リヴァイ兵長の部屋の窓から外を見つめる。空からは雪が降っていて外を白い世界へと変えていく。私は机に向かい何やら書類を見つめている兵長の背中に声を掛けた。



「兵長兵長!」
「…何だ」
「見て下さい、雪が積もってきました!」


振り向きながら背中にそう投げかけても兵長はこちらを向かない。


「そうか。」
「いや見て下さいよー!」
「いい。」
「何でですか!見て下さいよ!」
「お前が見てろ。」
「私は見てますよ!今にも外へ飛び出しそうな勢いで見てますよ!」
「窓を割るなよ。」
「ちょ、何で兵長そんなに無関心なんですか?雪ですよ?!」
「興味がない。」
「何でですかもう兵長のおたんこなすー!」
「(うるせぇな)……ナマエ、ちょっと来てみろ。」
「え?もうっ、何ですか?私の言うことは聞かないくせに自分はそうやってっ」


全く窓を見てくれない兵長は顔を少しだけこっちに向け私を呼ぶ。文句を言いながらも近づき側に寄ると顔に手が伸びてきた。そして。


「……少しは黙れ。」
「むぎゃっ、?!」


いきなり鼻をつままれ、びっくりして反射的にその手を払った。


「いだいっ!っなにするんですかー!もうっ」
「雪くらいではしゃぐな。」
「何言ってるんですかはしゃぎますよ!たくさん積もったら兵長と雪合戦するんですから!」
「…そんな予定はないんだが。」
「えぇっ?!うそ、でしょ…!?」
「どうして俺とそんな事が出来ると思ってたんだてめぇは」
「だ、だって…定番じゃないですか…」
「知るか。」
「じゃ、じゃあ…まさか雪だるまも作らないんですか…?」
「ああ、そのまさかだ。」
「か、かまくらは……」
「作らない。お前どんだけ俺と遊ぶ気なんだよ。」
「遊ぶ気満々ですよ!満ち溢れていますよ!遊びましょうよー!」
「遊ばない。」
「心配しなくても兵長の分の手袋も持ってきましたよ!?」
「そんな心配はしていない。」
「じゃあ何が…?!」
「仕事があるんだよ俺には。」
「ひどい…!仕事と私どっちが大事なんですか!」
「仕事だ。」
「マジで!?」
「ああ。」
「ひどいです!こうなったらもうエレンとかコニーとかっ…後輩誘っちゃいますよ!?」
「最初からそうしろ。」
「ええっいいんですかっ!?」
「ガキはガキ同士遊んでこい。」
「ひ、ひどい……私の事は遊びだったんですね…っ!」
「そもそも遊びですらないんだが。」
「え?!じゃあ私って兵長にとって何なんですか?」
「ただの部下だが」
「そうなんですか?!えっでも部下の中では可愛がってる部下ですよね?!超部下ですよね?!」
「ただの部下だ。」
「マジで?!」
「…いや、少し違うな。」
「えっ?!や、やっぱり特別なんですよね?」
「紅茶を淹れるのがめちゃくちゃ上手い、ただの部下だ。」
「結局ただの部下?!微妙に褒められたっぽいけど悲しい!」
「それだけだ。」
「ひどいー!特別なんじゃないんですか私は…!」
「勝手に勘違いするな」
「…で、でも…私の淹れる紅茶は好きなんですよね…?」
「ああ、それはそうだ。むしろそれくらいしか呼ぶ理由がないくらいだ。」
「本当にそれだけ!?」
「お前の紅茶の淹れ具合は最高だ。褒めてやる。もうナマエ以外の紅茶は飲めないと言っても過言じゃない。」
「急に絶賛……。でもそれって紅茶がおいしいってだけでそれが出来たら私じゃなくてもいいって事ですよね…。」
「そうだな。」
「ひどいー!!そこは私以外は受け付けないみたいな雰囲気少しくらいは出してほしかったー!」
「うるせぇ…」
「そんなこと言うなんてっ!もう兵長に紅茶淹れてあげませんよ!?」
「それだけはやめろ。」
「…この人私に求めてるのマジでそれだけっぽい……。もういいですよ…とりあえずエレンたち誘って雪で遊んできます…」


まさかの展開に肩を落とし部屋を出て行こうとする。兵長はこうやって部屋の出入りを許してくれていたから(それも紅茶を淹れろっていう理由だったけど)、私は特別なんだと思っていたのに。


「……待て、ナマエ。」


すると呼び止められ、足が止まる。私は思わず口角が上がりそうになるのを抑えた。
何だかんだ言っても兵長は最後はちゃんと優しくしてくれるんだよね。今みたいに言い過ぎたあとにはちゃんと優しい言葉をくれるんだよ。


「…何ですか?」


そう思いながらも素っ気なく振り返ると、兵長は真顔で言った。


「行く前に紅茶を淹れていけ。」
「……本当にひどいです兵長。」


それは私の勘違いだったのか。





「兵長!雪だるまあげます!」
「…室内に雪を持ち込むんじゃねぇ馬鹿野郎。溶けるだろうが。」


後輩達と外でひとしきり遊びまくったあと、私はまた兵長の部屋に戻ってきた。


「仕事のせいで一緒に行けなかったですけど本当は遊びたかったかなって思って、お土産に雪だるまを」
「いらねぇし、強がってるわけじゃない。」
「でもほら、かわいいでしょう?」
「知らねぇよ。床を汚したらそいつ諸共ぶっ飛ばすぞ。」
「ひどすぎる!兵長には雪だるまを愛でる気持ちがないんですか!」
「ねぇな。ただの雪だろうが。」
「違いますよ!この子は立派な雪だるまですっ!枝で腕も作ったのに…」
「(めんどくせぇ)」
「エレン達なんてすっごい大きい雪だるま作ったんですよ?」
「そうか。」
「で、最終的にそれらを巨人に見立ててみんなでぶっ倒しました。」
「オイ。雪だるまを愛でる気持ちは」
「楽しかったです。」
「…わざわざ見える場所で騒ぎやがって。」
「あ、バレました?遊んでくれなかった当て付けにこの部屋から見える場所ではしゃぎました!」
「いい性格してんじゃねぇか。」
「えへへ!…っあ、ヤバイ雪だるまが溶けてきた!」
「オイ馬鹿…窓から投げ捨てろ。」
「投げ捨てろ?!せっかく兵長にって作ったのに!」


雪だるまはポタポタと私の手から零れ落ち始める。床が!と思いながらあたふたしていると兵長がため息を吐いた。


「……じゃあ窓の外に置いておけ。」
「えっ、いいんですかっ?」
「そこなら邪魔にならない。」


仕方ないといったオーラを出しながらも飾る許可をくれる兵長。喜ぶ私。さっそく窓を半分開け、閉まっている方の窓のちょっとしたスペースに雪だるまを置いた。


「やだかわいい!」


窓を閉め確認すると外から雪だるまが中を覗いているみたいで愛らしい。


「兵長見て下さい!」
「……ああ。」


兵長はそれをチラリとだけ見る。


「あ、でももし窓開ける時には気をつけて下さいね?いつもみたいにバターンってやると雪だるま吹っ飛んじゃうんで。」
「…めんどくせぇな。」
「こっち側は開けないで下さい」
「分かった分かった。それより、こっちに来い。」
「なんですか?」


鼻をつままれた時よりも柔らかい声色に、警戒せずに近づく。すると座ったまま私の両手を手に取った。


「お前…手が真っ赤だぞ。手袋はどうした」
「あ、途中でなんか邪魔になったんで捨てました。」
「捨てんなよ馬鹿か」
「でも手袋やってても普通に冷たかったですし。それにうまく雪を投げつけられなかったんで…」
「後輩相手に本気出すなよ。」
「楽しかったです。」


私の手を広げ赤くなっている指先を見つめる。正直もう感覚がない。冷たいというか痛い。
その手を、私よりも大きい兵長の手が包んだ。その行動にまた驚いて目を見開く。でもその手を払いはしなかった。


「…あ、あの」
「何だ」
「…兵長まで冷えちゃいますよ」
「お前が馬鹿だから温めてやってるんだろうが。」
「……。」


感覚もなく冷え切っている私の手はまだ兵長からの温かさを感じていない。だけど、温かい気持ちになる。
やっぱり兵長は最後はこうして優しくしてくれる。


「兵長、寒いです」
「…だから、温めてんだろうが。」
「手だけじゃなく全身が冷えてます。」
「……」
「……。」


その言葉に兵長はゆっくり顔を上げ、私を見つめる。


「…お湯をぶっかければいいのか?」
「違います!!」


思ってた反応と違う。そこは黙って抱き締める展開だと信じていたのに。すると兵長はパッと手を放し机に向き合ってしまった。あぁ、まだ温まっていないのに。


「冷えた。紅茶を淹れろ。」
「えぇー…私まだ手の感覚が戻ってないんですけどぉ…」
「紅茶を淹れられなくなれば、お前に何が残るんだ?」
「ひどい」
「さっさと淹れろ。お前も飲め。」
「私も飲んでいいんですか?」
「それで体を温めろ。」
「……」


兵長の温もりではなく紅茶で暖をとる事になってしまったが、まぁ良しとしよう。手をすり合わせながら紅茶を淹れる為に兵長から離れた。
そして紅茶の用意をし戻ってくると、兵長が背もたれに腕をかけながら窓を見つめている姿が目に入ってくる。


「…やっぱり兵長も遊びたかったんですか?」


話しかけるとゆっくり振り向いた。


「…いや。」


後輩との雪遊びも楽しかったが、兵長と雪合戦したかった。私は。
カップに紅茶を淹れていると兵長が雪だるまを見ながら口を開く。


「頭の部分、落ちたぞ。」
「ええっ?!うそ!?」


それに驚き雪だるまを見るとそこには体と腕だけが残されたなんとも悲しげな姿があった。頭は下まで落ちて行ってしまったみたいだ。


「マジか!!」


愛らしさはなくなり、しかし兵長は特に気にしていない様子でカップに口をつける。うまい、という言葉が聞こえてきたがそれよりも。


「……雪だるまさん…」
「どうせ溶けるもんだろうが。気にするな。」
「そうですけどぉ…いくらなんでも早すぎます…」
「…ならまたあとで作ればいいだろ。」
「……じゃあ、兵長いっしょに作ってくれます?」
「それは無理だ。」
「無理ってなんですか!」
「いいからとりあえずお前も紅茶を飲め。そして暖炉で暖まれ。」
「……。」


もういろいろと悲しくなってきた。
しょんぼりしながら自分の紅茶を飲みカップを両手で包む。


「…仕事に一区切りついたら、付き合ってやらん事もない。」
「……え?」


兵長を見ると、その目は書類に向いている。


「お前が雪だるまを作っているのを見るくらいでいいなら付き合ってやる。」
「へ…マジですか」
「ああ。だがマフラーと手袋と耳当てをちゃんとつけてやれ。」


一緒には作ってくれないんだ、と思いながらも見ててくれるだけでもこの際もういいや。


「じゃあ、作ったやつをまたそこに置いてもいいですかっ?」
「…次はせいぜい頭部が簡単に取れないよう心がけるんだな。」


その言葉を聞いて嬉しくなり胸が躍る。

この仕事が終わるまでそこで黙って待ってろという部屋に居てもいい許可も貰い、言う通りに過ごした。そして何分か後に二人で外に出て、私はまた雪だるまを作り、兵長はその姿を壁に寄りかかりながら黙って見つめていた。
でもせっかく外に出てきたのだからと一度兵長に向かって雪を投げてみると、簡単に避けられしかも豪速球の雪が返ってきてそれが私の顔面に当たった。さっさと雪だるまを作れと怒られ、痛みに悶えながらせっせと作った。もっと楽しげな雰囲気をイメージしていた私は現実とのギャップに少し戸惑いながらもさっきと同じくらいの小さな雪だるまを作り終えた。すると戻るぞと言って兵長はすぐに中へと入って行ってしまう。待って下さいと追いかけると足を止め私と向き合い、髪や服についた雪を払い落としてくれた。そして戻ったら紅茶を淹れ直せと言う兵長に、私は満面の笑みで返事をした。

結局勘違いではなく何だかんだで優しくしてくれる兵長の為に、今日でも明日でもいつだって私は紅茶を淹れるのだった。


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