「リヴァイさんがとても回りくどい人だという事が分かったところで、もっと他にもリヴァイさんの事を聞かせて下さい。」 「…あ?」 髪の水気をタオルで拭き取りながらお風呂から出てきたリヴァイさんに、もっと話さないかと持ち掛ける。 「暇ですし、話しましょうよ。私明日はバイト昼過ぎからですし。」 「……」 「リヴァイさんの…その、調査する…壁の外に出て巨人と戦う団?の話とか聞きたいです」 「何だその団は。俺が所属しているのは調査兵団だ。」 「あぁ、それです。調査兵団。」 訂正しながら、床に座り込んでいる私の向かいに座るリヴァイさん。 「…どんな話するんだよ。」 「リヴァイさんは何で調査兵団に入ったのか…とか。」 「そんなもん何も面白くねぇぞ。」 「別にいいですよ。リヴァイさんに面白さとかオチとか求めてないですし。」 「……」 「単純にリヴァイさんの事が知りたいだけです。嫌じゃなければですけど」 「…話してもいいが…お前が思っている以上に面白くねぇぞ。それでもいいか?」 「はい。聞かせて下さい。」 「……分かった。」 仕方ねぇな、と言ってリヴァイさんは話し始めた。 しかし私はそんな世間話でもするかのようなノリで聞いてしまった事を、すぐに後悔する事になる。 リヴァイさんは兵団に入る前は地下街というところで生活をしていて、そこがどんな場所で、そしてそこには大切な仲間が居たという事をまず話してくれた。それから今は団長をしている人に調査兵団に連れて行かれた事や、入団して初めての壁外調査でその仲間を失った事…そしてその時に彼の中で調査兵団でやっていくことを決めた事。調査兵団は壁外調査で多くの兵士を失いながらも、人類の為に壁の外に出続けている事。それからリヴァイさんは兵士長という立場になり、今やたくさんの部下が出来た事。だけど未だに謎が多くまだまだ戦いは終わりそうにない事。 それらの事を聞いて私は、本当に思っていた以上の彼の過去に途中から相槌を打つのも忘れただ聞き入っていた。 「…まぁ、こんなところか。」 「………」 一度も表情を崩さずに話し終えたリヴァイさんに対して、私はどんな顔をしているのだろうか。 「どうだ、面白くねぇだろ」 「…いや…あの……面白くないどころか、重すぎて…正直、なんてコメントしたらいいのか分かりません…」 「別に感想は求めてねぇ。お前が話せと言ってきたから話したまでだ。」 「いくらなんでも壮絶すぎます。ほんとすみませんでした…」 「なぜ謝る」 「いやだって…あんまり思い出したくなかったでしょう…」 「……思い出すも何も、忘れた事はない。」 「ちょっと待って下さいなんかもう泣きそうです。もう何も言わないで下さい。」 「何なんだ。なぜてめぇが泣きそうな顔をする」 気を緩めたら泣いちゃう。これ絶対泣いちゃうよ。どんなドキュメンタリーよりも泣けるよ。これがノンフィクションとか何なの。フィクションであってほしいよ。ツラすぎるよ。お願いだから嘘と言ってくれよ… 鼻を啜ると、リヴァイさんは呆れたように言う。 「だから言ったじゃねぇか。」 「ごめんなさい……」 「だから謝るんじゃねぇ。俺にとってはこれが普通だ。」 「や、やめてよぉ!そんな悲しいこと言うのやめて下さいよぉ!そんなのが普通であってたまるかぁ!リヴァイさんだって泣いていいんですよ?!」 「……いや泣かねぇよ。」 「これで泣かないとかほんとやめて!!何なの?!どんな人生を送ってきたらこれでも泣かないでいられるの!?いくら何でもツラすぎ……!リヴァイさんツラすぎ……!」 「……」 「さぁ!泣いてください!!」 「だから泣かねぇよ。泣けねぇよ。」 「何でですか!?」 「泣いている暇なんかない。」 「やめろぉっ!!」 真っ直ぐに前を向いている瞳とその言葉についに涙腺が崩壊する。両手で顔を覆い床に倒れ込む。 「お前が泣くのか」 「だ、だって…!リヴァイさんって、愛想ないなって思ってましたけどっ…そりゃあそんな世界で生きてたら、愛想なんかなくなりますよ…!」 「……」 「リ、リヴァイさん、はっ、強いんですね…私だったら絶対耐えられませんっ」 「…だろうな。こんなクソ平和な世界で生きてりゃな。」 普段はあまり表情を崩さないなぁ、とか。なんとなく思ってはいたけどそんな世界で生きている人だったなんて。想像以上に残酷な世界だ。それなのにどうにか戻ろうとしているなんて、それにも驚きだし。 滲む涙を拭い、起き上がる。 「……でも、話してくれて…ありがとうございます。私に何が出来るか分かりませんが…ここに居る間は出来る限りの手助けはしますので…」 「…助かる。」 「でもなんか本当…アレですね」 「どれだ」 「…いや…なんとなく、リヴァイさんからは違う世界の雰囲気がありましたけど…こうして話を聞くと、本当に根本的に違うんだな、って」 「…そうだな。」 「なんか……思っちゃいますね。」 「……オイ。そんな暗い顔するんじゃねぇよ。空気が悪くなるだろうが。」 「え、いや…明るい空気ではない事は事実でしょう」 「どうにかしろ。」 「私が?無理っす。そんな話を聞いたあとにテンション上げるとか…」 「…なら、次はお前の事を話せ。」 「え?私のこと?」 「ああ。俺にだけ話させるんじゃねぇ。」 「いやちょっと待って下さい。リヴァイさんのあとに話すのはちょっと…」 「何だよ」 「…正直私の人生なんてリヴァイさんに比べたらもうマジで面白くないというか…平坦すぎてクソみたいな人生ですよ…特に何もなかったというか……」 「それでいい」 「え?」 「…そういう話で、いい。聞かせろ。」 「………」 そう言って聞き手に回るリヴァイさん。 本当に特に何もなかった私の人生は人様に話すような内容ではない。それこそつまらないものだ。しかし私も彼の話を聞いた以上は自分の事も話さなければならない。いや本当に聞いててもつまらない話だろうけど。でもそれでいいと言うのなら。 どこから話せばいいのか分からないくらい平凡で何もなかった私の今までを、話した。 健康で仲の良いお金持ちでも貧乏でもない普通の両親から生まれた一人娘で、幼稚園や学校に通って友達と遊んだり、初恋をしたり失恋なども普通に経験して、そこそこの高校に通い部活は入らず彼氏と遊んだり授業をたまにサボったりして普通の青春を送り、高校を卒業してからは実家を離れて職業はフリーター。 すぐ言い終わるようなそんな内容の薄い話をリヴァイさんは何も言わず黙って聞いてくれた。 だけど。 「うわ、何これ本当に何もなさすぎてこれ以上話す事ないです。超平凡。大したエピソード一切ない。なんかヘコんできた。」 「…いいじゃねぇか。それがこの世界の、“普通”なんだろ?」 「…まぁ…多分。中でも私の人生は超平凡だと思いますけど…」 「そんな毎日がこの世界の普通で、お前の日常なんだな。」 「……なんかリヴァイさんに言われると重みが出てきて切ない。…あ、でも、そうだ…あった。あるじゃん。そうだよ。」 「何がだ」 「ありました。私の超平凡な人生の中で、一番の出来事。…リヴァイさんと出会った事です。」 「……」 「そうですよ。私にはリヴァイさんが居ました。これは確実に普通じゃないッ!」 「…そうだな。」 「これこそ非日常な出来事です。まぁこんなこと誰にも言えませんけど…」 「だろうな…言ったところでただの頭のおかしいヤツだろう。まぁあながち間違っていないが。」 「……。」 リヴァイさんと出会った事。これ以上の出来事は後にも先にもないだろう。 この出会いがお互いに何の意味を持っているのかは、分からないけど。 「…さて、お互いの事も知れたところで…そろそろ寝ますか。」 ゆっくりと立ち上がる。 正直、なんだかんだでリヴァイさんの過去話がけっこうキてる。精神的にというか何というか。もうおなかいっぱいだよ。寝よう。 「ああ」 「あ、そうだ…リヴァイさん、今日はベッドで寝てもらいますからね!」 「……しつけぇ」 「い、いやそんな嫌そうな顔しなくても…」 ビシィっと指差して言うと、睨まれた。思わず手を引っ込める。 だけどその為にシーツも干したし、それにあんな話を聞かされたら余計にゆっくりしてほしい。部屋に入りベッドに投げておいたシーツを直しながらリヴァイさんに言い聞かせる。 「私は巨人と戦ったりしないのでそんなに疲れません。なのでリヴァイさんがベッドを使うべきです。それに普段なかなか使わないんでしょう?なら使える時に使った方がいいに決まってるじゃないですか?ベッドでよく眠って下さいよ。寝る子は育ちますよ?身長も伸びるかもですし。リヴァイさん小柄だからもっとよく寝た方がいいんじゃないですか?」 シーツを直し終え、振り返るとリヴァイさんがソファですでに横になりこっちに背中を向けているのが見えた。 「ぅおおおおいッ!リヴァイさんっ?!」 「……何だようるせぇな。」 「コラコラ!?何もう横になってんですか!?」 思わず芸人ばりの声の張り方をしてしまった。いやしかしわざわざシーツも干したというのにベッドで寝ないとか何の冗談だよ? リヴァイさんは肩越しに少し顔を覗かせ迷惑そうな目を私に向ける。 「どうした。お前も寝るんじゃねぇのか」 「えぇ…マジで?マジですかリヴァイさん…それは本気でやってるんですか…?」 「本気も本気。大真面目だ。」 「大真面目なのかよ…。何でそんなに頑ななんですか」 「……」 「ちょ…無視?リヴァイさんってば」 「……」 「リヴァイさん。ねぇ…ねぇってば。」 「……。」 向けられた背中に呼びかける。そして腕を掴み体を揺らしてみる。 「リヴァイさんっ、」 「…寝かせろよ。」 「いやだからベッドで寝てってば!」 「もうここでいい。眠い。動けない。」 「嘘つけぇえい!」 思わず掴んでいる手に力が入ってしまう。眠いんだか眠くないんだかよく分からない視線を向けられたが、逸らさずに見つめる。するとリヴァイさんはため息を吐きながら、体を起こした。 「…お前、俺の立場を分かってんのか?」 「はい?」 「だから、ここは俺の家じゃねぇ。お前の家だろ?」 「そうですけど?」 「なのにそいつを差し置いて俺だけベッドで寝られるか?お前も少しは自分に差し替えて考えてみろ。お前が俺の部屋に来たとして、お前は俺のベッドで寝られるか?」 「……ね、寝れ、ます。爆睡です。」 「嘘ついてんじゃねぇこの野郎。」 「えぇー………じゃあ、一緒に寝ますか?」 「どんな思考回路してんだよ死ね。」 「し、死ねって!冗談ですよ!ちょっと言ってみただけです!」 「もういいだろ俺はソファで十分だ。お前は大人しくベッドでねんねしてろ。」 「ベッドでねんねするのはリヴァイさんです!何の為にシーツ干したと思ってるんですか!」 「知らねぇよ。」 「知ってください!リヴァイさんの為ですよ!」 「おやすみ。」 「オイ寝んなこのやろうっ!」 また横になってしまったリヴァイさん。何この人ぜんぜん聞いてくれない! 「あぁもうっ!…じゃあ、こうしませんか?」 「しない。」 「いや提案くらいは聞けよ!」 「…何だよ。」 「確かに私も毎日ソファで寝るのはアレなんで、一日交代にしましょう。それならどうですか?今日はリヴァイさんがベッドで、明日は私がベッド使います。」 「……」 「ね?そうしましょう?そうしましょうよ…ね、そうしましょう!ね!?そうしましょうよ!!?」 「……こえーよ。必死か。」 「必死ですよ!!だってベッドで寝てほしいんですもん!リヴァイさんも大人なら年下の可愛いお願いくらい聞いてくれても良いんじゃないですか!?」 「……猫は自由気ままだからな。それにどこでも寝れる。」 「ここで猫設定ねじ込んでくるのは卑怯です!!」 諦めずに必死でお願いしていると、またため息を吐いて起き上がる。 「……分かった。」 「いい加減ベッドで……、えっ?!」 「ベッドで寝てやる。」 「え、っほ、ほんとですか?」 「ああ…」 「……や、やったー!」 「うるせぇ騒ぐな。」 やっと思いが伝わり、リヴァイさんは立ち上がってベッドに向かう。その後姿を見送りベッドに入るのをちゃんと確認して、部屋まで近づく。 「ドア閉めますか?」 「どっちでもいい。」 「じゃあこのままにしておきますね。」 「ああ」 「おやすみなさい、リヴァイさん。」 「…ああ。」 ようやくベッドに入ってくれた姿を見て、嬉しくて少しニヤける。 まったく猫を手懐けるのは大変だ…なんて思いながら電気を消し私もソファに寝転んだ。 「……」 (ゆっくり眠れるといいな) そしてここから見えるリヴァイさんの背中に願い、目をつぶった。 |