「リヴァイさんっ?!」 電気は点いたままで、でもリヴァイさんの姿がない。どこにも見当たらない。おかしい。どうして?玄関の鍵が開いていた。閉めて出たはずなのに。なぜ? 「ちょ…マジ何で居ないの…?」 もしかして、元の世界に戻れたのか? いや、でも、そんなはずは。そんな急に居なくなっちゃうものなの?挨拶もなしで?それとも彼の意思とは別にいきなり戻れたりするものなんだろうか。いや、でも、いや。…分からない。 「あ…スウェット…」 ふと、貸していた私のスウェットが丁寧に畳まれてソファに置いてある事に気づく。 咄嗟に窓を開けて朝干したものを確認するとリヴァイさんの着ていた服がなくなっていた。 「……着替えた?」 でも纏っていたマントとスカーフはそのままだ。 窓を閉め部屋を見渡すと、立体機動装置もベルトもそのまま置いてある。 「……」 玄関を見ると、リヴァイさんの履いていたブーツがない。そして鍵は開けっ放し。 「…もしかして…外、出た…?」 考えたくないけどそう考えるのが妥当だ。 一人で出てほしくないと言ってリヴァイさんはそれに頷いたはずだったのに。リヴァイさんにはまだ外の事をちゃんと教えていなかったから出てほしくなかった。信号は赤になったら止まらなければいけない事や、車道には出ないようにするだとか、この世界の基本的なルールをちゃんと説明していない。大人だとはいえ、掃除機くらいであんなに感動するような人が、一人で行動するなんて危なすぎる。 そもそもちゃんと帰ってこれるのか?家までの道は、分かるのか? 「何で……」 外には出ないって、言ったのに。 いろんな感情が渦巻き、拳を握り締める。それから家を飛び出してリヴァイさんを探しに走り出した。 とりあえず家の付近から回って、雨の日にリヴァイさんが居た場所にも行ってその近くも探し回った。だけど、見つからない。 (居ない…居ない…) 何でどこにも居ないの?何で家から出たの?心配だからって伝えたのに。承諾してくれたはずなのに。事故にでもあったらどうするの?知らない世界で勝手に歩き回るなんて、何かあったら、どうするの? 「ハァッ…っ、どこに、居んのっ…」 足が止まり、膝に手をつき肩で息をする。苦しい。こんなに走ったの体育の授業以来なんだけど。しぬ。 この前リヴァイさんを探してた時ですらこんなに必死には走っていなかった。でも今回は違う。何時に出たのか知らないけどこんな暗くなる時間まで帰ってこないなんて何かあったのかと思っちゃうでしょうが。くそう。 しかもわざわざ急いで帰ってきたのに、更にこんなに走らされるとか何のいじめなの。こんなに汗かかされるとか何なの。 いやもうマジで、あの人どこに行っちゃったの?まさか何かあったの?何なの?無事なの?ちゃんと生きてるの? 「ハァ…っ、」 呼吸が少し落ち着いてきて、顔を上げて近くの壁に背中を預けた。 「……疲れた…。」 喉の渇きを感じ、体が勝手にしゃがみこむ。深いため息が出て肩を落とした。 「(ていうかここどこだよ…私ですら知らない道なのにリヴァイさんなんか帰り道分かるのかよ……あーもう本当疲れた…何してるんだろう私…そもそも本当にまだこっちに居るのかな…リヴァイさん…元の世界に戻っちゃったのかな……ていうかこれ夢とかじゃないよね…私はちゃんと存在している人を探しているんだよね…?くっそ、なんか不安になってきた。あぁもう。ほんっと疲れたし。…明日もバイトなのにな…またこれ筋肉痛になるよ…ちくしょう。)」 だんだん何をしているんだろうとテンションが下がってきた。 こんなところでしゃがみ込んでたら不審者っぽいし。リヴァイさんみたいになっちゃう。 見つからない事にヘコんでいると人が歩いてくる気配がして、反射的に顔を上げる。暗くてよく見えないけど、驚かせちゃうと悪いのでとりあえず立ち上がった。すると街灯で顔が見えてきて、なんとなくその人を見ているとそいつは私を見て足を止めた。 「……お前、」 そこには見覚えのある顔。 「…な……」 この刈り上げ。目つき。小さめの身長。 …リヴァイさんだ。 私も思考と動きが一瞬止まり、目を見張る。 「………。」 もはやここがどこなのかは分からない。闇雲に走り回っていたから。だけど彼だって知らないはずなのだ。 リヴァイさんは少しバツの悪そうな顔をした。 「…リ、リヴァイ、さん」 「……」 良かった。無事だった。見た感じ大丈夫そうだ。 「あの……殴って、いいですか」 そして思わず、拳を握り締める。 「あ?……ッオイ、」 返事を聞く前に殴ろうとすれば、それは簡単に止められてしまった。私の拳なんてきっとリヴァイさんからすれば赤子のようなものだろう。ただでさえ重みのないパンチは疲れ切っていて更に威力がない。でも体が勝手に動いたのだ。思考がそうなったのだ。 「くっ……!こんなところであんたっ、何してるんですか!?」 「……」 「答えて下さい!!」 なんだかヤバイくらい怒りが込み上げてきた。止められた手を払い、叫ぶ。 「一体全体どうしてこんなところに居るんですか!?」 「……道に、迷った。」 「はあああ?!迷った!?何言ってるんですか!?迷う迷わない以前に外に出るなと言ったはずでしょう!?」 「…お前が帰ってくるまでに戻るつもりだったんだが…」 「だからバレるバレないの問題じゃない!!出んなって言ったでしょうが!!!この刈り上げ野郎!!」 「……。」 「何なんです!?何で外出たんですか!!ふざけてるんですか!?」 「…いや…、なんというか、居ても立っても居られなくなったというか」 「なんっだそれ!!そりゃあ気持ちは分かりますけどでも出ないって言ったじゃないですか!?リヴァイさんってそういう人だったんですか!?そんな事する人は夕飯抜きですよ!!?」 「……」 「私はねぇ!!今日一日中ずっとリヴァイさんの事考えて早く帰らなきゃって急いで買い物して…!それで帰ったら家の鍵開いてて!リヴァイさんが居なかった時の私の気持ち分かりますか!?」 「…すまん。」 「一人で出たら危ないでしょ!?本当車に轢かれでもしたらどうするんですか!!」 「…だからあれくらい、」 「避けられるとかそういう事じゃねぇえええ!っていうか一体どんな身体能力してんだよそれ!?」 「……。」 「わ、私がっ…!どれだけ、心配したとっ……!」 「……。」 「……っう、…。ぁあもうっ…、本当、何なの…?!ムカつく…!しかもバレなければいいというその根性が更にムカつく!」 「……。」 汗が目に入ったのか、何かが滲んできて腕で乱暴に拭った。 「ハァ…もう…マジ……。」 「……」 「本当に、心配したんですから…、迷ったとか勘弁して下さいよ…こんちくしょう」 「…すまん。」 リヴァイさんの顔を見ると、目を逸らされる。 「……ケガとかは、してないんですか」 「…ああ…」 「人様に迷惑とか、かけてないでしょうね」 「恐らく」 「ハァ……そうですか。分かりました…もう…なんか…とりあえず、帰りましょう。このままじゃヒートアップしすぎて私が通報されます。近所迷惑になる…ていうかもう多分なってる…」 「……。」 「……って、ここどこだよ…。」 歩き出そうと周りを見渡せば、知らない風景が広がっていた。そうだ、よく分からない道を駆け抜けてきたんだった。それに暗いしここがどこだか余計に分からない。 一人暮らしする為に地元から少し離れ住んだことのない町を選んだ結果がこれか。ちくしょう。 「…お前も分からないのか」 「はい…リヴァイさんのせいで私も迷っちゃったじゃないですか。どう責任とってくれるんですか」 と言いつつスマホを取り出し、家までの道順をマップで出す。便利な時代だよ本当。 「…こっちですね。行きましょう」 「分かるのか?」 「はい。これで家までの道を教えてくれるんです。ほら」 「……ほう」 画面を見せ、指で辿り家までの道を教える。それを見てリヴァイさんは、便利だな…と呟いた。 「いっそのことリヴァイさんにGPSをつけたいくらいですよ。」 「……(何それ)」 それからは私達の間に特に会話はなく、ただ家に向かって歩いた。後ろにリヴァイさんの気配を感じながら、スマホを見ながら進んでいるとそのうち知っている道に出てマップは閉じた。 ハンパない疲労感を感じながらマンションに着き、エレベーターに乗り込む。5階までの距離がなんだか長く感じてしまう。静かすぎて、瞬きをするのにも気を遣うレベルだ。 「……。」 「……。」 気まずい。ちょっと、言い過ぎたかな。いくらなんでも言い過ぎたかな。 人の心配をしてあんなに怒ったのは恐らく初めてで、だんだん不安になってきた。きっとリヴァイさんだって知らない世界で不安だっただろうに。元の世界に戻りたいと、その方法を探そうとするのは悪い事じゃないのに。 「(ヤバイ…なんか…言い過ぎたかも…)」 あの時はなんかもう必死で叫び散らしちゃったけど、あんなに怒る事なかったかな…。 地味に後悔しているとやっと5階に着き、黙ったまま部屋へと向かう。そしてポケットから鍵を取り出して、玄関を開ける。 「……どうぞ。」 先に入らせようとドアを大きく開き、リヴァイさんを見る。 すると目を合わせないままそこから動こうともしない。 「…あの…リヴァイさん…?」 やばい、どうしよう。なんか、何これ…。 怒った?と顔を窺っていると、いきなりリヴァイさんが顔を上げる。少し身構えて、その目を見つめた。 「……ナマエ。」 「っえ、…あ、え…はい…?」 名前を呼ばれ、驚く。そういえば初めて名前呼ばれたかも。ちゃんと覚えてたんだ。 「…悪かった。正直、そこまで心配かけるとは思っていなかった。」 「へ……」 意外にもリヴァイさんは改めてちゃんと謝ってきた。名前を呼ばれた事もそうだし、普通に驚いた。拍子抜けというか。 「…一人で部屋に居ると、ついいろいろ考えちまって何もしないでいるのに耐えられなくなった。お前の言う通り、バレなければいいという問題じゃねぇが…すぐ戻るつもりだった。」 その姿になんだかこっちも申し訳なくなってくる。 「いえ…私も、言い過ぎました。リヴァイさんの気持ちを考えず…すみません。」 「…いや、お前は間違ってねぇよ。」 「いや…そんな、…落ち込まないで下さいよ…」 「落ち込んではいねぇよ。」 「…落ち込んではないのかよ……。まぁ、でも…とりあえず、中に入って下さい。お腹すいてないですか?すぐ作るので一緒に食べましょう。」 「……夕飯は抜きなんじゃなかったのか」 「…反省しているようなので、特別に出してあげます。」 こんな時でも皮肉っぽい事を言ってリヴァイさんは中に入る。私もそのあとに続いた。 「……あ、リヴァイさん。」 クツを脱ぎながら思い出したように名前を呼ぶと、先に入ったリヴァイさんは足を止めこっちに振り返る。 「…おかえりなさい。」 今日バイトに行く時、リヴァイさんに行ってきますを言ったのが何気に心地よかった。一人暮らしだとそういうのも言わなくなるから、久しぶりに言えて嬉しかったんだと思う。こういうのって大事な気がするんだよね。 なのでリヴァイさんにもそれを感じてほしくて、おかえりなさいを言う。本来なら私が迎えられる立場だったのだが。 そのまま返事を待っているとリヴァイさんはぎこちなく口を開いた。 「……ただ、いま。」 少しだけくすぐったい。でも、誰かとこんなふうに言い合えるのは、良いものだ。 |