これが漫画やアニメだったらきっとここらへんで、偶然にも同じ時間にシャワーを浴びようとする二人が半裸姿でバッタリ居合わせて、「きゃあっ!?リヴァイさんのえっちー!!」みたいなラブコメ展開が繰り広げられる頃なんだと思う。
だけど同じ屋根の下に男女が暮らしているというのに、私とリヴァイさんの間にはそんなラブコメは起きない。


「何だお前、クソでも我慢しているのか?」


むしろこんな事を言われる始末である。


「……ナマエ?オイ、どうした」


昨日私はうなされるリヴァイさんを起こそうとして彼におもくそ突き飛ばされた。その時に運悪く肩を強打してしまい、それを黙っていたのだがあれから眠れないほどの痛みが続いた。
日が昇ってからベッドから出て顔を洗おうと洗面所に行くと、ついに我慢出来なくなりその場に座り込んでしまった。肩を押さえながらうずくまっているとなかなか戻ってこない私の様子を見に来たリヴァイさんに声を掛けられる。そして返事すらしないでいるとリヴァイさんが顔を覗きこんできた。


「オイ、どこか痛むのか?」
「 っ肩、が…」
「…肩?」


するとリヴァイさんはハッとして、少し慌てた様子で私の肩辺りの服を掴んだ。


「っ見せろ、」
「え、……ちょ?!」


そして容赦なくそれを引きちぎった。


「はっ?!ふ、服!?服が!!」
「……、」
「リヴァイさん!?私寝る時はノーブラ派なんです!!見えちゃいます!!」
「黙れ騒ぐな。」
「えぇっ?!……イッ、」


リヴァイさんは痛んでいる辺りの肩に触れ、数秒の沈黙のあとに静かに口を開く。


「てめぇ…何で黙ってた」
「え?いや……」
「俺が突き飛ばした時にぶつけたんだろ」
「…いや…その…」


顔を見ればその表情は少し歪んでいて私は何も言えなくなってしまう。


「…っ何で……何で、すぐ言わねぇんだ、馬鹿が!!」
「っ ご、ごめん、なさい……」


リヴァイさんは声を上げ怒る。ビックリして思わず謝ると、舌打ちをされた。


「クソ……お前これ、折れてんじゃねぇか?」
「え!?マジで!?」
「…動かせるか?腕。」
「あ、はい……痛いですけど……少しなら」
「……とりあえず固定する。包帯はどこだ?」
「包帯?そんなのありませんよ…」
「は?お前、包帯も常備してねぇのかよ。ふざけるな。」
「いやなかなか使わないしありませんよ……それに、大丈夫です」
「は?大丈夫なわけあるか殺すぞ」
「いやそうじゃなくて…(てか今殺すって言った?)、病院行きます。もう我慢できないくらい痛いので…」
「…だろうな。見ただけで分かる。」
「え、そんなにヤバイですか?」
「内出血を起こしているし腫れている。…こんなもん、すぐに言えよ。本当に、何なんだ?ふざけるなよ。」
「…だってまさかここまで痛んでくるとは思わなかったし…ていうか服が裂けた方がショックです。何で破っちゃうんですか…」
「そうしないと診れないだろうが。脱がせなかっただけマシだと思え。…まぁ何でもいい、早く病院に行くぞ。立てるか?」
「…はい、すみません」


それからリヴァイさんの手をとり着替えてから病院に行き、その間ずっと黙ったままのリヴァイさんに私も何も言えないまま診察を受けた。そして診察室から出てイスに座り待つリヴァイさんを見ると、その姿は落ち込んでいるようで。


「……リヴァイさん、お待たせしました。」
「…どうだった」
「骨に異常はないみたいです。湿布と痛み止めで数週間安静に過ごせと言われました。」
「……そうか。」
「…はい。」


それ以上は何も言わず、歩き出す。肩の方は骨折はしてないけど大分打ち付けていたみたいで完治まで少しかかると言われた。それから薬を貰い、家まで真っ直ぐ帰った。会話は相変わらずなかった。





「大変なのは、少しの間バイトに行けなくなってしまった事です。」
「……」
「まぁ余っているお金があるので生活は大丈夫だと思いますけどね。」
「……」
「それにこれでホラー映画観放題ですよ、リヴァイさん。」
「……。」


どうしよう。リヴァイさんが黙ったまま何も言わない。責任を感じているのだろうか。でもリヴァイさんも寝ぼけていたわけだし別にDVとかそういうんじゃないんだから、そこまで落ち込まなくてもいいのに。確かに痛いけど、こんなものはいずれ治る。それよりもリヴァイさんの方がずっともっと不安なはずなんだ。


「…リヴァイさん、私こんなんじゃ何も作れないので、これからはずっとごはん作って下さいよ?そうすれば私も楽です。むしろゴロゴロしているだけで三食出てくるんですから、ラッキーというか。」


よりにもよって利き手の方だったので、バイトも休むことになってしまった。店長にはさっき連絡して謝っておいた。心配されて怒られはしなかったのが救いだけど、迷惑をかけてしまって申し訳ない。


「リヴァイさん、おなか空きました。私野菜スープが食べたいです。」


でもこれから着替えるのもお風呂入るのも少し面倒だなぁ。それはリヴァイさんに手伝ってもらうわけにはいかないし。それこそ漫画ならここで体でも洗ってもらう展開なんだろうか。それは絶対にない。


「それともリヴァイさん、紅茶でも飲みますか?淹れて下さいよ。…あ、でもやっぱり、」


口を開かないリヴァイさんにひたすら話しかけていると、彼はいきなり握った拳でテーブルを思い切り叩きつけた。その音に驚き言葉を止めるとリヴァイさんが顔を上げる。


「…いい加減にしろ!!っ何でお前は、俺を一言も責めねぇんだよ!?お前が肩を痛めて生活すらしにくくなったのは俺のせいなんだぞ!?そもそもこんな人間と関わらなければ、余計な金を使う事も一緒に暮らす事も毎日見ず知らずの男を気にかける事もなかったんだぞ!?その上怪我までして……っ少しくらいは恨んだらどうなんだ!?」
「………、」
「クソッ……何なんだよ、てめぇは…っ」
「…リヴァイさん…。」


また声を張り上げたリヴァイさんの表情は、苦しそうに歪んでいて、私の胸まで苦しくなる。

…また怒らせてしまった。どうすればいいのか分からない。どうすれば、リヴァイさんにこんな顔をせずに居てもらえるんだろう。私はちっとも恨んでなんかいないのに。こんな顔をさせたいわけじゃないのに。

それともリヴァイさんの言う通り、もっと責めたらいいのか?でもそんなことしたくない。


「…えっと、あの……とりあえず抱き締めればいいですか?」
「抱き締めんな!何でだよ!!」
「いやだって…こういう時は優しく抱き締めた方がいいのかと…片腕になっちゃいますけど」
「………お前、俺は、真面目に…」
「…私だって大真面目ですよ。」
「どこが……」
「とにかくリヴァイさん、落ち着いて下さいよ。私はリヴァイさんを追い詰めたくてここに居てもらってるわけじゃないんです。」
「……。」
「でも確かに肩を痛めたのはリヴァイさんのせいかもしれません。だから三食ごはんを作って下さいと言ってるじゃないですか。」
「……だからお前は…そうやって…」
「…これではぬるいですか?じゃあ……これからはいろいろと手を貸して下さい。生活がしにくいので。あ、でもお風呂は一人で入ります。」
「……そんなもん、俺のせいでこうなったんだから当たり前だろ…」
「あ、じゃあもうひとつ。」


動かせる方の腕を動かし、人差し指を立てる。


「この家から出て行こうとか一切考えないで下さい。罰として、リヴァイさんには元の世界に戻れるまで今まで通りこの家で私の優しさを感じつつそれを申し訳なく思いながら過ごして下さい。…これでどうですか?」
「……。」


怪我が治っても、戻れるまでここに居てもらいたい。

意地悪な言い方でそう言うとリヴァイさんは静かに息を吐き、力が抜けたようだった。


「…それは、キツイ、かも な…」
「そうでしょう?でも、逃がしませんよ。なぜならリヴァイさんは私が拾った猫だから。」
「……どこまでもお人好しだな。お前は。」
「…そんなこと、ないですよ。」


こうしてリヴァイさんは落ち着きを取り戻し、それから改めて謝ってきたあとにごはんを作ってくれた。温かい野菜スープだった。

怪我が治るまではこうやってリヴァイさんの手料理だけを食べ、いろいろ手伝ってもらうことになる。今まで以上にお互いを気にして、触れ合う時間も増えるかもしれない。

だけどきっとラブコメ的な展開はこれから先にも待っていない。

だって、


「ケツは拭いてやれないが他のことなら何でも言え。」
「……。」


こんな事を女に真顔で言ってくるような人なのだから。


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