「仕事は?落ち着いた感じ?」 「ああ。」 「そっか、お疲れ様。最近ずっと忙しかったんでしょ?」 リヴァイがこんな時間に用もなくナマエの部屋を訪れたのは仕事以外ではおそらく初めてのことだったが、彼女はまるで気にしていないように普通に会話をする。 読みかけのページにまたしおりを挟んで机に置くと、そのままイスを引いてリヴァイの方を向いて座り込んだ。ドアを閉めたリヴァイは中へと入り、立ったまま返事をする。 「お前の方こそ忙しかったんだろ」 「あぁ、まぁ、それなりにね。こっちもようやく一段落したって感じかな」 座りなよ、と付け足せばリヴァイは少し間を置いてからソファへと静かに腰を下ろした。 何を話せばいいのかも分からずリヴァイはただそこに座っている。 ごたついていた仕事が片付いて肩の力を抜いた時、彼の頭にナマエのことが浮かんだ。そしてここのところ声を聞いていない、とふと思ったのだ。彼女に誘われ二人で酒を飲んだ日のことがとても遠い日のように思えた。 なんとなく顔が見たくなって、そうしてここまで来てしまったのだ。 「リヴァイ?大丈夫?なんかボーっとしてるけど」 特に用もなく来て良かったのだろうかとぼんやり考えていたリヴァイはナマエの声にゆっくり顔を上げる。目が合うと、また逸らした。 「さすがに疲れてるんじゃない?なんか少し顔色が悪いような気してきたんだけど」 「…どうってことねぇよ。」 「本当に?…リヴァイは真面目だからなー。」 「は、お前ほどじゃねぇよ。」 「えー?でも私最近はサボってなかったんだよ。リヴァイは知らないかもしれないけどさぁ」 そんなこと言われなくともリヴァイは分かっていたが、わざわざそれを口にはしない。ナマエは本当に忙しい時に一人だけサボるようなやつではないのだ。 分かってはいるものの、口からはつい可愛げのない言葉が出てしまう。 「サボらねぇのが普通で、当たり前だろうが」 「でも休むのも仕事のうちって言うよね」 「は…物は言いようだな」 リヴァイがいくらそういった言い回しをしようとも、ナマエがそれを気にすることはない。とっくに慣れているというのもあるし、理解しているからだ。 「ていうかリヴァイ、ほんとに顔色悪いよ。絶対寝不足でしょ?」 他の人であれば気がつかないようなことでもナマエは時に気づく。リヴァイは普段から疲れを他人の前で見せるようなことはなかったが、ナマエにはなぜだかバレてしまうことが多い。ナマエの勘がいいのかリヴァイの気が緩んでいるのか。それでもリヴァイがそのことを悪く思うことはなかった。 「少し眠る?いいよ、そのソファ使っても」 「……いや、いい。」 「別に私は構わないよ」 そう言って立ち上がると、ナマエは仕舞っていたブランケットを取り出した。 「はい、これ使っていいよ」 そうしてそれをリヴァイに投げて、それからサイドテーブルに置いていたロウソクを手に取り机に置き直す。リヴァイは投げられたブランケットを掴んで、話聞いてねぇな、と思う。 「仮眠をとりに来たわけじゃないんだが」 「でも眠れる時に眠っておいた方がいいでしょ?」 そもそもリヴァイは忙しくなる前から少し疲れたような顔をしていた。 だったら尚更、仕事が落ち着いた今寝ておくべきであるとナマエは思う。 「私は本読みたいからまだ寝ないし。それ仮眠用のソファだから存分に使ってくれて構わないよ」 「………。」 珍しく強要してくるなとリヴァイは思った。 「…そんな急に眠れねぇよ。」 「大丈夫だよ横になってれば眠くなってくるさ。そもそもリヴァイはいつも気を張りすぎなんだよ。いつもすぐ起きちゃうでしょ?本当たまにはぐっすり眠った方がいいとおもう」 昔から人の気配や物音に敏感だったリヴァイは眠っていてもすぐに目を覚ましてしまう。ナマエはそれを知っていて、きっと地下街に住んでいたせいなのだろうと、そう思っている。 「私ずっとここにいるし、何かあったらすぐ起こすから。今日は気ぃ張らずに寝なよ」 大丈夫、襲ったりしないから。と言うナマエにリヴァイは思わず気が緩む。そうして、アホか、と言い返した。 これまで誰かの部屋でゆっくり寝たことなどなかったが、ナマエなら問題ないかもしれないとリヴァイは思い始める。 「ほら、逆に人の気配があるから安心して眠れることってない?」 「ねぇな」 「私はある!」 どうしてだろうか。ナマエと話していると気分が落ち着いてくる。リヴァイは諦めたように口を開いた。 「……分かった。お前がそう言うなら、仕方ねぇ、寝てやってもいい」 自身で言いながら何様のつもりだろうとおかしく思う。 しかしそのまま靴を脱ぎ捨てたリヴァイはようやくソファに横になり、ナマエのクッションにぼふりと頭を沈めながらブランケットを被る。背もたれ側に体と顔を向けているせいでナマエの方からはリヴァイの顔は見えないが、横になったその姿を見て彼女は嬉しそうに頬を綻ばせた。 「おやすみ、リヴァイ。」 彼女の声が優しく耳に響く。その時、リヴァイはなぜナマエに会いに来たのかが分かったような気がした。 |