昨日あれから兵長と廊下を歩いていると興奮してる様子の皆が駆け寄ってきて、私一人で掃除を中断できたことについていろいろと聞かれた。それはそれは思わず後ずさりしてしまうほど皆が押し寄せてきたのでビックリした。
兵長はそんな私たちを横目にスタスタと先に行ってしまうし、一人残された私はいろいろ言ってくる皆を落ち着かせようと必死だった。


『ナマエさん自分で掃除を中断できたって本当ですかッ!?何でですか!?そんな事がありえるんですか!?』
『気づけたのか!?本当に自分で気づけたのかっ!?なぜだ!?』
『だからそう言っているだろう!なぁナマエそうだよな!?そう言ったんだよな!?』
『ふっ…ま、まぁ待てお前ら…そ、そんなわけがないだろう…ナマエだぞ?そんな事ありえないだろう?なぁそうだろ?そうだよな?嘘なんだろ?今なら本当の事を言えば許してやってもいいんだぜ?』
『い、いやでもっ、本当に信じがたい話ですが、ナマエさんはそんな嘘をつくような人ではないかと…!いや本当に信じがたい話ですが!!』
『と、とりあえずみんな、落ち着いて…!』
『『『これが落ち着いていられるか!!』』』


数分間そんなやりとりが続き最後は皆が私の成長に感動して終わり、落ち着いたけど。



「ははっ、でもすごいじゃないか。良かったね?」
「……はい。嬉しかったです。」


本部でハンジさんと会い、昨日の事を話せば嬉しそうに笑ってくれた。


「でもまぁナマエはお馬鹿なところが可愛いんだけどねー。私は変わらずそのままで居てもいいと思うけどなぁ」
「い、いや…それは嬉しいですけど…でもこのままだと兵長にも迷惑かけてしまいますし……」
「いいんじゃない?別に。リヴァイだって迷惑と思ってないだろうし。」
「それは……確かにそう言ってくれていますけど……」
「でしょ?むしろ少し手の掛かるその感じが可愛くて仕方ないのかもしれない。」
「……。」


ハンジさんは前に、兵長は私に対して二つの顔を持っていると言っていた。一つは上司としての顔。そしてもう一つ。言われた時は分からなかったけど、今はもう分かった。


「…あの、ハンジさん」
「ん?」
「私、分かったんです。」
「……何が?」


きっとハンジさんも私の気持ちを私よりも分かっていて、教えてくれようとしてたんだ。


「前にハンジさんが言っていた事です。リヴァイ兵長が私に対してどう思っているかみたいな……」
「……あぁ!あ、そうなの?本当に?」
「はい。私は本当に馬鹿なので分かるまで時間がかかってしまいましたが……おかげさまで自分の気持ちにも気づく事が出来ました。ありがとうございます!」
「そっかそっか!それは良かったじゃないか」


嬉しそうに笑ってくれるハンジさん。私はこうやっていろんな人に支えられている。兵長だけじゃない、ハンジさんも班員のみんなも後輩達も。周りの人にたくさん助けられている。だから、ちゃんとしないといけない。少しずつでも変わらないと。

昨日みたいに、出来る事から、少しずつ。





「……ふう、」


読みかけの本を閉じて、目の前にあるカップに手を伸ばす。


「………オイ。」


紅茶を飲みながらチラリと兵長を見ると、兵長も読んでいた本から顔を上げていた。


「はい?」
「お前……それ、読み終わったのか?」
「え?」
「だから、今読んでいたその本だ。」
「……あ、いえ…まだ途中、ですけど。」
「………。」
「…もしかして早めに読み終わってほしい感じなんですか?」
「……違う。お前、大丈夫か」
「え?…何がですか?」


本を閉じテーブルに置いて兵長はなぜか私を心配する。

今日も一日本部の方で活動し夜は古城へと戻ってきた。私は兵長の側に居てもそれなりに落ち着けるようになり、そして今は兵長の部屋で久しぶりにお茶を飲みながら二人で本を読んでいたんだけど。


「……。」
「…えっと…」


兵長は訝しげな顔をする。私は何か気に障るような事でもしてしまったんだろうか?


「…お前、いつも本を読み出すと声をかけるまで本から意識を離さなかっただろうが。」
「あぁ…はい…」
「なのになぜ今いきなり途中で読むのをやめた?」
「…え……あ…、そう、ですね。確かに…あれ?何でだろう……」
「…掃除の件もそうだったが、こうもいきなり普通になられると気色悪ぃんだが。」
「そうですね……どうしよう……」
「…いやどうもしなくていい。ただ気になるだけだ。」
「……自分でも、よく分からないんですけど……」
「……。」


確かに私は今まで本を読み始めると周りの事が一切見えなくなり読み終わるか誰かに止めてもらうまでそれにずっと集中してしまっていた。だから兵長に一人で読むのは禁止されていた。なのに何で今、途中でやめる事が出来たんだ?


「わ、私…、なんかっ…大丈夫ですかね?おかしくなっちゃったんですかね?」
「…元がおかしいだけで、これが普通なんだがな。」
「そうですけど…いきなりだとちょっと怖いです……もしかして私変なものでも食べたのかも…」
「いや何食ったんだよ」
「だっておかしくないですか?」
「おかしいのは前からだろうが。今更そこを気にするな。」
「……。」


今までがダメだっただけで兵長の言う通りこれが普通なんだ。何も怖がる事はない。はず。 だけど……。いやしかしいきなりすぎやしないか?しかも自覚がないというのがまたおかしい。前から迷惑はかけないようにしたいと思っていたのに出来なかった。なのになぜ今いきなり?

いろいろ考えていると、兵長が口を開く。


「…あんまりすぐに変わろうとするなよ」
「……え?」
「前にも言ったが、お前はお前のペースでいい。」
「……兵長…。」
「まぁ…遅すぎるのもどうかと思うが」


紅茶を一口飲み、そう言ってくれた。

兵長はいつもこうして私に合わせて待ってくれる。それは嬉しいし今までもそれに甘えてきたけれど、でもやっぱりあまり面倒をかけたくないというのがある。優しいからこそ、それに甘えすぎてはいけない。


「…ありがとうございます。でも…いきなりすぎて自分でも怖いですけど、嬉しいです。こうやっていろいろ自分で出来るようになれば、兵長もいちいち私を気にかけなくてもよくなりますし。」
「……別に、お前が何でも一人で出来るようになっても関係ない。気にはかける。」
「え……そうなんですか?…私って、そんなに信用ないんですか…?」
「違ぇよ馬鹿。普通に好きだからだろうが。」
「……っ」


好きだとサラリと言う兵長。その言葉に私の心臓は速度を速め始める。もちろん、分かってはいる。分かってはいるんだけど言葉にされるとドキドキしてしまう。
熱が顔に集まってくるのを感じながら黙っていると、兵長がテーブルに手をつき腰を上げた。そして私に手を伸ばしてくる。


「……ナマエ、」
「っえ、……っ、」


指であごを上げられ、あっという間に私の視界が兵長でいっぱいになり唇が重なった。一瞬思考が止まり、二度目のそれにまた驚く。



「はぅわっ?!」


思わず体を引いて距離をとると見えた兵長の表情は少し楽しそうで。さっき以上に熱が顔に集まってくる。


「あ…っう……、へい、ちょうっ!あ、あの……!」
「何だ。」


座っていられず立ち上がって後ずさると、兵長も私に近づいてくる。


「きゅ、急にキスしないで下さいよ!」
「急にしたくなるんだから仕方ねぇだろ。」
「っな、何でですか!!」
「いや…というか今のは、お前のその顔が……」
「はいっ?!」


じりじりと距離をつめてくる兵長。私は壁まで追いやられる。


「お前のその顔……悪くない。」
「はっ?!」
「だから、その馬鹿みてぇに赤くなってる顔だ。」
「…なっ、なんで!ですか!」
「何でだろうな……何でだと思う?」
「いや知りませんよ!!」


ついには腕を曲げ壁につけて、至近距離で私を見下ろしながらいじわるな顔で言う。


「どうやら俺はお前のそういう顔が好きらしい。」
「なっ……!どういう、こと、ですかっ!」
「そのままの意味だが。」


ニヤリと口角を上げる兵長にだんだん耐えられなくなってくる。


「ちょ…へいちょう……ほんと…は、はなれて、くださ、い」
「それは出来ねぇな」
「 な……」


そう言ってむしろ距離を縮めてきて、息がかかるくらいの近さに顔がくる。


「あ……ぅ…っひ 、」


それから耳や頬へと焦らされるように唇が触れていき、体を強張らせていると最後にそれは唇へと落とされた。ドキドキとしながらも甘いそれに慣れていない私は少しクラクラしてくる。そしてゆっくりと音を立てて唇が離れると、思わずストンと腰が落ちた。


「……っ」


身体中が熱くなり膝に顔を埋める。


「っう、ううぁ〜…っ」
「オイ……どうした」
「っど、どうしたじゃないですよっ!!」


その言葉に思わず顔を上げると、私に合わせて屈んだ兵長と目が合う。


「耳まで真っ赤だぞ。」
「っそんなの、当たり前…じゃないですかっ……」
「…お前はもう少し、慣れた方がいい。」
「無理ですよぅ!」
「まぁ…その反応も面白いが……それよりも、慣れることの方が最優先だな。」
「っどういう、こと、ですか」
「…慣れる為には、それを何度も繰り返していけばいいだけの話だ。そうすりゃそのうち慣れる。」
「なっ……え、っちょ、む、り… !」
「無理とか言うんじゃねぇ。傷つくだろうが。」


楽しそうな兵長は全然傷ついてなさそうに顔を近づかせ、それから何度も何度も唇を押し付けキスを繰り返してきた。逃げることも許されずされるがままの私はもう何も考えられなくなり目をつぶりひたすらそれに耐える。


「っん 、は ……っ」


いったいなにがどうなって。

もうほんとうにワケが分からなくなってきて、だけど私の中は兵長で満たされていく。
どれくらいそれをしたのかも分からないままようやく唇が離れると、うっすらと涙が浮かんでいる私の瞳に映る兵長の顔が少しぼやけて見える。


「……少しは慣れたか?」
「……っ、そん…なの、…わか、り…ません……、」
「そうか。それでいい。」
「…よく、ない………」
「はッ……これ以上は止めておくか。俺が耐えられなくなる。」


兵長は満足したのか立ち上がり、私を置いて一人イスへと戻る。ボーっとそれを見届けながらも何も考えられない私は少しの間そこから動けないでいた。そして兵長の部屋には当分来ないでおこうと、あとになってひそかに考えるのだった。


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