兵長の部屋に呼ばれただ座ってお茶を飲んだあの日から、私はちょくちょく部屋に呼ばれるようになった。 地下室でエレンと何を話したのか、とかそんな事を兵長に話してからお互い本を読むというただそれだけの時間。お茶を淹れ、兵長に本を借りてひたすら読む。それだけ。 私はここでなら本を読む事を許されたのだ。集中しすぎても兵長と一緒なら、止めてもらえるから。朝まで読み続けるなんて事にはならないだろうと。 そして今日も兵長のお部屋で、本を読んでいる。 「オイ、今日はもうやめとけ。」 机に本を立てながら読んでいると向かい側から指で本を軽く兵長の方に倒され、私は一時間ほどぶりに顔を上げ瞳にその姿を映した。 「……はい。」 返事をして本に栞を挟み閉じる。 こうでもしないと現実の世界に戻ってこれないなんて我ながらどうかと思う。でも直せるものでもないのだ。 目をこすり、冷めてしまったお茶に口をつける。 「淹れ直します?」 「…そうだな。」 それからお茶を淹れ直し、また兵長の向かいに腰を落ち着かせた。 「皆もう寝ましたかねー」 「どうだろうな」 「エレンはあそこでゆっくり寝れるんですかね」 「……お前はいつもエレンを気にしているな」 「そうですか?でも兵長もそうじゃないですか」 「お前と俺とじゃ変わるんだよ。」 「何がですか?」 「……いろいろだ。」 いろいろ、とそう言う兵長の表情がなんとなくそれ以上聞いて欲しくなさそうに見えて、私は視線を落とす。 「そうなんですか…でもエレンも心細いでしょうし」 「そこまで気にしなくても大丈夫だろアイツは……。それより、ナマエ」 「何でしょう」 「…てめぇは鈍感なのか、敏感なのか、どっちなんだ」 「……はい?」 鈍感?敏感?いきなりの質問に、首を傾げる。 「お前は馬鹿だ。これは誰が何を言おうと間違いない。」 「そうですね」 「それに鈍感でもある。これも間違いない。」 「そうなんですか?」 「そうだ。…だが、お前は今みたいに、会話の途中で相手が追及されたくないような時はそれ以上踏み込んだりしないだろ。いつもそうだが」 「…ん…、そうですかね」 「そういう人の気持ちは察するくせに、鈍感なところは本当に鈍感じゃねぇか。その割り振りはどうなってんだ」 「…それは自分だとよく分からないですが」 「真意が見えてねぇのは明らかだが……」 「真意…?」 確かに私は兵長の言う通り馬鹿なので、だからこういう時兵長が何を思って話をしてるのかは分からない。それに、日々疑問に思う事も多々ある。兵長に関しては結構ある。言葉や行動が、何でそうなるのか分からない事が増えてきている気もする。 例えばこの状況だって、何でエレンと地下室で話したあとによく部屋に呼ばれるのかが分からない。 でも、それを追及しようとは思わない。多分それは兵長が話したがってない事だから。理由は分からないけど、でも兵長がそうしたかったり、考えてる事なのであれば私は理由がちゃんと分からなくてもいい。 ただ出来るだけ兵長の思うようにはしたいと思っている。それは私がいつも面倒をかけてしまっているから、そういう気づける時くらいは黙って思い通りになっていたいのだ。それこそ本当に真意は分からないけど、でも察する事くらいは私でも出来るかもしれないから。 まぁ兵長に限らず誰にでもそうでありたいとは思ってるけど。 「……まぁいい。どうせ馬鹿だから分かんねぇか。」 「…はい!でも、兵長の迷惑にはならないよう精進はします!」 「迷惑と思っちゃいねぇよ。言っただろうが」 「そうですけど……でも本当は面倒もかけたくないんですよ」 「そりゃ無理だろ。」 「そんな…」 「…別に無理に変わろうとしなくていい。どうせ無理だしな。」 「そうですかねー」 「今さら変な方向に努力されても余計面倒だ……お前はそのままでいろ」 「……、」 「心配すんな、面倒ならずっと見てやる。」 兵長はそう言ってくれて、その言葉は私の心に入りじんわりと広がってそこを温かくさせた。 「……ふふ。」 「……なんだよ気持ち悪ぃ」 「私、やっぱり……調査兵団に入って良かったです。」 「……そうか。」 「兵長が居てくれて、良かったです。」 私がここに居れるのは他でもない兵長のおかげだ。調査兵団に入って何度目かの壁外調査で、一度折れかけた心を繋ぎ止めてくれたのは兵長だった。 「……寝るか。」 「寝ますか?」 「ああ…」 兵長は静かに息を吐いて目の前のカップを呷る。 「片付けましょうか」 「ああ、頼む」 それから二人分のカップを下げて洗い、兵長におやすみなさいと挨拶をしてから部屋を出ようと背を向ける。 すると名前を呼ばれ、またそちらに振り向く。 「…何でしょう?」 「……、」 兵長は何かを言いたげに口を開き、だけどそこからは何も発せられる事なくまた閉じた。 「…いや、なんでもねぇ。」 それだけ言い、目を逸らされる。まただ。兵長が何を言いたいのかが分からない。けど、でもこれもまた呑み込んで私も何もないように接すればいいんだ。私にはそれしか出来ない。 「はい。失礼します」 でも、兵長はそんな私の面倒をずっと見てやると言ってくれる。それが単純に、嬉しい。 私はそのまま部屋を出て、月明かりに照らされている廊下を歩く。夜なのに薄く明かりが入ってきていて、外の景色も少しだけ見える。階段を下り、歩みを止め冷たい風を感じながら窓に寄りかかった。 「…ナマエさん?」 声がして、そっちを見るとそこにはペトラが立っていた。 「ペトラ」 「何してるんですか?」 「んー?なんか、夜が綺麗だなーって、思って」 「……眠れないんですか?」 「…いや、今まで兵長の部屋に居たからさ」 「エッ?!」 するとペトラは驚いたように大きな声を出した。ハッとして両手で口を塞ぐ姿を見ながら、どうしたのかと思う。 「大丈夫?」 「え、だ、だって……兵長の部屋に居たんですか?ふ、二人っきり?」 「え?うん。」 「えぇえッ!」 「ちょ、ペトラ。声大きいよ」 「あっ、すみません……いや、でも、なん、何で?いや何でっていうか…何をしていたんですか?いや何をしてっていうか……そんな深くは聞きませんけど……」 「…?べつに、本を読んで、話をしてるくらいだよ?ただ過ごしてるだけ」 「……あぁ…そうなんですか……なんだ…」 「何でガッカリしてるのさ」 「やっガッカリはしてないですよ。分かってました…そうですよね、ナマエさんですし。」 「……やっぱり、よく分からないや。私には」 ペトラが何を言ってるのかですら分からない時があるんだもん。本当に私は馬鹿なんだと思う。 「……ナマエさんは、兵長のことどんなふうに思ってるんですか?」 「え?兵長のこと?」 いきなりぺトラはそんなことを言い出した。 「…はい。」 「……うーん、そうだね………すごい、尊敬してるよ?兵士としても、人間としても。」 「それだけ、ですか?」 「あと…私なんかに愛想尽かさないでずっといてくれるし……うん。なんだろうね、安心するよ。兵長が居てくれると」 「うん、うんうん!そしてっ?」 「そ、そして?」 「他には!」 「ほ、他に……?」 だんだんグイグイと詰め寄ってくるペトラに、少し押される。顔はすごく真剣な面持ちだ。 「……えっ、と…、」 「 ハッ…。……あ、いや。すみません。忘れて下さい……私が口を挟む事じゃないですよね。ごめんなさい」 「う、うん?別に、大丈夫、だけど」 「……まぁ今さら急かす事もないのかな…」 「え?」 「あ、いやっ何でもないです。…おやすみなさい!」 「え、あ、うん……おやすみー、…」 そそくさと去っていくペトラの背中を見ながら、一人残された私は今日は分からない事が多いな……と、月を見上げた。 |