ナマエを初めて見た時、アイツはほとんど丸腰で巨人の前に立っていた。その時見えたアイツの目は目の前の巨人を殺す事しか考えてないような、そんな目で、悪くないと思った。それに装置も壊れ足も折れているというのに諦めず立ち向かおうとしているその姿に、一瞬目が奪われた。 それからは個人的に俺がアイツを鍛え始め、正直かなりキツかったと思うがナマエは弱音も吐かずそれについてきた。 俺に礼を言いに来た時はすっかり腑抜けた面をしていたが、なかなか根性があり飲み込みもそんなには悪くはなかった。 最初はただの鍛えがいのある新兵だと思っていただけだったがナマエはだんだん強くなっていくだけではなく、接するうちに少しずつ明るくなっていく姿にそのうち興味が出てきた。 集中しすぎるクセが壁外では危ない時もあったが立体機動の動きはもともと良かったのもあって、それなりの戦力にすらなっていった。 そしてそのうちナマエにも後輩が出来て、先輩らしさなんてかけらもないように思えたがアイツの優しさや気遣いの出来る性格が伝わるとそれを慕うやつも少なくはなかった。 ナマエが兵士としても人としても成長していく姿を一番側で見ていた俺は、なぜかいつの間にかアイツに惹かれていった。よくは分からない。ただの馬鹿といえばそうだし、ただの良い奴ともいえる。それがなぜこんなにも好きになったのか。 ただアイツが笑っているのを見るとなんとなく嬉しくなったり、側に居ると落ち着いたりするようになった。自然と、好きになっていった。 だがアイツが俺を何とも思っていなければ何も言うつもりはなかった。そんな素振りを見せる気も。しかしナマエは結果的に俺を好きになった。 アイツ自身が気づいていないアイツの気持ちに気づくのにはそれなりに時間がかかったが、ナマエを見ているとなんとなく分かるようになっていった。アイツは、俺の事を好きではなくとも少なからず他の男よりも特別に思っているのだと。それは言葉では表しにくいが、なんとなくそう感じた。 だがそれからも共に過ごしていくうちにそれは確信に変わり、ただ肝心の本人が自覚していないようで頭を悩ませた。 アイツは本当に馬鹿で、ちょっとやそっとの事ではこっちの気持ちにも自身の気持ちにも気づきやしないし、馬鹿な上に鈍感なところはクソ鈍感で、苛立ちを感じた。 しかしいつまでも気づく素振りも見せないアイツにそのうち俺は若干の諦めを感じながらも、ナマエのペースに合わせる事にした。ナマエが自分で気づかなければ意味がないからだ。だが何もしなければ一生そのままの可能性すらありえたから、それから俺はナマエに対してあからさまな態度をとっていくようになった。 まぁそれでもアイツはなかなか気づかなかったし、しかもようやく気づいた時ですら気づかないふりをしたりとナメたマネをする奴だが、それでも惚れてしまったものは仕方ない。 キスをしたくらいで顔を真っ赤に染めるアイツが、可愛くて可愛くて仕方がない。 「オイ。なぜ俺の部屋に来ない」 「えっ……いや、あの…自室の掃除が、ですね……」 「その言い訳はもう三度目だ。」 「……。」 恥ずかしがるナマエの反応が面白くてつい遊んでしまったあの日から、ナマエは部屋に来なくなった。なぜ来ないのか聞いてみても何かと理由をつけやがる。 「心配しなくてももうあんなにキス攻めにしねぇよ。」 「……本当、ですか」 「ああ。多分な。」 「多分て言った!いま多分って言った!」 「うるせぇな。そんなに照れる事ねぇだろうが。」 「照れますよ!!」 「いいから部屋に来い。お茶を淹れろ。」 「まだ無理です!もう少し時間を置いて下さい!!」 そう言って廊下を走り出すナマエの背中を黙って見送り、ため息を吐く。 「……(やりすぎたか)。」 あれはまだナマエには早かったらしい。分かってはいたが部屋に来なくなるほどとは思わなかった。 俺としてはこんなにも待たされたのだから即行でベッドに押し倒しても許されるくらいだと思うんだが、ちょっと何度もキスをしたくらいでこの有り様。……まぁこういう行為に免疫もなさそうだから仕方ないのかもしれないが。 どうせまた少ししたらアイツの方から寂しがってくる可能性もあるし、もう放っておくか。 勝手にそう結論づけてもうこっちからは何も言わない事にした。 ◇ それから数日が経ち、ナマエを放っておいた結果。夜になるとアイツは俺の部屋に来た。 部屋で書類整理をしていればノックする音が聞こえ、返事をすると遠慮がちにドアが開いた。 「……あの…兵長…」 「…どうした。」 そこには案の定ナマエが居て、情けない顔をしてドアから顔を出す。 「…入っても、いいですか」 その顔を見て、これを断ったらどんな顔をするのかと気になったがまた拗ねられでもしたら面倒なのでやめた。 「ああ、入れ。」 そう返すと心なしか嬉しそうに口元を緩ませ、部屋に一歩入りドアを閉める。そしてその場に立ったまま動こうとしない。 時間はもうそれなりに遅く、今日はもう来ないのかと思っていたが耐え切れなくなったのだろうか。 「あの…最近、恥ずかしくて、来れなかったんですけど…でも、兵長と一緒に居れないのは、それはそれで寂しい、ので……」 予想通りの結果に一人満足する。とはいえ、ナマエのその気持ちが俺にもなかったわけでもなく。 言い訳じみた事を言うナマエを呼ぶとゆっくりと近づいてきて、その手をとり握る。 「お前の部屋はとてつもなく綺麗になったんだろうな。」 「う……。」 部屋の掃除を理由に俺のところへ来なかった事の嫌味を言うと顔を顰めた。 「いじわる、言わないで下さい…」 ここ数日こいつのおかげで一人夜を過ごした俺にはしょぼくれたナマエを見て楽しむ権利くらいはあるだろう。その頬を親指で撫で、そしてキスでもしてやろうかと思ったがさすがにそれは我慢した。 「いじわるなのはお前の方だと思うんだが。」 「だ、だから… 部屋に来なかったのは、すみません…。」 「……まぁ、俺もやりすぎたとは思っている。一応な。」 「……。」 それよりもこいつの格好を見ると、寝巻きのように見えるのだがこれは一体どういうつもりなんだろうか。 「あの、へいちょう」 「何だ」 時間も時間だ。まさかこいつ、ここで寝る気なのか。 「…一緒に、寝ませんか」 思った通りのこいつの思考に俺は一瞬動きを止める。黙っていると、ナマエは首をかしげた。 「…兵長?」 「……お前、誘ってるのか?」 こいつは本当に何も分かっていない。馬鹿だ。 「え…?まぁ……そう、ですね。お誘いです。」 「……そういう事じゃねぇ。」 「へ?」 「…お前のお誘いと俺の言ってる誘ってるは意味が違う。」 「意味?」 きょとんとした面で俺を見つめてきやがる。 「……お前まさか、ガキの作り方を知らないなんて事はないだろうな?」 「、へっ?!」 まさかとは思うが一応聞いてみると、また顔を赤くした。……だから、その顔、やめろ。 「な、なな、何言い出すんですかいきなり!!」 「それはこっちのセリフだ。男と女が同じベッドで寝るという事は少なからずそういう意味も込められているに決まっているだろうが。」 「っえ、……あ、え?!私、誘ってるって…!違いますよ!!?」 「……だろうな。」 必死で否定するナマエを頬杖をつきながら眺める。こいつは本当に馬鹿で、底抜けの馬鹿だが、面白い。 「まぁいい…寝るか。」 「えっ?!?」 立ち上がると俺から一歩離れ距離をとるナマエ。それをチラリと見て言う。 「…何もしねぇよ。」 「え…… ほ、ほんと、に…?」 「お前はそのつもりで来たんだろうが。」 「そうですけど……」 「…何だその疑いの眼差しは。やめろ。」 「……」 信じていない様子のナマエを無視し、書類を適当にまとめてから楽な格好に着替える。ナマエはその間ずっと同じ場所から動かなかった。無駄に意識させてしまったんだろうがそういう事も片隅くらいには入れておいてもらわないとこっちだって困る。 「…ほら、寝るんだろ。来い」 ベッドに腰掛け呼ぶと、少し俯きながらこっちを向いて頬を染めたまま口を開く。 「あの…へいちょう」 「何だ?今更一人で寝るとか言いやがったら殴るぞ。」 「っち、違います」 「じゃあ何だ」 今日のところは何もする気はない。こいつを目の前に俺は眠れる気はしないがこいつが一緒に寝たいというのならそれくらいは叶えてやる。まぁ前にも一度この部屋で寝た事もあったしな。 何かを言いたげなナマエを見つめ返すと、自分の服をぎゅっと掴んだ。 「私、そういうの…よく、分からないんですけど……でも……、」 「……は?」 ボソボソといきなり何を言い出すのかと思えば、その行為について話しているようで。 「私…キスしたのも初めて、ですし……だから、それ以上の事も…したこと、ない、ので……」 「…当たり前だろ。お前みたいな馬鹿が経験済みであってたまるか。」 「で、ですよね……。いや、っでも、なんというか…。私、恥ずかしいですけど…、でも、兵長にだったら…何をされても、いいというか……」 「………。」 何をされてもいい。 その言葉と表情に、理性がぶち切れる音が自分の中で聞こえた。一瞬思考が止まり、どうしようもない感情が渦巻く。 「なので…私、そのっ……」 「……っお前、どこまで、馬鹿なんだ…」 だが俺は、それを押し殺す。 ここでこいつを抱くのは、違う。というかダメだ。今まで溜め込んでいたもんが爆発してめちゃくちゃに泣かせてしまいそうだ。いやその顔も見てみたいではあるが。いや見てぇな。クソ見てぇ。泣かせたい。──違う、ダメだ。バカか俺は。それは違うだろ。やはり今日のところはやめておくべきだ。 そう思い止まり、ゆっくりと息を吐き出した。我ながら自分を褒めてやりたい。だがそんな俺のことを一ミリも分かっていないような顔でナマエは俺を見る。 「…あの…。」 「いや……確かに、お前をめちゃくちゃにしてみたい気もするが…」 「め、めちゃくちゃ?!」 「…だが、お前のおかげで待たされる事には慣れている。慣れきっている。」 「…え?」 「今更別に……待てない事もない。今すぐじゃなくてもいい。お前に無理をさせても意味がない……それにそれだけが全てなわけでもねぇしな…。俺はお前が自分の想いを自覚したって事だけでも十分だ。今はな」 「…へいちょう…」 「馬鹿にいきなり詰め込みすぎても対処しきれねぇだろ。」 精一杯に大人な対応をして、自分を落ち着かせる。 ナマエは俺の言葉に安心したのか何なのか、表情が明るくなり俺に飛びついてこようとした。 「兵長っ!(ラブ!)」 「──待て、やめろ。触るな。抱きつくな馬鹿野郎。」 「っえ……」 両手を広げるナマエを触らぬように手で制し、止める。 「言っておくがお前の為だ。一緒に寝たいんなら、俺に触るな。そのままベッドに入ってすぐ寝ろ。じゃねぇと犯すぞ。」 「おっ…?!」 「…冗談だ。普通に、寝ろ。」 「………」 意味が分かってるのか分かっていないのか知らないが、そのままナマエは静かになりベッドに入ってきた。そして二人して横になり、その近さに舌打ちをしそうになりながらいろいろと我慢する。 「あの、兵長……す、」 「言うな、馬鹿、分かってる。分かってるから、何も言うな。」 「え、えぇ…何ですかそれ……」 「いいから早く寝ろ。」 今好きだとかそういう事を言われたら確実に理性がぶっ飛ぶ。そのまま戻ってこなさそうだ。だからそう言って黙らせる。 それから黙ったままのナマエに少し落ち着いてきた俺はナマエの髪を軽く撫でてやると、眠たそうに目を伏せた。ガキか、と思いながらもその手は止めない。 「…へいちょう、おやすみなさい」 幸せそうに目を閉じるナマエに、今までの苦労も報われる気分になるのだから、仕方ない。 「…ああ、おやすみ。」 静かに返事をし、そしていつも以上に眠れない夜が始まった。 |