──リヴァイ兵長が、部下を庇った際に負傷した。


壁外でその言葉が聞こえてきた時ナマエは血の気が引くような思いがした。頭が真っ白になり、ふらりと足を動かす。

それは調査兵団が壁外調査の帰途に就いていた真っ最中、壁外で一時休憩をしていた時だった。そこでナマエはリヴァイの負傷を耳にし、彼の姿を探す為ふらふらと歩き始めた。

兵士ひとりひとりに目を向け忙しなく瞳を揺らす。

太陽の光がやけに眩しい。
目眩がする。
ナマエは喉の渇きを覚えた。

しかし息苦しさを感じ始めた時、彼女はその瞳にようやく見慣れた姿を映し出した。


「………リ、リヴァイ…、」


彼の存在だけがやたらと際立って見える。そこにはナマエと同じように両足で立ち、いつもと変わらぬ様子で彼女を見ているリヴァイの姿があった。


「どうした。クソでも我慢してるのか」
「……げ、元気じゃん……。」


まるで何事もなかったような口調で近づいてくるリヴァイに、ナマエは思わず脱力する。するとリヴァイは、悪いか、と言った。


「だって、負傷したって聞いて……」
「……あぁ。腕を少しな。大したことはない」


ナマエに見せるように軽く腕を曲げてさらりと言ってのける。制服の上からではよく分からないが本当に大したことはなさそうだ。

一歩近づいて、その腕にそっと触れる。


「本当に?大丈夫、なの」
「ああ」
「骨は…」
「折れてない」
「手当は、した?」
「ああ。」


ナマエは怪我の具合を確かめるように腕や手を触り、リヴァイもそのままそれを見下ろす。
そうして彼の生きている温もりを感じるとナマエは心底安堵することが出来た。


「よ、よかった……」


声を震わせながらリヴァイの服を力なく握り、彼の肩に頭をそっと寄せる。
──本当に、怖かった。
弱々しいその姿にリヴァイは少し目を見張り、気が抜けたようにうな垂れてくる彼女に意表を突かれる。

リヴァイは余所に目を向けてナマエの頭に手を触れた。


「…たまには怪我するのも悪くねぇな」
「……なにそれ、どういうこと」


茶化すようなその言葉にナマエは眉根を寄せながら顔をリヴァイへ向ける。リヴァイはふっと口元を緩めた。





ノックをしたあとガチャリと兵士長室のドアを開き、ナマエはそこからひょこりと顔を出した。


「リヴァイ、何してる?」


自室で立体機動装置の整備をしていたリヴァイはその問いに、見ての通りだ、と答えた。ナマエはその様子を見ると中へと入りドアを閉める。それからリヴァイの側へと寄った。


「腕の怪我はもう大丈夫なの」
「ああ。」
「そっかぁ」


良かった、と言ってそのまま何をするわけでもなくそこに居据わる。手を止めることなく動かしていたリヴァイはそんな彼女に小さく息を漏らし、手を止めた。


「……ナマエ。」
「ん?」
「どうしたんだ」


唐突なリヴァイのどうしたという言葉にナマエは首を傾げる。しかしリヴァイは見透かしたような目で彼女を見ている。


「壁外調査から戻ってきて以来、ほとんど毎日顔を見せに来てるだろ。」
「あー…そうだっけ?」
「そんなに、不安にさせたか」
「……、不安?」


彼女はそれを自覚していなかった。ただ何かに突き動かされるように毎日リヴァイの元へと足を運んでいた。不安、というその言葉を聞いて、ナマエはようやく自覚する。胸の奥にあったその感情に。


「怪我が大したことなかったのは分かってるだろ」


──リヴァイ兵長が、部下を庇った際に負傷した。

ナマエの頭の中に再びその言葉が響く。それから、その時の恐怖も。
じわりとそれはナマエの心を侵していく。


「……うん。分かってるよ」


そう言って自嘲するようにふっと口元を緩める。

その日を境にナマエは理由もなしにリヴァイを訪れることはなくなった。


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