暗い夜空に欠けた月がポツンと浮かんでいる。
満たされずにいるそれはなんだか儚げで心もとない。
何かが足りないようなそんな物寂しさを纏った月は、流れてきた雲にその姿をそっと隠した。





深夜の十二時を過ぎた頃、ナマエは自身の分隊長室のソファで数週間ぶりに寛いでいた。
ここ最近は何かと忙しく、部下と駐屯兵団の手伝いをしに行ったりとサボる暇もろくになければゆっくりと本を読む時間すら取れずにいた。しかしようやく立て込んでいた仕事が一段落し、久々に読書に勤しもうと思っていたところであった。

ナマエの部屋にはいつでも仮眠をとれるようにとソファが置いてあり、元々広くない分隊長室はそのせいで更に狭くなっているが、本人は満足している。仕事中だったとしてもすぐにそこで休めるからだ。

そんなお気に入りのソファに横向きで座り込んでいるナマエは背中にクッションを挟んで凭れると、しおりを挟んでいたページを開く。すぐ側にある小さめのサイドテーブルの上には自作した花びら入りのロウソクを灯している。
そうして読み始めようとした瞬間、いいタイミングで静かな部屋にノック音が響いた。深夜だということを思い出す前に反射的に顔を上げ、ドアの方を見る。


「はーい?」


誰だろうと思いながら返事をし、開いたばかりのページを指で挟んで閉じる。そのままさっと靴に足を突っ込んで数歩歩きドアノブをひねった。

覗き込むようにして、がちゃりとドアを開く。


「……よぉ」


するとそこには未だ制服を身に纏っているリヴァイの姿があり、そして控えめに発せられた彼の声はナマエの耳に柔らかく響く。


「──リヴァイ、」


彼女の瞳は数週間ぶりに彼の姿を映し出した。

顔を見た瞬間、リヴァイだ、とナマエは確かめるようにそう思う。
それと同時に最後にまともに話したのはいつだったっけと思い出そうとするが、なんだか随分前のように感じた。

それは互いに仕事が忙しく何日も顔を合わせていなかったせいで、こうやって会うのはおそらく三週間ぶりくらいだ。それに日々が目まぐるしかったことも相まって余計に久しぶりに感じる。


「わ、なんか話すの久しぶりだね。…何かあった?」
「……いや、特に何かあったわけじゃ、ないんだが」


何かあったわけじゃない。

こんな時間に訪ねてきたのだから何か理由があって来たのだとナマエは思ったが、どうやらそれは違ったようで。
リヴァイの返答に少し気が抜けるような思いがした。


「あ、なんだ。そうなの。ならよかった」


とはいえ何もないのであればそれはそれで。
ナマエはドアに頭を凭れさせて安心したように口元を緩める。リヴァイは、すでに楽な格好に着替えているナマエを見ながらどことなく遠慮がちに口を開いた。


「…寝るところだったか?」
「ううん全然。読書してたとこ」


持っていた本を軽く持ち上げてリヴァイに見せる。読書といってもまだ一文字も読んでいなかったわけだが、それをわざわざ説明するのはあまりに嫌味である。
するとリヴァイは、そうか、とだけ言って黙る。
ナマエはそんなリヴァイをぱちぱちと瞬きをしながら見つめ、そして数秒の沈黙のあとに、何かを理解したようにドアを更に引いた。


「まぁ、立ち話も何だし、入りなよ」


ドアノブから手を放し、ナマエは迎え入れるように中へと歩きだす。
リヴァイは一度視線を落とし入るのを少し躊躇したが、ここまで来て今更入らないのもどうかと思い、そのまま顔を上げて部屋の中へと足を踏み入れた。


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