クソめんどくせぇ女が居た。そいつは何かと俺に構ってきていつもうるせぇと思っていた。


『私、リヴァイが戦ってるとこ見るの好き』
『…は?』
『素早くて無駄がなくて、なんというか綺麗なんだよね。見惚れる。』
『……随分と余裕なんだな。そのうち巨人に食われるんじゃねぇのか、お前』
『っはは、そんなわけないでしょ?私はリヴァイと違ってちゃんと訓練兵を経て、こうして調査兵団に居るんだから。そう簡単に死なないよ。死ねないよ』


地下から出てきた俺に興味があるのか何なのか知らないがとにかくいつも俺の横でどうでもいいような事ばかり言ってきていた。空が綺麗だね、だとか、休日は何をしているのだとか。班が同じだったからかもしれないが、それ以外でもアイツは俺によく話しかけてきていた。正直最初は鬱陶しかった。


『どうしようリヴァイ!』
『…何だよ』
『班が再編成されて私たち別々になっちゃったよ!』
『………だからどうした』
『え?!何それ冷たいな!少しくらいは寂しいとかそういう可愛い事が言えないの?』
『むしろ清々するくらいだ。』
『はー?ほんと可愛くないなぁ』
『お前ほどじゃねぇよ。』
『何言ってんの?私はいつも可愛いでしょうが。』
『……笑うところか?』
『違う!』
『…もううるせぇから向こうに行け。』


壁外調査では必ず兵士を失う。アイツはいつも壁外から帰ってくると決まって一日一人で泣いている。ひどく落ち込んでその日は俺に話しかけにも来ない。それも当たり前だとは思う。毎回仲間が目の前で死ぬのを見るのだから。そういう時アイツは一日中これ以上ないってくらい悲しみに浸り、そして次の日からは振り向かずに生きるのだという。俺はその悲しみに浸るというアイツがいつも一人で行くその場所を知っている。


『っうわ、リヴァイ…なんでここに居んの…』
『…お前、壁外調査の次の日はいつもここに来るだろ。』
『…なんで知ってんの』
『尾けた。』
『ちょそんな堂々と言わないでそんなこと』
『…一人で居たいのなら戻る。』
『……いや、まぁ…いいけど…。でも私、今日はちょっと何も話したくないというか』
『別に何も話さなくていい。俺もお喋りがしたいわけじゃねぇ。』
『…じゃあ何しに来たのさ』
『お前が一人で居たから来ただけだ。』
『……、』


その日、見晴らしの良い丘でアイツは俺に泣き顔を見せた。というか俺が勝手に見に来たんだが。
そして喋りたくないはずのその場所で、俺が居るからかナマエは口を開いた。


『リヴァイは…泣いたりしないの?』
『……泣かねぇな』
『…リヴァイだって辛いでしょう?あの二人…大事な仲間を、失って…』
『……』
『私ね…初めてリヴァイを見た時、なんて無愛想な人なんだろうって驚いた。だけど立体機動で飛んでる姿を見た時、純粋にすごいなってまた驚かされた。訓練も受けてないはずなのに、って。』
『…そうか』
『それで…初めての壁外調査であんな事があったのに調査兵団を続けているリヴァイを見て、また驚いた。強いんだなって。…でもその反面、心配になったというか…。きっと辛いはずなのに、そんな素振り一切見せないから』
『……』
『だから、いつも気になって仕方なかった』


その時、分かった。こいつがいつも俺に構ってきてたのは俺を心配していたからなのだと。だからあんなに話しかけてきていたのだと。


『だからもし…リヴァイが辛くて仕方ない時は…私に、言ってよ。何も出来ないけどこうして側に居るくらいの事は出来るから。』


そう言って涙を溜めながら微笑んだアイツの顔が、今も忘れられない。

それからもまた壁外調査に出る日は来て、別々の班でもお互い変わらず戦っていた。そして自覚はなかったが俺も大分アイツに心を許していた。鬱陶しいなんて少しも思わなくなりむしろ側に居る方が心地良かったくらいだ。

そんな頃だった。いつものように壁外調査に出る日、アイツは開門直前のそんな時に馬を寄せて俺に話しかけてきた。


『ねぇリヴァイ』
『あ?なんだ』
『あのさ……えっと、』
『…何だよこんな時に。』
『いや…なんというかさ』
『…早く言え。もう開くぞ。』
『うん……』


何かを言いたそうなくせに、言いにくそうにするその姿におかしなやつだと思った。


『あのね、』
『だから何だ?』
『……この調査が終わったら、話したい事があるの。』
『は?何だそりゃ。今じゃ駄目なのか』
『今はちょっと…』
『なら今言うんじゃねぇよ。』
『いやそうだけど…、いいじゃん別に!』
『おかしなやつだな。』
『…う、うるさいな。ほら門が開くよ前向いて!』
『いやてめぇが話しかけてきたんだろ』


意味の分からないアイツにそう言って前を向き手綱を握り直すと、また名前を呼んできた。


『だから何だよいい加減に…』
『リヴァイ、死なないでね』


そして急に真面目な顔をしてそんな事を言ってきやがるから、俺はすぐに返事を返せずに何も言えないまま壁外へと出てしまった。なぜいきなりあんな事を言ってきたのか俺には分からなかった。ただなんだか胸騒ぎがして、落ち着かなかった。

そしてその壁外調査から帰ってきて今日で三週間が経った。なのにアイツの言っていた話というのは未だに聞けていない。



「あ、リヴァイ」
「……」


名前を呼ばれ振り向くと、アイツの同期が立っていた。


「…これ、ナマエの机の引き出しに入ってたんだけど…リヴァイに渡してって言われてて」
「……手紙、か」
「うん。読んであげてよ。」
「…ああ。」
「それと…良かったら、会いに行ってあげて?まだ行ってないでしょ?」
「……ああ。」


それだけ言ってアイツからの手紙を渡された。俺はそれを部屋に戻ってからベッドに腰掛け読んだ。


「……何だ、そりゃ。」


それは手紙というにはあまりにもシンプルで余白だらけだった。俺宛の、「好き」とだけ書かれたアイツからの告白。それだけだった。こんな事をこんなもんで伝えてくるアイツは卑怯だ。だったら自分の口で、俺の目の前で、ちゃんと目を見て言うべきだろう。これがアイツの言っていた「話したい事」だったのか?

ふざけてる。

俺は立ち上がりある場所に向かった。


もうこれ以上は抑えられない。自分の気持ちから逃げるのはやめだ。手紙を握り締めたまま足を速め向かう。早く、早く。気持ちが先走る。

そして目的地に着き、俺は口を開く。



「…何なんだ、これは」



くしゃくしゃになったその手紙を見せて問う。




「……何って、ラブレターだけど」




ナマエは平然とそう言ってのけた。
病室のベッドで、体中に包帯を巻きながら。


「何で手紙なんだよ。口で言え、口で。しかも人づてに渡すな。」
「しょうがないでしょ?ご覧の通り動けないんだからー」


痛々しいその姿は、あまり見ていたくない。


「……この手紙を書いたのは、いつだ?」
「ん?壁外調査に出る前日だけど」
「なら、何で壁外に出る前に言わなかった?前日に書いたのなら、その時に渡せばいいだろ」


言わなかったのは、死ぬ可能性があるからか?伝えたところで壁外調査で死んだら意味がないからか?だったら、手紙に書いたのはなぜだ?
戻ってきたら話したい事がある、ってのは必ず戻ってくるという意味じゃなかったのか?お前はそんなに弱気なやつだったか?

自分でもよく分からないが腹が立った。


「…言おう言おうとは思ってたんだけど…なかなか、言えなくて。手紙だったら伝えられるかなーって思って書いた。それがたまたま壁外調査の前日だったってだけで。でもそんな時にこんな事伝えるのもなんか…ね?だから戻ってきたら伝えようと思ってた。」
「……じゃあ、死ぬ可能性があるから、言わなかったっていうわけじゃ…ないのか」
「なにそれ、そんなわけないでしょ?壁外で死ぬ気なんて更々ない。だからこそ戻ってきてからでもいいかなって思えたんだし。」
「…そうか」
「まぁ死にかけはしたけど…でもちゃんと戻ってきたでしょ?なのにリヴァイ一回も来てくれないんだもん。だからあの子に渡しておいてって頼んだの。そしたら来てくれるかなって思って。」
「……」
「何で来てくれなかったの?ヘマするようなやつはどうでもいいって?」
「………んなわけ、ねぇだろ」
「え?」
「俺はお前が眠りこけてる間に何度も来てるんだよ」
「え……そうなの?」


壁外調査でナマエは班員を助けようとして深手を負った。それでもなんとか一命は取り留めたが一週間ほどは意識が戻らなかった。意識のないナマエに何度話しかけてもこいつは少しも反応しなかった。目が覚めたとナマエの同期から聞いた時はひどく安心し、だがそれからは会いに行かなかった。ずっとナマエの事ばかり考えて過ごし、自分でも驚くほどナマエだらけの脳内に戸惑ったからだ。何を話せばいいのか分からなかった。目が覚め生きているのならそれでいいというのもあったが。


「俺がどれだけ、心配したと思ってる」
「……ごめん。そう、だよね。ごめん…」
「…チッ、」


責めにきたわけじゃない。こんな顔を見に来たわけじゃない。
自分に舌打ちをして、ナマエに近づきその頬に触れた。


「…ナマエ」
「……ん、」


傷の残るその綺麗な顔に、らしくなく心臓が速まる。


「俺もお前が、好きらしい。」


だがそんなもん無視して言った。するとナマエはいつかみたいに涙を溜めながら微笑んだ。


「…うん。私も、好き」


それはあの時のような悲しげな笑顔とは少し違い、それを見て心が落ち着いていくのが分かった。


「…ひとつ、約束しろ」
「…ん?なに?」
「どこに行ったとしても、必ず戻ってくると約束しろ。」


こんな言葉に意味があるとは思わない。死ぬ時は死ぬ。そんな事は分かっている。それでも言わずにはいられないのは、それほどナマエの事が好きだからだろう。


「…分かった。リヴァイを残して死んだりしないよ。」


そのただの言葉に、俺はひどく安心した。


「じゃあ、リヴァイの方こそ何があっても絶対私のところに帰ってきてね?」
「…ああ。当然だ。」


約束を交わし、ナマエは動かしづらそうに手を俺の手に重ねた。


「…ラブレターなんて書いたの、初めてで緊張した。」
「…もっと他に書く事はなかったのか?余白だらけじゃねぇか」
「こういうのはストレートにそれだけの方が伝わるかなって。…でも、もう書かない。それが最初で最後。」
「そうか」
「うん。これからは言葉で直接伝えるよ。だからそれが最後のラブレター。大切にしてね?」
「残念だがもうすでにくしゃくしゃだ。」
「ちょ、大事にしてよ」
「悪いな。あとで綺麗に伸ばしておく。」
「ふっ、まぁ別にいいんだけど……っ、いてて…」


ナマエはいきなり顔を顰めて痛がった。普通に喋ってはいるが体はあまりよくないんだろう。そりゃそうだ。あんまり無理をさせてはいけない。キスでもしたいところだがやめておこう。


「大丈夫か」
「…う、ん。平気」
「無理するな。寝てろ」
「やだリヴァイと話してたい」
「………そういう事を言うのはやめろ。」
「なんで?可愛い?」
「ああ。」
「ちょ……今のは笑うところなんだけど?」


今話さなくてもどうせこいつはまたしつこいくらいに話しかけてくるだろう。
頬を少し染めるナマエに思わず口元が緩む。


「早く治せよ。」


そして髪をくしゃりと撫で、寂しがるナマエに言い聞かせ病室を後にした。


「……、」


ナマエからの最後のラブレターとやらを見てその文字を指でなぞる。そして綺麗に畳んでポケットに大事に仕舞った。

死ぬ気なんて更々ない俺達は、これから先何があってもお互いのもとへと戻ってくるだろう。
それを信じて、前を向き歩き出した。


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