結婚なんて人生の中で考えた事すらなかった。リヴァイとは何があってもずっと一緒に居るつもりではいたけど、でも結婚という発想はなかった。自分の親や家族の記憶すらなかったからかもしれないけど。
でも、今すぐにするわけじゃないし実感とかもまだないけど、リヴァイがそんなふうに考えてくれている事がたまらなく嬉しかった。結婚したからって何が変わるわけでもない。だけど、嬉しかった。

あれからも私たちは何も変わらず過ごしている。むしろ結婚の話題すら出ない。だけどそれは私の中にしっかりと残っていて、心をずっと温かくしてくれている。



「リヴァイ、紅茶が飲みたい。」
「……」


いや、何も変わらずというのは少し違うかもしれない。
あれから私はこうして仕事を終わらせた夜によく古城へと来るようになった。毎日ではないがほぼ来ている。もちろんハンジには一応言ってから。

だけど何をそんなにやる事があるのか、リヴァイはいつも書類やら何やらと睨めっこしている。ここへ来てもリヴァイとずっとお喋りが出来るわけじゃない。まぁそれでもいいから来いと言ったのはリヴァイだし、私も邪魔をする気はないから静かに本を読んだりしている。

しかし喉が渇いてしまっては仕方がない。リヴァイに紅茶を淹れてと頼む。


「…たまには、お前が淹れてくれてもいいんだぞ?」
「私は、リヴァイが淹れる紅茶が飲みたいの。」


私はリヴァイの淹れる紅茶が好きなのだ。
そう言うと息を吐いて立ち上がり、紅茶の用意をしてくれた。でもリヴァイだって一息入れた方がいいと思う。



「…ほらよ。」


少しすると私の好きな匂いが鼻をくすぐってくる。


「…ありがとう。いただきます。」


目の前に置かれたそれを手に取り、一口飲む。リヴァイも自分のカップに口をつけた。


「…うん。おいしい。」


私の好きな味。


「…お前、そういうところ律儀だよな。」
「…はい?律儀?何の話よ」
「いつも紅茶淹れてやると、一口目のあとにうまいって言うだろ。それにいただきますだとかそういうのもいちいち言うだろ。お前。」
「……あぁ…だって、おいしいし。」
「律儀なやつだな。」
「…律儀っていうか……あれだよ。ほら、昔は私も本当にクソみたいな生活してたから何も食べれない日とかも普通にあったし、まぁファーランと出会ってからは大分マシになったけど…でもそういうのがあるから、こうやって毎日ちゃんと食べれたりお茶が出来ることって有り難いというか。」
「……お前、未だにそんな事思ってたのか。」
「だからこういうのは粗末にしたくないっていうだけ」


それを聞いて意外そうな顔をするリヴァイ。そんなこと言うけど、リヴァイだってカップの持ち方は今でも変わってない。やっぱ昔の記憶とかってなかなかとれなかったりするもんだよ。


「ていうかさ、紅茶もいいけど、今度酒飲みに行こうよ。」
「…二人でか?」
「別に他に誰か居てもいいけど」
「……時間があったら、まぁ。」
「地下に居た頃はけっこう飲んだりしてたじゃん?なのにここ何年もリヴァイと飲んでない。」
「…そうだな。たまには、いいかもな。」
「うん。リヴァイだって酒でも飲まなきゃやってらんねーでしょ?愚痴とか聞くよ?エルヴィンの愚痴とか。」
「そうだな。お前が酔わないってんなら、いいぞ。」
「……何でよ。酔わないし。」
「酔ったら人前でも気にせずくっついてくるだろ、今のお前。」
「そんなわけないし!ていうか酔わないって。」
「昔からお前とイザベルは酒強くねぇくせに構わず飲んですぐ面倒な事になってたからな。」
「面倒って何!しかもイザベルよりは強かったし私…」
「どっちもどっちだろ。」
「……。」


そんなことはない。そんなことはないけど、でもこうやってリヴァイとイザベルやファーランの事を話せる事が今はなんだか嬉しい。まだ少し胸がきゅっと締まる感覚があるけど、前みたいに腫れ物のように扱うよりはいい。


「…そういえば昔、イザベルがリヴァイと自分どっちが好きなんだ、って聞いてきたことがあったな」


思い出したように口にすると、リヴァイはカップを置いた。


「あぁ…。それ、聞かされたぞ。アイツわざわざ俺のとこまで報告しに来たからな。」
「え?そうなの?」
「ああ。ナマエは俺の方が好きなんだぜ、とか嬉しそうに言ってたな。」
「なにそれ、面白い。リヴァイなんて答えたの?」
「…別に、特には。」
「へぇ…イザベル本当に可愛いな」
「……それは分かるが、俺は面白くなかったがな。」
「え?なにが?」
「お前に俺よりも好きな奴が居る事が。」
「………何言ってんの?」
「あの時は何も言わなかったが、相手がイザベルでも良い気分はしなかったな。」
「……バカなの?」
「あ?」
「そもそもイザベルは女の子だし、そういう対象じゃないでしょ。しかもあれはイザベルが拗ねてたから宥めようとしただけでどっちが上とかないから。分かるでしょ」
「分からない。」
「いや何でだよ…リヴァイも拗ねてたのかよ…」
「お前の中では何だかんだでファーランが一番だと思っていたし、その上イザベルの方が好きだとか言われたら俺としては面白くねぇだろ。つまり最下位じゃねぇか。」
「最下位って…だからそんなのないってば。そりゃファーランは確かに一番だけど。」
「否定しないのかよ。」
「だって本当の事だし。」
「俺は最下位なのか?」
「リヴァイは男として一番愛してる。以上。」
「……」
「イザベルは妹として一番大事で大好きで、ファーランは心の拠り所部門で一位。」
「………。」
「…いや…でも…リヴァイを好きになった事で私の世界は変わったから…そう考えるとリヴァイが総合的に優勝かも。」


って、何の話だ。
自分で言いながら変な気持ちになりはぐらかすように紅茶を啜る。

しかしそんな子供みたいなことをリヴァイが思ってたなんて意外だ。でもバカだとは思うけどそれが愛しくも感じてしまっているから私も大概だけど。


「…今日は一緒に寝るか。」
「え?なに、仕事はいいの?」
「ああ。」


そう言って書類を纏めだす。
いつもは私が寝たあとに少しだけベッドに入って寝ていたみたいだけど、今日は一緒にベッドに入れるのか。


「それともカラダ目的?」
「違ぇよ。何だ、したいのか?」
「したくない。」
「したくない、だと?」
「うん。普通に寝たい。」
「何でだよ。」
「リヴァイは結局どっちなんだよ。」
「したくないって言い方が引っかかる。そんな可愛げのねぇ言い方するなら一切寝かせねぇぞ」
「めんどくさいな…したくないわけじゃないけど今日はする気分じゃない。」


面倒なリヴァイを宥めながら紅茶を飲む。
だけどこうやって他愛のない話をしながらリヴァイと一日を終えられるのは、幸せなことだ。


「そんな事よりもリヴァイはもっと睡眠をとった方がいい。それ以上身長縮まったらどうするの?」
「縮まんねぇよ。縮まってたまるか。」


今までお互い素直になれずいろいろ間違えていたけど、こうしてまた同じ気持ちになれた。同じ場所で生きていける。辛い時も楽しい時もどんな時でも一緒に居たい。リヴァイと分かち合いたい。


紅茶を飲み終わり、それを片付けてベッドに入る為に着替える。

部屋にはまだ微かに紅茶の香りが残っている。


「ねぇリヴァイ」
「…何だ?」


私の好きな匂い。落ち着く香り。


「…これからもずっと、私に紅茶淹れてね。」


外に出れば巨人だらけのこんなクソったれな世界でも、それだけで私は幸せになれる。どんなに残酷だろうがリヴァイさえ居ればそれが生きる意味になる。だから、リヴァイも私が居る事で少しでも何か変われば嬉しい。そんなふうに、生きていきたい。

いや、生きていく。


「…当たり前だろ。」


私は誰よりもリヴァイが好きだ。

それから二人でベッドに入り、そして寄り添ってお互いの息遣いを感じながら目をつぶった。


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