくなかった。

ロッテは、無意味に死んでいったわけではない。


「ねぇ……リヴァイ」


彼女は最期まで抗い戦ったのだ。


「 ロッテは、死ぬ瞬間、後悔……したのかな」


それでも、どうしても──どうしたって、考えてしまう。

ナマエは胸が詰まるような思いがした。

調査兵でなければ、きっと彼女はこの先も生き続けた。少なくとも巨人に食われ苦しみながら死ぬなんてことはなかったはずだ。
兵士という道を選んだことを、兵士であり続けたことを、後悔したのだろうか。

ロッテは最後に、何を思っただろう。


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