紅茶の香りがして目を覚ますと、見慣れた部屋の景色が広がる。ナマエは自身がソファに横になっていることに気がついた。 しかしそのまま何も考えずただボーっと瞬きをしているとカチャリと音がして、ゆっくりと顔を動かしそちらを見ればリヴァイが紅茶の用意をしているのが見えた。窓からは朝日が柔らかく差し込んでいる。 「……あれ…リヴァイ」 寝起きの声で彼の名を呼べば視線がこっちに向けられる。ナマエはブランケットが掛かったままむくりと体を起こし、ぼんやりとリヴァイを見つめた。 「起きたか。ちょうど起こそうと思ってたところだ」 「………。」 当たり前のようにそこにいるリヴァイはいつもと変わらない様子だ。ずっとここに居てくれたのだろうか。ナマエは眠る前のことを思い出そうとする。 ──確か、父親のことを話していた。リヴァイが側にいてくれて、手を握ってくれて、あったかくて、安心して。それから、それから……私は、眠ってしまったのか? 思い出そうとするが、寝起きのせいもあってかうまく思い出せない。 ナマエはまたリヴァイに視線を向け口を開く。 「……あのさ、リヴァイ…きのう、わたし、ごめん。もしかして、ずっといてくれた?いつの間に、寝ちゃってたんだろう……覚えてなくて」 リヴァイはナマエの言葉を聞くと、視線をカップに落とし紅茶を注いだ。 「別に構わねぇよ。ちゃんと眠れたんならそれでいい」 ちゃんと眠れたなら。 そういえば、久しぶりにぐっすり眠れたような気がする。ナマエは頭がやけにすっきりしていることに気がついた。 最近の睡眠不足が一気に解消されたようだ。 「ナマエ、そっち寄れ」 「あ……うん。」 いつの間にかリヴァイは紅茶の入ったカップをふたつ持ってソファへと近づいてきていて、ナマエは寄れと言われたままに伸ばしていた両足を曲げる。それからカップを受け取ると、リヴァイもナマエの隣に腰を下ろした。 「…ありがとう」 「お前の茶葉だけどな」 ナマエはゆらゆらと揺れるカップの中に視線を落とす。 温かくて、いい香りがして、ほっとする。そんな気持ちはとても久しぶりのような気がした。 彼女は今回、父親のことをわざわざ人に話すようなことではないと考えていた。だから一人で孤独に耐えようとしていたし、それでいいのだと思っていた。しかしリヴァイが話を聞いてくれたことで、初めてちゃんと向き合うことが出来た。 眠ることすらあんなに難しかったのにリヴァイがいるだけでひどく簡単に眠ることが出来た。 ナマエは改めて、誰かが側にいてくれることの有り難みに気付かされる。 こくりと一口紅茶を飲むとそれはじわじわと体を温めていく。まるで昨晩のリヴァイの温かさのようだとナマエはそっと思った。 小さく息を漏らすと、窓の外をふと見つめる。そこからでも青い空が見えた。今日は天気がいいみたいだ。 「…いい天気だね。いつぶりだろう?」 空が青い。それだけでナマエの心は穏やかになる。 リヴァイは窓の外を見つめるナマエの横顔を見ながら、口を開いた。 「……最近はずっと良かったけどな」 「…え、そうだっけ?」 「ああ。」 ナマエは少し驚いたようにリヴァイの方を向く。するとリヴァイは目を合わせることなく紅茶を一口飲んだ。 空が青いのは久しぶりのような気がしたナマエはここ最近の天気を思い出そうとするが、思い出せない。 「……そっか……、」 天気はずっと良かった。覚えてはいないがリヴァイが言うのだからそうなのだろう。 「じゃあ…、リヴァイのおかげだ」 「……あ?」 ナマエは口元を緩め、慈しむような眼差しで紅茶に視線を落とす。 リヴァイはそんなナマエの唐突な言葉に思わず聞き返した。 「今日の空が青いことに気づけたのも、紅茶がおいしいのも、ぜんぶぜんぶリヴァイのおかげだ」 天気がいい。紅茶がおいしい。そんな当たり前のようなことに気づくことが出来る。それは、なんて幸せなことなのだろうとナマエは思う。 ゆるりと瞳をリヴァイに向けて、彼女は微笑む。 「ありがとう。」 ナマエは思う。自分は、一人ではない、と。 今までも、これからも。姿があっても、なくても。たとえもう会えなくても。 父親がいたことを、リヴァイがいてくれることを、仲間がいることを、仲間がいたことを。ナマエは忘れない。 彼女が孤独であったことなど、人生で一度だってないのだ。 |