「……あのさ」
「…んー?」
「ナマエはさ、……その、」
「……ん?どうしたの?」
「いや……なんというか、さ。……僕と付き合ってて、楽しい?」
「……え?」


空いている教室で二人、黙々と立体機動装置の整備をしていると突然同期であり恋人でもあるアルミンが口を開いた。


「僕なんか何の取り柄もないし……一緒にいて、楽しいのかなあ、って」
「うーん。別にそんなことないと思うけどなあ。それに私はこんなふうにアルミンといれるだけで幸せだよ?」
「本当かなぁ……」
「ええー。嘘とか言わないよ」
「でも、きっと僕なんかよりも他の男の人の方が付き合ってて楽しいだろうしナマエをもっと幸せに出来るんじゃないかな。」


私はそれまでカチャカチャと動かしていた手を止めて、ゆっくりと隣に顔を向ける。アルミンはまだこっちを見ずに装置の方に視線を落としていた。


「……それって、何の取り柄もないアルミンのことを好きになった私のセンスが最悪でそのうえ地味だし可愛くないしチビだしメガネだし今すぐ別れたい、ってこと?」
「え!?」


彼と同じように自虐的な言葉をつらつらと並べれば慌てた様子でこちらを見た。


「まぁ確かに、アルミンだって私なんかといても楽しくないよね」
「な、なに言ってるの。僕が言ってるのはそういう意味じゃなくて……ていうかナマエは別に少し目立たないってだけで地味とかではないしむしろ僕はそんな控えめなところが好きだし顔だって愛らしいと思うし身長が低いのもちょうど良くてかわいいしそれにメガネをかけてることは悪いことではないと思うよ」


焦りながらもどことなく冷静に、きっと本当に思ってくれていることを言って先ほどの私の言葉を否定してくれる。少し恥ずかしくて頬がほんのり熱くなった。


「……ありがとう。うれしい」
「え、あ……う、うん。」


分かってる。アルミンはちゃんと私のことを好いてくれていて、そしてその上で私の幸せを考えてくれたんだよね。きっと自分に自信が持てないだけなんだ。だけどそれは、やっぱり寂しいかな。


「アルミンが、私のことをそんなふうに思ってくれてるのと同じでね、私もアルミンのことをそんなふうに思ってるんだよ。」


不安だったとしてもそんなことは考えないでほしい。


「もっと自分に自信をもっていいと思うな。君は自分で思ってるよりもずっと素敵な人だよ」
「そう、かな」
「少なくとも、私はアルミンの全部が好き。だから他の男の人がいいとかそんなこと言われると悲しい」
「……うん。そうだよね。ごめん」


眉を下げながら笑って謝る。同じように私も口元を緩めた。


「ナマエって、控えめなように見えて実はちゃんと芯が強いっていうか……自分が正しいと判断したことにはいつも真っ直ぐで、そういうところ、好きだな」


アルミンは照れくさそうに私から視線を外しながらそう言う。ああ、なんか、こういう雰囲気久しぶりだな。胸がくすぐったい。


「……他には?」
「え?」
「もっと、聞きたい」
「……えぇー。恥ずかしいよ。ていうかさっきもわりと言ったと思うんだけど」
「いつ?」
「さっき。顔とか、身長とかの話のとき」
「じゃあもっかい言って?」
「え!何で」
「え、聞きたいから?」
「ええ〜嫌だなあ」
「えー、嫌なんだ」
「だって恥ずかしいじゃないか」
「そうかな〜」
「そうなの。ほら、そんなことよりこれの整備早く終わらせちゃおう」
「あ、話そらした」
「う、うるさい……」


恥ずかしそうにまた手を動かし始めたアルミンの横顔を飽きることなくずっと見つめていると、暫くしてからちらりと瞳がこっちを見た。


「……あのさ。」
「ん?なに?」
「いや、なにじゃなくて。そんなに見つめないでもらえるかな……うまく集中出来なくなる」
「ふふ、集中出来なくなるんだ」
「……。」


そんなアルミンを笑って、仕方なく私もまた立体機動装置と向き合う。そして手を動かそうとしたその瞬間。


「ねえ、ナマエ」


アルミンの手が私の手に重なった。心をびくりと震わせて彼を見ると、いつの間にか真剣な表情をしていて。


「な……なに?」
「僕さ、やっぱり自分自身が出来た人間だとは今は思えないけど、でもナマエのことはちゃんと幸せにしたい。しなきゃいけないんだと思った。だから……僕なりに頑張る、から。これからも、よろしくね」


こんなふうに手が触れたのは、もしかしたら初めてなんじゃないだろうか。私が告白をして付き合ってから今まで一度だってしっかりと触れ合ったことはなかった。


「でもまぁ僕に何が出来るのかまだ分からないけど……」
「……ううん。ありがとう。こちらこそよろしくね」


少しドキドキと胸を高鳴らせながら微笑む。そのまま見つめ合っていればふとアルミンの顔つきが僅かに変わり、手にもぎゅっと力が込められる。


「ねえ、ナマエ」
「ん……?」
「キスとかって、してもいいのかな」


キスという単語が目の前の彼から発せられて、私の思考は一瞬機能を止めた。


きす。

───キス?


「……えっ!?キ、キキ、キッス!?」
「うん。ダメかな?」
「えっ!っいや、ダメとかそんな、そういう、わけじゃないけど……、」


突然のことに焦り思わず手を離してしまった。その手をさすりながら、目を泳がせまくる。


「ナマエ、顔が真っ赤だよ?大丈夫?」
「っだ、だいじょうぶ……!」
「そう。じゃあ、キスしていい?」
「えー!?」
「え……やっぱダメ?」
「っダメとかじゃないけど!でも心の準備とかまったく出来てない……!」
「そっか。それってどれくらいで出来るのかな」
「分かんない……」
「一分くらいで出来る?」
「そんなに早くは無理です!」
「じゃあいつだったら出来てるんだろう」
「え、えぇーっと……二週間後、とか?」
「ながッ!え、せめて今日中とかじゃないんだ」
「むりだよ……そんないきなりは……」


そ、そういうのはほら、順序ってものがあるじゃない?まずは手を繋ぐとかさ。手が重なったのも今が初めてだというのにいきなり次は唇とかそんなの絶対に無理だよ。心臓が止まる可能性すらありうるもん。兵士として捧げる心臓がなくなっちゃうよ。大問題だよそれは。


「そっか、分かった」


受け入れてくれたかのようなアルミンの言葉に顔を上げた。瞬間。

私の思考はまた止まりかける。


「……!?」


なぜかすぐ目の前にアルミンの顔があって、そしてなぜか私の唇に彼の唇が触れていた。確実に。それは押し付けるようなものではなく軽く触れ合うような、そんなキスで。長くもなく短くもない、だけどなんだか永遠のようにも感じられて、唇が離れるとほんのり頬を染めたアルミンと目が合った。


「……な、んで、」
「……だって、ナマエが可愛いから」


なにそれ。はずかしい。


「ごめんね、でも突然すれば心の準備もいらないでしょ?」


それってなんか違くない?

いろいろと思いながらも私はやっとの思いで空気を吸い込み肺に酸素を取り入れる。


「っあ、アルミン、って……たまにすごく……大胆、だよね」
「え、そうかな?ありがとう」
「いや今のは褒めたわけではなく……」
「ふふ、でもナマエは僕の全部が好きなんでしょ?」


にこりと笑うアルミンにドキドキは止まることなく更に加速して、もう何も言えなくなってしまった。


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