「じゃあおやすみ、エレン。」
「あ……ナマエさん、」
「ん?」
「……あの…なんていうか…、……いつもありがとな。こうやって…気に、かけてくれて」


エレンと地下室で他愛のない話をして、少し長居してしまったからそろそろ戻ろうと立ち上がればエレンはいきなりお礼を言ってきた。


「…何言ってるの、エレンは可愛い後輩なんだから当たり前でしょ?」


そう言ってエレンを見ると、照れてるように目を逸らす。本当に可愛い後輩だ。その頭をくしゃりと撫でてあげると頬を少し染めた。


「や、やめて下さいよ」
「ふふふ、可愛いねエレンは。」
「っ……こんな事してたら、また兵長に蹴られるぞ?」
「え?なんで?」
「何でって…そんな気がするだけだけど…っとにかく、もう寝るから、早く上行けよ」
「上行けよって冷たいなぁ。私、そんなふうに育てた覚えはないよ?」
「俺も育てられた覚えはないんですが。」


そう言ってバサッと横になるエレンに、口元を緩めまたおやすみを言ってから上に戻った。するとちょうどぺトラが廊下を歩いていて、声をかける。ぺトラも他のみんなと話をしてたみたい。


「ぺトラ」
「…あ、ナマエさん。まだエレンのところに居たんですか?」
「うん。でもエレン、少し反抗期に入ったみたい」
「え?反抗期?」
「いや反抗期というかあれは単に照れてるだけかな…」
「……何を話したのか分かりませんが、ほどほどにしないと兵長に怒られますよ?」
「え?そうかな…」


そういえば最初にエレンと地下室で話すって言った時、兵長はすぐに快諾してくれなかったっけ。


「あ、それよりもぺトラ」
「はい?」


そこでぺトラに言いたかった事を思い出す。
本当はもっと早く言いたかったんだけどタイミングもなかったしそもそも何て言えばいいのかも分からなかったから言えずにいた。でもそろそろちゃんと伝えなきゃ。


「あの、さ…ぺトラには今までいろいろお世話になったっていうかさ…話を聞いてくれたりとか……いろいろしてくれたじゃない?だから…お礼を言いたくて……」


兵長のことで、とはハッキリ言えないけど。


「ありがとね。いつも。」
「……急に、どうしたんですか」
「いやっ…なんか改めて自覚したっていうか、ね?お世話になってるな……と」
「…そんな、お礼を言われるような事はしてませんよ」
「いやいやしてくれてるよ。もちろんぺトラだけじゃないけど……でもぺトラは特に、ね。」
「いえ……私は、ナマエさんが幸せならそれで嬉しいんですよ。私の方こそナマエさんにはお世話になってますし。」
「…ぺトラ……」
「まぁ本当にあまりにも鈍感っていうか馬鹿なのかな?って思いはしましたけど」
「ペ、ぺトラ……ごめん…」
「…でも、ナマエさん、今幸せそうです。それが私は嬉しいです。」
「……うん。ありがとう」


ぺトラはもう分かっているのだろうか。私と兵長のこと。だから、こんなふうに笑ってくれているのかな?

私は本当に周りの人に恵まれている。ここに居て良かったと、ここで頑張ろうと思える。そしてそのきっかけを作ってくれたのは、兵長だ。
私が生きているのも、ここに居られるのも、少しは強くなれたのも、前を向けるようになれたのも、幸せを感じられるのも。ぜんぶぜんぶリヴァイ兵長のおかげ。

そう思うと胸が満たされてきて、ぺトラと別れてから兵長の部屋へと向かった。





「兵長っ!大好きですっ!!」


ノックをし、ドアを開けながら抑えきれない思いの丈を叫ぶ。すると兵長が眉間にシワを寄せたのが見えた。


「…うるせぇよ。いきなり叫ぶな馬鹿。」
「ごめんなさいっ!でも大好きなので!」
「理由になってねぇ……」
「えへへ。リヴァイ兵長、大好きです」
「…馬鹿みたいに何度も言ってくるな。」
「でも好きなんですもん。言いたくなります」


一時期恥ずかしくてなかなか来れなくなっていたが最近は毎晩のように兵長の部屋へと来ている。一緒に寝ることはないけど。あの時兵長に言われて意識してしまったからだ。だけどあの時の兵長の言葉は嬉しかった。


「遅かったな。」
「あ、そうですね……エレンと話してて」
「…そうか。」


兵長の向かいのイスを引き、そこに座る。


「あの、兵長。私がエレンと地下室で話すのは嫌ですか?」
「……何でだ?」
「いや…なんとなくですけど……嫌なら、あまり長居はしないようにしようかなと」
「……。」


エレンのことを思うと放っておく事は出来ないけど、兵長が嫌なら少しは控えたりとか出来る。そう思って改めて聞くと、兵長は少し考えたあとに口を開いた。


「ちょっと、顔貸せ」
「え?」


テーブルに少し乗り出し人差し指で私の事を呼ぶ。同じように近づくと、兵長が更に近づいてきてまた不意打ちのキスをされた。それに驚き未だに慣れていない私は逃げはしないもののドキリと心臓が跳ね上がった。

唇が離れると、深く息を吸い込む。頬が熱い。


「…し、質問に答えてくださいよ…」


そして兵長は何事もなかったかのような顔でイスに座り直す。


「エレンとはこんな事をしたりそんな面を見せる事もねぇだろ?だったら別に地下室に長居しようが構わない。」
「そ、 そうです、か……」


それは、口で言えばそれでよかったのではないだろうか。わざわざ実践しなくてもいいのに……心臓がもたない。…いや、そろそろ私も慣れてもいいとは確かに思うけど。
ドキドキとうるさい心臓を落ち着かす為に私はゆっくりと深い呼吸を繰り返す。


「…たまにはお前の方からしてきたらどうだ?」
「えっ何がですか」
「キスだ、キス。」
「あぁ…キス……ってエェエッ?!キス!?無理ですよ無理!!絶対無理!!」
「……そんなに拒否するんじゃねぇよ。」
「え、す、すみません!でも、そんなの恥ずかしすぎて死んでしまいます!」
「心配するな、それくらいで人は死んだりしない。」
「いや無理ですよ…!」


されるだけでもいっぱいいっぱいなのに、自分からするなんて以ての外だ。ありえない。
考えただけでも顔が熱くなってくる。その提案に首を横に振りまくっていると兵長は立ち上がり、側まで来て私の手をとった。そして立たされる。何!?と思いながらもそのまま引っ張られ兵長は黙ったままベッドに腰掛けた。


「座れ。」
「え、あ、はい…」
「違う、そこじゃない。」
「へ?」


隣に座ろうとすれば違うと言われ、こっちだ、と指定されたその場所に思わず思考が止まる。


「ほら、早くしろ。」
「は………」


………あは、あはは。

待って下さいよ兵長。何言ってるんですか。そこは兵長のお膝の上じゃないですかやだなぁもう。


「あははは…兵長、面白いこと言いますねぇ」
「言っておくが冗談じゃねぇ。早く来い。」
「………。」


え????どうして????

ちょっと、さすがに意味が分からない。何で兵長の膝の上に座らないといけないんだろうか。そんなの恥ずかしいよ!


「む、無理、です……」
「無理じゃねぇよ。」
「何でですか……ひっ、」


立ったままいると腕を引っ張られ、強引に兵長のお膝へと座らされた。しかも向き合うかたちで。


「へ、へいちょうっ!!な、なにを……っ!?」
「これでしやすいだろ。」
「何がっ?!」
「キスだ。この体勢、距離ならするのは簡単だろう」
「はっ?!」


腰に手を回され、そこから動けなくなる。あまりの近さと密着している感じにそれだけでもう心臓が爆発しそうになる。その上キスなんて絶対無理!!!


「な、なに言ってんですかぁ!!兵長っ、馬鹿なんですか?!」
「それをお前に言われたらお終いだな。」
「だ、だって…!恥ずかしいですよ何なんですかぁ…っ!」
「何年も待っていた健気な俺に、褒美のキスくらいくれてもいいと思うんだが。」
「な……そ、それは……それと、これとは……」
「…グズグズ言ってねぇでさっさとしろ。じゃなきゃ胸揉むぞ。」
「もっ…!?」


キスって、こんなふうに脅されて強制させられるものなのだろうか?

考えてみれば兵長は前からよく理不尽なことを私に言ってきていた。それに兵長はいじわるだ。こうやって私の反応を見て面白がっている。
きっとこれも、キスをするまで終わらない。この状況は変わらない。ずっと続く。私がキスをするまで。それなら、さっさとした方がいいのではないだろうか。そうだ、早く済ませてしまえばこの恥ずかしさからも解放される。胸も揉まれないで済む。そうか、するしかないのか。私から、兵長に。キスを。キスを私から。胸を揉まれない為にもキスを。


この状況とこんな事を真面目に考えている自分に、なんだかもうおかしな気分になってくる。
しかし仕方ない。するしかないのだ。兵長はそういう人だ。

覚悟を決め兵長の肩に手を置くと、更に鼓動が速くなっていく。息がしにくいほどに。


「わ、わか、分かり、ましたよ……し、しますよ、」
「……。」


唇を、くっつければいいだけの話。簡単なことだ。何てことない。何てことはない。ただそれだけのこと。ちょっと近づいてちゅっとするだけだ。


「……っ、」


ゴクリと生唾を飲み込み、ゆっくりと顔を近づける。

(や、っちか、へいちょ、)

あまりの近さにぎゅっと兵長の肩を握り、私は目を閉じる。


これは、初めて壁外に出た時よりも緊張しているんじゃないだろうか。それに恥ずかしすぎて逃げたくなる。
だけどそれをなんとか我慢して、そして。触れるくらいのキスを、した。いや正直触れたのか触れてないのかすらももはや分からないくらいだったが、だけどとりあえずは任務を遂行し、ずらすようにすぐに唇を離してそのまま顔を見ることなく兵長の肩へと顔を押し付けた。顔が見れない。見たくない。


「……何だ今のは。キスと呼べるのか?」


そう言いながらも私の頭に手を持ってきてそこを撫でる兵長。


「っ……もう、勘弁してくださいっ…、」


そのまま兵長の背中に腕を回し、ぎゅっと抱きつく。


「まぁいい…許してやる。」
「……私が何をしたと言うのですか……」
「これでまたお前は数日部屋に来なくなるのか?」
「………どうでしょう……なんかもう…慣れていくしかない気がしてきました……」
「…そうか」


目を閉じているとだんだん心臓が落ち着いてきて、この体勢にも少し慣れてきた。…だけど。

私は顔を上げ兵長を見る。


「…あの」
「何だ」
「そろそろ降ろしてもらってもいいですかね…」
「……これはなかなか、悪くない。」
「……つまり?」
「ダメだ。」
「………。」


兵長は、優しい時は本当に優しく私のことを思ってくれているのに、いじわるな時は本当にいじわるだ。

でも、だけどそれも、私の事を好きでいてくれる証拠なのだと、そう自分に言い聞かす。兵長が楽しいなら、それはそれで嬉しい事なのかもしれない。こんな事ばかりだと私はいつか本当に心臓が破裂してしまうかもしれないけど。


「…兵長がこうしていたいのなら…まぁ…少しくらいは、このままでもいいですけど…。」


そう言って力の抜けている私は側にあったおでこにコツンと自分のをくっつけると、兵長は何度か瞬きを繰り返す。


「…お前は本当に馬鹿だな。」


そしていつものように私を馬鹿だと言った。

私が初めて兵長に言われた言葉も、そうだった。だけど最近は兵長に馬鹿と言われるのがなんだか好きだ。
その言葉にはたまに愛しさみたいなものが込められていることに、最近気づいたからかもしれない。


「兵長……好きですよ。」


だから私は、何度も何度も、馬鹿みたいに兵長にそう言い続ける。これからも、ずっと。

だって、私につられるように口角を上げる目の前の兵長が、ずっと好きでいてくれた兵長が、優しくていじわるなリヴァイ兵長のことが、私も好きで好きで仕方がないのだから。


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