「──あれ?リヴァイ」 夕暮れ時、調査兵団本部の廊下を歩いていたナマエは扉の開いている一室にリヴァイの姿を見かけた。足を思わず止めて、体を少し反らし部屋の中をひょいと覗き込みながら名前を呼ぶ。そんなナマエにリヴァイは、あぁ、と返事をした。 一人で紅茶を飲んでいる様子を見るからに、どうやら休憩中のようだ。珍しいなと内心で思う。 「ずるいなぁ、一人で優雅にお茶して」 「これのどこが優雅なんだ」 吸い寄せられるようにその部屋に入ったナマエはリヴァイに近づきテーブルに手をつきながらそう言った。 「私もちょっと休憩しよっと」 「……オイ。それはいいのか」 「ん?」 ナマエが小脇に抱えていたその書類の束をちらりと見てリヴァイは言う。向かいのイスにがたりと座りながらその視線の先を見て、あぁ、と声を上げた。 「いいのいいの。」 「届けに行く途中だったんじゃねぇのか」 「うん、まぁそうなんだけど。」 「そうなのかよ。ならせめて先に届けてからにしろよ。」 「や、大丈夫大丈夫。急ぎのやつじゃないし。一週間以内にって言われてたのだから、今少しくらい遅れても何の問題もないよ」 これ飲んだらすぐ行くし、と言ってナマエはカップを用意する。 団長に頼まれていたその仕事は昨日受けたもので、他の仕事との合間に進めて先ほど終わらせた。とはいえ全く急ぎのものではなく、むしろゆっくりでいいと言われていたくらいだった。 こう見えてもナマエはエルヴィン団長から細かい仕事を頼まれることが多く、それは仕事が早い上に丁寧かつ正確にこなしてくれるからで、一応期限を伝えてはいるものの団長の方も早めに終わらせてくれることを見越した上で仕事を頼んでいる節がある。 「…お前はいつものらりくらりやっているように見えて、実のところそうじゃねぇよな。」 呑気に紅茶を注いでいるナマエに向かってリヴァイはまるで独り言のようにそう言った。ナマエはその言葉に顔を上げ、そう?と返事をしてからポットを置く。 「勤務時間内にサボってるようなところもたまに見かけるが──それはさっさと仕事を終わらせて余裕があるからだろ?この前は訓練中にサボってやがったが、まぁそれも支障が生じない程度だ。要領がいいと言えばいいのか……ズル賢いとも言えるかもな。」 カップに口を付けたナマエはその言葉を最後まで聞き終えると、紅茶を喉に流し込んでからカチャリとソーサーに戻す。 「ん?それは褒め言葉ってことでいいのかな?」 リヴァイはいつもナマエのそんな姿を見て少なからず感心していた。 決して暇ではないのになぜかいつも余裕そうで、息抜きもちゃんとしている。上手い具合に肩の力を抜いて毎日を過ごしているが仕事も手を抜いているわけではなくしっかりとこなし、そのくせ嫌味がない。だからナマエがたとえ訓練中に一人草の上で寝転んでいても誰も何も言わないのだ。少なくとも彼女のことを知っている人間は。 リヴァイは日頃のナマエの行いを思い出しながらカップを手に取りそれをこくりと飲んだ。 「…何にせよサボり癖があるのは褒められたことじゃねぇけどな。」 「はは、そりゃそうだ」 ナマエは笑いながら両手で頬杖をつき、リヴァイをまっすぐ見据える。 「リヴァイもたまにはちゃんとぐっすり眠った方がいいよ。なんだか最近疲れてるんじゃない?」 「……」 「まぁ、こうやってちゃんと休んでるんなら、いいんだけどさ」 ナマエは口元を緩めてリヴァイを見つめる。リヴァイはそんなナマエの視線が少しこそばゆく感じて、ゆるりと目を逸らした。 「あ、そういえば。この前すっごくおいしいお酒買ったんだけど、今度一緒に飲もうよ」 頬杖を外して思い出したようにナマエは言った。話が変わりリヴァイはまたナマエに視線を戻す。 「お前、自分で酒買ったりするのか」 「もちろん。たまに一人で飲んだりしてるよ」 「そうなのか」 「この前買ったのはそれなりに高かったから、良いお酒だと思う。おいしかったし。リヴァイには特別に分けてあげよう」 表情を緩めながらカップに口を付けるナマエはそのまま残りを全て飲み干し、リヴァイはそれを見ながら口を開く。 「いいのか」 「──もちろん。」 飲み終えるとナマエは唇に残った僅かな紅茶を舌先でぺろりと舐めた。 リヴァイの言葉に即答をした彼女は片手をテーブルにつきながらガタリと席を立ち、それからカップをソーサーごと手に取る。 「いつもサボってるの黙っててもらってるしね」 まるでいたずらっ子のように笑ったナマエは、ごちそうさま、と言ってカップを洗う為にその場から離れる。 リヴァイはそんな彼女の姿を目で追いながら、静かにカップに口を付けた。 そうして一口飲むとカップの中でゆらゆらと揺れる紅茶へと視線を落とす。 すると自身の顔が映り込んで見えた。 「……」 静かになった部屋でリヴァイはその残りを一気に飲み干し、ガタリと立ち上がって自身も洗い場へと向かった。 |