「っあ、リヴァイ兵長、あの、分隊長を見ませんでしたか?」 「ナマエだったら見てねぇが」 本部内の廊下でリヴァイはナマエの班員であるリーゼルに声を掛けられた。彼女の言う“分隊長”というはナマエのことだろうと見当をつけ、見ていないと返す。 ナマエを探しているその姿は少しだけ焦っているように見えた。 「そうですか……困ったな、どこ行ったんだろう」 「何か用でもあるのか」 「あ、いえ……用っていうか……その、分隊長……」 「……どうかしたのか」 不安そうな顔をするリーゼルに、リヴァイの声のトーンが少し変わる。 彼女は目を泳がせたのち、下がっていた視線を上げ目の前のリヴァイを見る。 「っ実は分隊長、食堂で医務室だったのにいつの間にか私分からなくていつもサボったりするくせにどうしてだから私が見ていればでもこんな時にかぎってだけど心配だし寝てればいいのにもう本当にどこ行ったの……!」 「ちょっと待て、全くわからん」 リヴァイは手のひらをリーゼルへ向け落ち着けと言う。 見た目よりも冷静でないリーゼルにリヴァイは少し困惑した。 そんな彼女からなんとか聞き出した内容はこうだ。 ナマエは今体調を崩していて今朝食堂でテーブルに突っ伏すようにして倒れていたらしく、気づいた兵士がそのまま医務室まで運び寝かせていたのだが、昼過ぎ──つまり先ほどリーゼルが見に行ったところ姿を消していた、と。 それは、そこまで焦るようなことだろうか。 「アイツの部屋には行ったのか?」 「あ、いえ、まだです。これから行くところで……でも多分、仕事に戻ったと思うんですよね。でも……でも!分隊長が倒れるくらいだから、きっととっても辛かったんだと思うんです!なのに居なくなってるしずっとベッドで寝てばいいのにあの人はっ……!」 「分かった。分かったからそう興奮するな。」 落ち着いた声でリヴァイはリーゼルを宥める。 彼女は些かナマエに入れ込みすぎなような気が前からしていたが、どうやらそれは気のせいではなかったらしい。愛が強すぎる、とでも言えばいいのか。 リヴァイは表情を変えることなく口を開く。 「とりあえずリーゼル、お前は自分の仕事に戻れ。」 「えーっ?!何でですかリヴァイ兵長!私心配で仕事が手につきませんよ!」 「そこまでのことじゃねえだろう。それにちょうどナマエに話があったところだ。ついでに俺が様子を見てくる。それでいいだろ」 「むー……まぁ、でも……兵長がそう言う、なら。しかし、辛そうでしたらちゃんと休むようお伝え下さい。お願いします」 リーゼルは心配そうな顔で、しかし真剣にそう言った。リヴァイは分かった、と返事をする。そしてリーゼルが踵を返し戻って行く姿を見届けてから、自身もナマエの部屋に向かって歩き出した。 ナマエにちょうど話など、何もなかったわけだが。 「……オイ、てめえ何してんだこんなところで」 「え?」 結論を言うとナマエの姿は部屋にはなかった。そして少々歩き回って見つけたその場所は書庫であった。 本を片手にページをめくるナマエに向かって、リヴァイは少し怒り口調で声を掛けた。 「部下が血眼になって探してたぞ」 「え、血眼?なにかあったの?」 「お前が医務室から抜け出すからだろうが。」 「はは……抜け出すって。普通に起きて出ただけなんだけどなぁ」 パッと見では誰も気づかないだろう。ナマエが体調を崩しているということに。 おそらくリーゼルの言っていた通りなのだ。ナマエはサボったりはするくせに仕事があればたとえどんなに体調が悪くても休んだりはしない。 見た目で分からないのであれば仕方がない。リヴァイはツカツカとナマエに近づき、熱を確かめようと彼女の額に手を伸ばし触れようとした。その瞬間だった。それに気づいたナマエがバッと上半身を引いて、その手から逃れた。リヴァイはその態度に眉根を寄せる。 「……何逃げてんだ」 「え?いやぁ、急に近づいてきたから驚いて」 「そうか。ならもう大丈夫だな。触らせろ」 「……はは、なんか厭らしいね。」 「つまんねえこと言ってんじゃねぇよ」 しかしそれはもう明白であった。 触れさせない、確認させたくないということは、熱があるということで。 「お前、今朝倒れたんだろうが」 「倒れてはないよ。ちょっと食堂で寝てただけ」 「……。」 埒が明きそうにない。 リヴァイは早々に口での説得を諦め、実力行使に出た。 「わっ、ちょ……!」 ナマエが体調を崩しているというのもあるが、そもそも力でリヴァイに敵うものはなかなかいないだろう。 ナマエは簡単にリヴァイに捕まり、気づけば彼の腕が背後から彼女の首へと回りそこを軽く締め上げていた。 「てめぇやっぱり熱あるんじゃねぇか」 「いや確認の仕方……!」 結果的に体温を調べることも出来てちょうどいい。 リヴァイは締め上げていない方の手でナマエの額に手のひらを当て、熱を確認する。 「しかもお前、結構高いじゃねえか。何こんなとこで調べ物とかしてんだよ」 リヴァイの声が耳元でする。ナマエは気が遠くなりそうになった。 「……ていうかリヴァイだって、仕事、あるでしょ?こんなところで同僚の首絞めてる場合?」 「それはそうだが」 それを肯定するとリヴァイは腕の力を僅かに緩める。密着している体にほんの少し余裕が出来て、ナマエは体の力を抜いて息を漏らす。そうしてくるりと顔の向きを変え少し見上げるようにリヴァイの方を見た。 「私なら、大丈夫だから。寝て起きたら少し楽になってたし。無理しない程度で切り上げるから、リヴァイも気にせず自分の仕事に戻ってよ」 ナマエが振り向けば意外と顔と顔の距離が近く、すぐ目の前で視線が交わるとリヴァイは一瞬気後れした。今更ながら体が密着していることに意識がいって無性に離れたくなる。 だがリヴァイはそんな素振りは少しも感じさせないように、あくまで何気なくナマエを解放した。 大丈夫だと言ったナマエはするりとリヴァイの腕から抜け出し一歩離れると、リヴァイに向き直る。 「ね?」 「……。」 しっかりと自分の足で立つナマエを見て、リヴァイは小さく息を漏らす。 彼女だって子供ではないのだ。自分の体調管理くらい、自分でするだろう。そんなことはリーゼルが取り乱している時からずっと分かっていたことだった。 なら、どうして。 リヴァイは自身の行動に眉根を寄せ、諦めたように視線を逸らしくるりと背中を向けた。 「リーゼルが心配していた。ちゃんと顔見せに行ってやれよ。」 ナマエの返事を聞こうともせずリヴァイは歩き出す。 分かった、ありがとう、と咄嗟に返事をしてナマエはそのまま彼を見送った。 |