「え…な…ちょ、リヴァイ、さん…?」 「…何だ。」 「いや…何だ、って……それ…」 「…あ?」 あれから駅まで歩きお店を回って茶葉と安めのティーセットを選び、それから食材なども買って家へと戻ってきた。さっそくリヴァイさんはお茶を淹れてくれて、その慣れた手つきに見惚れているとだんだん部屋が紅茶の香りに包まれていった。 そして、さぁ飲もうという時に私は目を疑った。紅茶なんてあまり飲まないから淹れ方も何も知らないけど、でもこれは絶対おかしい。それともそういう作法なのだろうか?いや、違う。こんなの見た事ない。絶対おかしい。 そう、それは。リヴァイさんのカップの持ち方である。 「おかしくないですか?」 「……。」 指を差して聞いてみても、リヴァイさんは答えずにそのまま紅茶を啜った。 「…リヴァイさん?」 「…うむ。うまいな…」 「いやいやいや、うむ。じゃないですよ!何ですかその持ち方?!」 「…何がだよ。紅茶の淹れ方も知らねぇような奴に口出しされる筋合いはねぇぞ。それよりいいからさっさとお前も飲んでみろ。うまいぞ。やはり紅茶はうまい。さすが俺が淹れた紅茶だ。」 「いや気になってしかたないんですけど!?それとももしかしてリヴァイさんの世界にはこういう形のカップがないんですか!?」 「…あぁ?」 「ここに持つ部分があるじゃないですかここを持つんですよ!?しかもよりにもよってなぜそんな持ちにくい持ち方を!?普通のコップは今まで普通に持ってたじゃないですかそれが何でカップになった途端いきなりそんな特殊な持ち方するんですか!!」 「……うるせぇな。クセだ、クセ。」 「クセェ!?それが!?そんな持ち方が?!」 「別にいいだろうがいちいち気にするなよ細けぇ女だな。面倒な女は嫌われるぞ。」 「いや誰に聞いたってその持ち方の方が絶対おかしいですよ!全世界的に!!」 「てめぇ世界の広さをナメるんじゃねぇぞ?こんなクソ平和な世界があったかと思えば、俺の世界なんて巨人が居るんだぞ?世界はまだまだ広い。知らない事ばかりだ。他の世界にもきっと俺達が驚くような出来事がたくさんあるだろう。」 「…確かにそれは…そうですね。……えっと何の話をしてたんだっけ…」 「世界平和についてじゃなかったか」 「いや違いますよ!リヴァイさんのカップの持ち方についてです!!」 「そうだったか」 それとも紅茶好きの人はこういう通な持ち方をするのだろうかいやないな。 「…まぁいいですよ。とりあえず私も飲みます。」 「早く飲めこのグズ。」 「……まぁ、そうですね。はい。いただきます。」 グズって。この人本当に口が悪いなぁ。そんな事を思いながらも私は普通にカップを持ち、それに口をつける。 「……ん、」 リヴァイさんの視線を感じながら口内で味わいごくりと飲み込む。こういうちゃんとしたものを飲んだのは初めてだけど、これは、なかなか。 「…どうだ」 「これは…おいしい……かも?」 そう答えるとリヴァイさんは鼻を鳴らし、またその変な持ち方で一口飲んだ。 うん。思っていたより悪くなかった。これなら飲めるかも。 「そうだろう。」 「はい。リヴァイさんがこれからも淹れてくれるってんなら飲んでやってもいいですよ。」 「何でそんな上からなんだよ。」 「でも紅茶ってなんだか優雅な気分になりますよねぇ」 「…どこがだ。」 「だけどその割にはリヴァイさんは変な持ち方だし優雅な雰囲気がこれっぽっちもないですね。何でですか?」 「知るか。そもそもそんな気分にはなんねぇよ。」 「そうですか?なんかコーヒーとか紅茶を飲んでるとゆったりと時間が流れてるような気分になりません?だからリヴァイさんもお紅茶が好きならもっと優雅な口調にして下さい。」 「何言ってんだ?てめぇ」 「だって。リヴァイさんって敬語とか使えないんですか?」 「言ってる意味が分かんねぇな。」 「もうリヴァイさんも大人なんですからその言葉遣いとすぐ手が出るクセを治しましょうよ」 「そんな事お前には関係ないだろ」 「いやありますよ。でこぴん痛いんですよ。」 「あれくらいで…ひ弱かよ。」 「いやいやいや。そもそもでこぴんっていうのはもっと軽いものなんですよ?ちょっとした罰ゲームとかに使われるくらいお手軽っていうかお手頃な痛さっていうか。なのにリヴァイさんのでこぴんって、破壊力がヤバイんですよ。」 「どうでもいい。」 「よかないですよ!本当に痛いんですから!リヴァイさんは普段巨人を相手にしているという自覚があるんですか?それに比べて私はただのか弱いフリーターなんですよ?力の差は歴然でしょう?」 「そうだな。お前なんて一瞬だぞ。」 「ちょ、何がですか。何が一瞬なんですかやめて下さい。」 リヴァイさんと軽く言い合いながらのティータイム。こうしていると他の世界から来た人には見えなくなってくる。だけどリヴァイさんはこの世界の人ではない。本当、何が起きたらこんな事になるんだろう?違う世界があるのも驚きだし、そこから飛ばされちゃうってのも更に驚きだし。しかもそれを信じちゃう自分にも驚きだし。でもなぜか信じれちゃう。不思議だ。 「…なんか、謎ですよね」 ポロリとその言葉が思わずこぼれた。それに対してリヴァイさんは「何がだ?」と返す。 「いや…なんか、私たちがこうしてお茶している事がです。」 「……いきなりどうした」 「だって、本来なら巡り合わないはずの二人なのに、こうして今一緒に居て喋っているんですよ?謎です。」 「…まぁ、それは、そうだな。今更だけどな。」 「これはこれで、面白いですけど」 「ちっとも面白くないんだが」 「なんか冷静に考えてみると意味が分からないですよね。何でこんな事になってるんでしょう」 「…俺が聞きたい。」 「謎ですね、ほんと。」 この世界の人間ではない人に紅茶を淹れてもらい、それを飲む。共通点なんか一切なさそうな二人が同じ屋根の下で過ごし、お互いを知り合っていく。超平凡な私の人生で誰がこんな展開を思いつくだろうか。謎すぎて面白い。 「そういえばリヴァイさんって結婚とかしてるんですか?」 「……してない。」 リヴァイさんにはリヴァイさんの世界での生活が当たり前だけどある。世界観や生活感があまり見えてこないけど、そこではリヴァイさんの日常がある。想像しにくいけど、でも友達とか家族とかも普通に居るはずだ。 「じゃあ、恋人とかは居たんですか?」 「……居ない。」 「…独り身の…30代…」 「オイ。何だよ。女なんか作っていちゃついてる暇なんかねぇんだよこっちには。哀れんだ目で見るなクソガキ。」 「あっ、でも、もし恋人とかが居たりしたら可哀想ですもんね。リヴァイさんはいきなりこっちの世界に来たわけですから、恋人が急に姿を消したら不安にさせちゃいますもんね。そう考えると居なくて良かったですよ。」 「自分から言っておいてフォローするんじゃねぇ。やめろ。」 「ははは」 「…そういうてめぇは男居るのか?居ねぇだろ?居るわけがねぇ。いい、言わんでも分かる。」 「ちょっと何ですかそれ。傷つくんですけど。一応聞いて下さいよ」 「居るのか?」 「居ないですけど。」 「…だろうな。」 「だろうなって何ですか!言っておきますけど、これでも私けっこうモテモテなんですからね?嘘ですけど!」 「嘘なのかよ。バラすのがはえーよ。」 「いや…言ってはみたもののわりと恥ずかしくて…」 「本当に恥ずかしい奴だな。」 「い、いいじゃないですか別に。今は居ないですけどそのうち出来る予定です。」 「まぁお前に男が居ようが居まいがどうでもいいがな。」 「え…。なんだろ…それ、地味に嫌ですね。少しくらいは気にして下さいよ」 「じゃあお前は俺に女が居たらどう思う?」 「……こんな人と付き合える人って、どんな物好きなんだろうって…思いますね、って痛ッ!?」 「そうか。そんなにでこぴんが好きか、お前は。分かった分かった。」 「…っ痛いですってだから!!本当にやめて下さい!!」 「うるさい。叫ぶな。」 おでこを押さえながら変な持ち方で紅茶を啜るリヴァイさんを睨む。その持ち方は一体何なんだと思いながら、目に入ってきた時計の針が意外にも進んでいる事に気がついた。バイトまでの時間が何気に迫っている。 「あ、そろそろお昼ご飯作らないと……」 「……もうそんな時間か。」 「ですね…ちょっと待ってて下さい。適当にハムでも焼いてきます。」 私も紅茶を一口飲み、立ち上がる。するとリヴァイさんが口を開いた。 「それくらいなら、俺にでも出来る。」 「え?」 「俺にも出来る。」 「…はい?」 「だから俺がやるっつってんだよ。」 そう言って立ち上がり、キッチンへと向かいだす。え?と思いながら私はそれを追いかけ背中に投げかけた。 「リヴァイさん、いいですよ。リヴァイさんは優雅にティータイムしてて下さいよ。」 「いいや、俺が焼く。焼かせろ。」 「焼かせろって…」 どうやらハムを焼く気満々のリヴァイさん。 「…あの、別に気を遣わないでいいんですよ?ゆっくりしててもらっていいんですから」 「落ち着かねぇんだよ。ずっと何もしないでいるのは。」 「まぁそうかもしれないですけど…」 「お前は仕事に行く支度でもしておけ。ハムは俺に任せろ。」 「任せろって……いいんですか?」 「ああ。むしろこれくらいさせろ。じゃなきゃ暇で死ぬぞ、俺。」 「そうですか…。死なれるのは困りますね…」 そう言いながらフライパンを取り出しコンロに置いてそれに油をひくリヴァイさん。そのすでに手馴れた手つきに、任せてもいいような気もしてくる。 「…じゃあ…、お願いしてもいいですか?」 「そう言っているだろう。」 「…ありがとうございます。それとあとは目玉焼きでもあればいいと思います。」 「分かった。」 冷蔵庫からハムと卵を取り出す姿を見てから、気になりながらもキッチンをあとにした。 それから支度と言っても化粧くらいしかやる事がなく、リヴァイさんの方に気をとられながらも軽く化粧をし、紅茶を飲みながら待った。すると少ししてからリヴァイさんがお皿を持って来てくれた。 「できました?」 「ああ。言葉通り焼いただけだが。」 「十分ですよ。お昼ですし」 それとトーストを一緒に並べ、リヴァイさんも向かいに座る。 「では、いただきます。」 「……」 手を合わせ言って、ハムを口に運んだ。 「(もぐもぐもぐ)ん…、おいしいです。」 「…そうか」 こんなふうに家族以外の誰かと一緒に暮らすのは初めてだけど、リヴァイさんとならこれからも普通にやっていけそうな気がするから不思議だ。謎だらけなのは変わらないだろうけど。 「あ、夜ご飯は私帰ってきてから作るので、待ってて下さいね。」 「ああ。」 ちなみに今のところ私の中での一番の謎は、リヴァイさんの変なカップの持ち方である。 |