空が青い。太陽の日差しが暖かい。風が心地いい。春の匂いがする。空飛ぶ鳥も心なしか気持ち良さそうに見える。

見えるもの、感じるもの、それは全てナマエの気持ちを穏やかにさせた。

一人で原っぱの上に寝転んでいるナマエは頭の後ろで両手を組み、その時間を楽しんでいた。頭を空っぽに出来るこの時間が、彼女にとってやはり必要で大切なのだ。

するとそこへ足音が聞こえてくる。
ナマエはそれに気づくと閉じていたまぶたをゆっくりと開き、彼が来るまで空を見ていた。やがてすぐ側まで近づいたその足音はナマエの隣に来ると足を止め、彼女を見下ろす。


「……よぉ。」
「…やぁ、」


目が合うとナマエは元々緩んでいた口元を更に綻ばせた。リヴァイはそんな彼女に変わらず視線を向け続ける。


「よく飽きずに寝転んでいられるな」
「はは、飽きるわけないよ。気持ちがいいもん」


リヴァイも一緒にどう?と聞けば、リヴァイは目を逸らし空を見上げ、そうして、そうだな、と呟きナマエの隣にそのまま腰を下ろした。
その思いがけない返事にナマエは少し意外そうな顔をして、座り込んだリヴァイを目で追って見つめ続ける。

すると視線が交わり、どうした、と言われた。


「…いやぁ、初めてだなぁと、思って」
「そうだったか」


それと同時にナマエはふと思い出す。
こうやってサボっているところにリヴァイがわざわざ顔を出しに来る時はいつも何か理由があった。たとえば、班員が探していた、とか。何かしらを伝えに来ることが多かった。しかし今日は特に何も言わないまましかも隣へと座り込んだ。

目を逸らしたリヴァイの横顔からナマエは瞳を逸らさない。


「…確かに、風が気持ち良いな。」


柔らかく吹く春風に吹かれてリヴァイはそう言った。優しく揺れる髪と、そして彼のスカーフ。それは以前ナマエがあげたものだ。

ナマエはいつもと少しだけ雰囲気が違う彼から目を離すことが出来ない。

するとリヴァイはまたゆるりとナマエに瞳を向ける。


「なぁ、ナマエ」


なぜだろう。時間の流れがひどくゆっくりに感じる。耳元で揺れる草が、風の音が、一瞬、止まる。



「お前が好きだ」



──彼は、魔法を使ったのだろうか。
その言葉だけが切り取られて耳に響き、その瞬間、他の音は止まってしまったようだ。

ナマエは表情を変えることなく、その言葉を聞くと上体を起こし、そしてリヴァイの方に顔を向け口を開いた。


「……いきなりだね。」
「ダメだったか」
「……いや。そんなことはないよ」


彼女の顔は無表情ではないが、何を考えているのかはリヴァイには分からない。一度目を伏せたナマエから目を逸らすことなくリヴァイはただ返事を待つ。

そうして、また視線が交わるとナマエは僅かに表情を緩める。


「私も、好きだよ。リヴァイ」


彼女の唇が、好きだよ、と動く。

その言葉はリヴァイが何よりも欲しかったもので、願っていた答えだった。
一瞬言葉を失ったリヴァイは何と言えばいいのか分からず、黙ってしまう。


「……あれ、まさか冗談とか言わないよね?」


何も言わないリヴァイにナマエはおどけたようにそう言った。それを聞くとリヴァイはようやく口を開き、冗談なわけあるか、と答えた。冗談であっていいはずがない。


「そっか、良かった」
「……そのわりには冷静だな」
「そうかな?いや、そうかも。だって、」


もう当たり前のようになっていたから、とナマエはそう言う。
彼女の中でリヴァイへの想いはもう当たり前のように存在していた。呼吸をするのと同じくらいに。そしてその気持ちはリヴァイにも伝わっていると思っていたのだ。


「伝わってねぇよ。むしろ全く分からなかったくらいだ。」
「え、そうなの?なんていうか暗黙の了解みたいな、そういう感じなのかと思ってた」
「何でだよ……」
「だって私リヴァイには結構他の人には言わないようなこととかいろいろ言ってたし…だからなんとなく気づいてるかなぁって」
「気づいてねえよ。」


リヴァイはますますナマエのことが分からなくなる。
しかしそう言われれば確かにそのような気もしてくるが、それにしてもアッサリしすぎている。一人でいろいろと考えていたあの時間は何だったんだ、とリヴァイは拍子抜けした。


「そもそもそう思ってたんなら、さっさと言えよ。思ってることは言っとかねぇと後悔するんじゃなかったのか」
「はは、そうだけど。でもこういうのって押し付けにもなっちゃうかもだし、それはしたくないでしょ?リヴァイがどこまでを望んでるかまでは分からないし」
「……何だそりゃ」


結局ナマエはそうやって自分からは何も言わないのか、とリヴァイは少し落胆する。


「…でも、こうやってちゃんと言葉にされるとやっぱり嬉しいよ。ありがとう」


何かを考える時に必ず最悪の想定までするリヴァイはいつも余計なことまで考えてしまう。だから、今回のこともどこかで上手くいく訳ないとそう思っていたのかもしれない。

しかし、現実は違った。


「愛してるよ、リヴァイ」


柔らかな風に吹かれながらそう言ったナマエは今までで一番綺麗で、愛しさの込められたその瞳には自身が映っている。それを見たリヴァイは思わず目を見張った。

この世界で一番恋しい彼女が“愛してる”という言葉を自分に向けて言っている。

欲しいと願ったことが現実のものとなった。
それは、彼にとって奇跡に近い。

この世界が美しいなんて一度も思ったことはなかったリヴァイはその時初めて、それに似た感情を抱いた。


──空は青い。春は暖かい。季節は巡る。
そんな当たり前の日常の中に、リヴァイが、ナマエが、二人の想いが、ある。その想いは繋がって重なって、ひとつになる。
そうして側にいることに理由は必要なくなる。理由がなくても側にいたい。顔が見たい、声が聞きたい、触れていたい、理由なんかいらない。ただ、そうしたいのだ。そしてそれが当たり前になっていく。呼吸をするように二人は愛し合う。

今日も、空が青い。

季節は巡り、彼女は空を見上げた。



「今日も天気がいいね」
「そうだな」
「リヴァイのおかげだね。」
「俺は空を操る者なのか?」
「はは、違うって。分かるでしょ?心にゆとりがあるってこと」
「そうか。なら、よかった」
「うん。ありがとう」
「ナマエ、愛してる」
「いきなりだね。」
「いきなりじゃねえ。いつも思ってる」
「はは、そっか。そうだね。私も同じだよ」


い。

END



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