本をめくる音だけがずっと部屋に響いていた。静かで、余計な音は何もしない。

ナマエは物語に没頭し続け何ページも読み進めていた。
けれどロウソクの灯りだけの薄暗い部屋で、ふと目の疲れを感じ、立てていた本を倒しそのまま静かに伸びをした。

小さく息を漏らし、ページを開いたまま本をひっくり返す。
そして思い出したように振り向いてみれば、リヴァイがソファに横になっている姿が目に入る。

あれから二時間くらいは経っただろうか。
ナマエはその場でリヴァイをジッと見つめ、少し考えたのち、静かに腰を上げて物音を立てないようにそろりと彼に近づいた。

──多分、眠っている。

起こさぬよう細心の注意を払いながら横から顔を覗き込むと、規則正しい寝息が聞こえてきた。
顔が背もたれの方へ向けられているせいで少し見えにくいが、見える限りでは顔色も多少良くなっていて、眉根の寄っていないその寝顔は彼を少し幼く見せた。

思わず、頬が緩む。
そういえばリヴァイの眠っている顔を見るのは初めてかもしれない。無防備なその姿を見てナマエは穏やかな気持ちになり、そっと離れる。
そしてまたイスに腰掛けて、ひとつあくびをする。

さすがに、眠くなってきた。

ナマエはひっくり返していた本を元に戻しそこへしおりを挟んで閉じる。それを机の端に置いて、眠い目をごしごしとこすった。

何かあったらすぐ起こすからと言っておいて寝てしまうのは無責任だろうかとナマエは真剣に考える。しかし、だんだんと意識が朦朧としてくる。
リヴァイほどではないかもしれないがナマエも疲れが溜まっているのは同じだ。

とりあえず机の上のロウソクだけを消して、ナマエはそのまま机へと突っ伏す。すると睡魔がものすごい勢いでやってきた。
もはや抗うことが出来ず、ものの数秒でナマエは眠りについてしまった。





バタンと音がした瞬間、リヴァイはすぐさま目を覚ました。反射的に上体を起こし部屋の中を見渡すと、しかしそこは静まり返っていて特に何が起きたわけでもなさそうだった。瞬きをし、くしゃりと前髪をかき上げながら力を抜くように小さく息を漏らす。同時にここがナマエの部屋であることを思い出した。

窓の外に目をやると空が白んできている。リヴァイはその明るさに思わず面を食らった。何時間寝たんだ、と少し戸惑っていると、机で眠っているナマエの後ろ姿がふと目に入る。

自身に掛かっていたブランケットをめくりゆっくりと立ち上がってナマエに近づけば、机の側に落ちている本に気がつく。それを見てさっきした音はこれかと一人納得をしながら本を拾った。おそらくナマエが動いた際に落ちたのだろう。表紙を軽くはたいて、机の上に置く。

ナマエはイスに座ったまま何も被らずに寝ていた。

すうすうと寝息を立てるその姿を見つめながら、昨晩のことを緩やかに思い出す。
誰かが側に居ないとゆっくり眠ることも出来ないなんてまるで子供だ。そう思いながらも、存外嫌な気がしないのは相手がナマエだからだろうか。

肩にそっと手を置いて、名前を呼ぶ。


「ナマエ」


起こそうとしているはずなのにひどく柔らかな声が出た。

軽く肩を揺すってみてもナマエは起きる様子もなく、寝息のような声を漏らすだけだった。


「……ナマエ、」


彼女の名前を呼ぶその声がとても穏やかであることにリヴァイ自身は気づいていない。

疲れているのかナマエは一向に目を覚ます気配はなく、リヴァイは諦めたように手を放した。

──仕方ない。

ふうと小さく息を漏らすと先ずナマエの上体を起こし、それから太ももの方に手を回し肩を抱いて、そのまま体を持ち上げた。真っ直ぐ立つとナマエの顔がリヴァイの体にこてんとくっつき、無意識に視線がそちらへと向く。

さっきよりも寝息が近くに聞こえ、呼吸をしているのが直に伝わってくる。ナマエが息を吸う度に胸が上がったり下がったりと動く。伏せられた睫毛は長く綺麗だ。

リヴァイは朝の薄く柔らかな光に照らされているナマエの顔を暫く見つめて、少ししてからくるりと体の向きを変えると先ほどまで自分が寝ていたソファに彼女の体をゆっくりと下ろしそこへ寝かせた。
ブランケットを掛けると、もぞもぞと動いて自分でブランケットを口元まで持っていき掛け直す。
その姿を見下ろしながら、よく眠ってるなと思う。自分だったらとっくに目を覚ましているだろう。

呑気に眠り続けるナマエを見て、ふ、と軽くリヴァイの表情が緩む。

そうして静かにそこから離れてさっきまでナマエが座っていたイスへと腰を下ろした。
リヴァイは彼女が読んでいた本を手に取り、しおりを挟んだまま最初のページを開く。


それからナマエが目を覚ますのはもう少しあとのことであった。


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