「オイ……オイオイオイ、ナマエ、」


その日の夜、リヴァイがナマエの部屋を訪れた時、おおよそ部屋にいるであろう時間を見計らってきたにも関わらず何度かノックをしてもそこからの返事はなかった。全く物音のしない中の様子が気になりドアノブを捻るとカギも掛かっておらず、そして中にはソファに倒れ込んでいるナマエの姿があった。
まるで事切れたように寝ているその姿はどう見ても普通ではない。うつ伏せの状態でソファに体を預けだらりと放り出されている片腕は床に指先がついていて、両足もソファには乗り切れてなく上半身だけが辛うじてソファの上にある。逆にこれは、苦しいのではないだろうかとリヴァイは思う。

初めて見るそんな姿に少々面を食らいながらもドアを閉めて中へと歩みを進め、ナマエの側に寄る。彼女に手を伸ばし履いたままであったブーツも脱がせて、体をあお向けに寝かせた。
ようやく見えた顔は赤く、呼吸も少し荒い。仕事を終えた瞬間に気が抜けたのであろう。昼間に見た時とはまるで様子が違う。

ナマエのことだ、どうせ休まなかったに決まっている。誰にも頼らず一人で仕事を終わらせたのだろう。結局は彼女の意思に任せたがそれがいけなかったのだろうか。明らかに熱は上がっている。
リヴァイは少し眉根を寄せ、息苦しそうなナマエを見つめる。すると、何かに気づいたのかナマエはうっすらとまぶたを開いた。

ゆらゆらと揺れる瞳はゆっくりとリヴァイを捉える。


「……リヴァイ…?なにしてんの……」


怠そうではあるが意識はそれなりにはっきりしているらしい。リヴァイはその場に屈んで、ナマエの近くに寄った。


「様子を見に来ただけだ」


目線が同じくらいの高さになりナマエはゆっくりと瞬きをする。


「……ふ、…はは……律儀だなぁ…。」


ナマエは目を閉じて力の抜けたように笑う。そこには嫌味のようなものは含まれていない。リヴァイはそんなナマエを見て無自覚にそっと彼女に手を伸ばした。そして負担にならないよう、優しく髪を撫でる。


「…どうしてお前はいつも、頼ってこねぇんだ」


ついぼそりと本音が出た。
それは今日ナマエと話してからずっと考えていたことだった。触れていた手をそっと引く。
ナマエはそんなリヴァイのひとりごとのような言葉を聞き逃さずに、また目を開いた。


「……どうしたの……?」


しかしリヴァイはそれを口にすることを躊躇する。彼の中で言うべきことと言いたいことは全くの別物だからだ。
自分の願望──言うなれば我儘を、言葉にすることにリヴァイは慣れていない。


「 リヴァイ……?」


しかし、それでも、彼女の心の奥深くに触れたいと、それを独占したいとそう思ってしまう。
リヴァイは落としていた視線をナマエへと向け、口を開く。


「──お前はどうして、もっと周りを頼らねぇんだ。」


少し責めるような口調になってしまうのはやはりそう簡単には素直になれないからである。
ナマエはそんな彼の言葉を聞いて、ふっと表情を緩める。


「えぇ…?」
「…今回のことだって、そうだ。もっと周りを頼ることだって出来たはずだろ」


ナマエはあまり周りを頼ろうとしない。リヴァイはそれが気に食わないのだ。


「んー…でもわたし、最近はわりとリヴァイに甘えてるとおもう……んだけど」
「どこがだよ。」
「それは……ほら。お父さんのこととか……ロッテのことも、たくさん話聞いてもらったし」
「それは俺が勝手に首を突っ込んだだけじゃねえか。お前の方から何か言われたことなんかねぇよ。」


そもそも体調を崩している人間にこんなことを言うのはどうなのだろう。リヴァイは何もかもに嫌気が差す。しかしそれでも思いは止まらない。


「……でもさ、それは」


少し拗ねているようにも聞こえるリヴァイの言葉に、ナマエはまるで諭すような声色で話し始めた。


「リヴァイも、同じでしょ?」


その物言いにリヴァイは思わず黙る。
しかしナマエの目はリヴァイを責めるようなものではなく、あくまで穏やかだ。

彼女はそのまま続ける。


「リヴァイだって……たとえば、辛い時とか、忙しくて疲れてる時とか……どんな時でも、弱音を吐いたりしないじゃない。自分のやるべきこととか仕事は、ぜんぶ自分でするでしょ?」


言いながら、ナマエはひとつのことに気がつく。


「──…でも、それは、周りにいる人を頼りにしてないとか、任せられないとか……そういう理由じゃない、よね」


ただ、自分のことは自分でする。与えられた仕事は出来るだけ自分でやる。ただそれだけのことなのだ。多少体調が悪かったとしてもそれは仕事を投げ出す理由にはならない。
辛いことがあった時だって、それは同じで、仲間を頼りにしていないわけじゃない。ただ、自分ひとりで消化出来ることであるなら、そうするというだけのことだ。

ナマエはその気持ちをぜんぶ話して、リヴァイは黙ったままそれを聞いていた。

そして彼女の言っていることは間違ってはいない。
度の過ぎた無茶であるなら止めるべきではあるがナマエのしていることはそこまでのことでもない。であるなら本人の意思に任せるべきだろう。

リヴァイは思った。

──そんなことは、分かっている。


「ナマエ……俺はな、」


そして目を伏せ、屈めていた足に力を入れて立ち上がる。


「俺は──そんな正論が聞きたいわけじゃねえよ。」
「………、」


リヴァイはナマエを見下ろし、言い放った。



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