「──では、ナマエ。今日からまたいつも通り仕事をしてもらうことになるが、大丈夫そうか?」
「はい。ご迷惑をお掛けして申し訳ありませんでした」
「…そう言うな。こちらとしてもナマエにはいつも仕事の手助けをしてもらっているからな」
「はは……あれくらい、全然。また何かあれば遠慮せず言って下さい。エルヴィンさんの方が忙しいんですから」
「…分かった。また何かあれば頼む。」
「了解です」


では失礼します、と言ってナマエは団長室をあとにした。





吐いた息が白くなる。相変わらず空気は冷えていて頬や指先を仄かに赤く染め上げる。リヴァイはコートのポケットに両手を突っ込み、本部を出たところで一度足を止め、空を見上げた。
今日も空が青い。
なぜだか晴れている空を見ていると彼女のことが頭に浮かんでくる。そういえばここ何日か、姿を見ていないような気がした。青空を瞳に映しながら無意識にそんなことを考えていると、後ろから聞こえてきた足音にリヴァイは気がつく。

近づいてきたそれに少し振り向こうとすれば、それより先に声をかけられた。


「リヴァイ、何してんの〜?」


ナマエの声がしたと思ったその瞬間、首のうしろにピタっと何かが触れ、そのあまりの冷たさにリヴァイは思わず息を呑み瞬時にそれを掴んだ。──ナマエの手だ。とそれが何かを認識すると間髪入れずに背負うようにしておもいきりナマエを投げ飛ばした。


「──うわっ!ははっ、何するの!」


すると猫のようにくるりと体をひねったナマエはちゃんと足から着地をして、ビックリしたー、と声を上げる。


「そりゃこっちのセリフだ……いきなり何しやがる、冷てぇじゃねえか……」
「はは、ごめんごめん」


首のうしろに手を触れながら思い切り眉根を寄せるリヴァイに、両手のひらを向けながら謝るナマエ。どうやら冷えた指先で触れてきたらしい。にこにこと笑っているナマエに、リヴァイは思わずため息を吐いた。


「ガキかよ、お前は」
「ははは、ごめんって」
「……。」


全く悪気のなさそうなナマエ。そんな彼女に呆れながら手を下ろしつつ、しかしこんなことをしてくるなんて珍しい。とも考える。未だにニコニコと音のつきそうなくらいの笑顔を向けるナマエに、少し違和感を覚える。


「……何やら嬉しそうだが、なにか良いことでもあったのか?」
「え?」


口角を上げたまま聞き返すナマエは考えているのかいないのか、少しの間を置いたのちに、何もないよ、とけろりと答えた。


「リヴァイはこんなところで何してるの?どっか行くの?」
「あぁ……まぁな。仕事だ」
「へー、そうなんだ。そうだよね。いってらっしゃい」
「お前はわざわざそれだけを言いにきたのか?」
「うん。だって窓からリヴァイが見えたから」


わざわざ追いかけてきておいて特に用もないらしい。さっきのことといい、何がしたいんだこいつは、とリヴァイは怪訝な目を向ける。しかしナマエの姿を見るのはやはり少しだけ久しぶりのような気がして、まじまじと馴染ませるように彼女の顔を見つめてしまう。するとナマエは笑顔のまま小首を傾げる。──だが、それをわざわざ口にするのはもちろんやめておく。少しくらい顔を見てなかったからといって、だから何だと言うのだ。リヴァイは自分自身に小さくため息を吐いた。


「じゃあ、またね。リヴァイ」
「……ああ」


何も言わないリヴァイに別れを告げくるりと背中を向けるナマエ。それにつられるようにリヴァイも逆方向へと足を動かす。そして襟を正し、歩き始めた。

一方リヴァイに背中を向け軽やかに歩いていたナマエは数歩進んだところで足を止め、振り返る。その顔からはすっかり笑顔はなくなっていた。そして見えなくなっていくリヴァイの後ろ姿をじっと見つめて、暫くそのままぼーっと立ち尽くしていた。





「ナマエの様子はどうだ?リヴァイ」
「……あ?」


仕事の話が終わり、リヴァイがエルヴィンの部屋を出て行こうとしていた時だった。エルヴィンは思い出したようにナマエのことを口にし、リヴァイは思わず動きを止める。唐突なその質問の意図がリヴァイには理解できない。


「ナマエの様子だよ、どうなんだ」
「……、」


なぜお前がそんなことを気にするんだとでも言うようにリヴァイは少し眉根を寄せた。
どうだも何も、ナマエとはあれから至って普通だ。互いの部屋でゆっくり話をしたりはしていないが仕事中にたまに話をしたり、兵団内で姿を見かけたりくらいはしている。
様子も特に変わったところはない。


「普通だと思うが、なぜだ」


リヴァイは素っ気なくそう答え、エルヴィンを見つめる。するとエルヴィンは意外そうな声を出した。


「何だ、知らないのか?」
「……は?」
「そうか……お前なら知ってると思ったんだが、それはすまなかった」
「……何だそりゃ、てめぇ。何を言っている」


含みのある言い方ばかりするエルヴィンにリヴァイの機嫌は悪くなっていく一方だ。だがエルヴィンはもう用はないとでも言うように視線を逸らした。


「いや。普通であればそれでいい。気にするな」
「オイ、無茶言ってんじゃねえぞ。なんだ、何かあったのか、あいつは」
「………。」


だがリヴァイもここまで聞かされて引き下がるほど聞き分けは良くない。今、ナマエに関することだけは特に。
エルヴィンはリヴァイのそんな姿をゆるりと見て、少し考えたあと、リヴァイであればおそらく問題ないだろうと結論付ける。そうしてリヴァイに向き直ったエルヴィンはもったいつけることなくそれを言葉にした。


「──実は、」





自室で一人酒を飲んでいたナマエは二度目のノック音と彼女を呼ぶ声でようやく誰かが訪れていることに気がついた。我に返ったように顔を上げ、ドアを見つめる。
何も考えずにはい、と返事をするとサイドテーブルに平底のグラスを置いて、ソファから腰を上げた。


「……あ、リヴァイ」


ドアを開くとリヴァイと目が合う。
リヴァイはナマエのほんのりと赤くなっている顔を見て、酒を飲んでいることにすぐに気がついた。
ナマエはそっとドアノブから手を離し、どうかした?と問うとリヴァイはドア枠に背中を預けた。


「…エルヴィンから、聞いた」


伏し目がちにそう言った横顔はどことなく申し訳なさそうに見える。
“エルヴィンから聞いた”
ナマエはその言葉の意味を考えようとして、しかしそれは考えなくともすぐに分かることであった。彼女が彼に言っていないことで、それもエルヴィンが知っていることとなればすぐに思いつく。


「……もしかして、お父さんのこと?」


その言葉にリヴァイはゆっくりと顔を上げナマエの顔を見つめる。返事こそなかったが、それは肯定と同義であった。


「……そっか」


それを理解するとナマエは静かにそう呟きゆるりと視線を落とす。

──ナマエの父親が、先日亡くなったんだ。
エルヴィンの声がリヴァイの頭に響く。

ナマエは気が抜けたようなどこか寂しそうな笑みを、リヴァイに向けた。


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