自分でもよく分からないけど、兵長の想いを聞いてとても落ち着いた。その言葉はすごく嬉しくて、それを伝えてくれた事もとても嬉しかった。だけど驚くほどに私は落ち着いていた。 兵長はこれから先のことも考えてくれている。ずっと側に居れる。好きで居れる。居てくれる。 この残酷な世界をいつか変えて、兵長とずっと暮らす。その為だったら何だってやってやる。巨人だって絶滅させてやる。絶対生き残って、みんなで幸せになるんだ。 「……よし。」 私は三角巾を強く締め直して、決意新たに叩きを握り締めた。 ◇ 「……ふう。」 今日は一日大掃除という事だったので、一度昼食を挟んだがそのあともそれぞれ城中を掃除していた。お昼の時は兵長とは特に何も話さず、あれから目も合わせていない気がする。 だけどあまり浮かれてても良くないので私も一人黙々と掃除をしていた。やはりこの広さだと掃除するのも一苦労だ。 そして気づけば外は暗くなりかけていて、そろそろ終わりかな…と考える。夕食前には終わらせるだろうし、キリのいいところで今日は終わりにしてしまおう。 この部屋の掃除が終わったら兵長のところへ行こうと、最後に雑巾がけをして私は大掃除を終えた。 「あ、グンタさん」 部屋を出て兵長を探していると先にグンタさんを見つけて、声をかけた。 「ナマエか」 「お疲れ様です。そろそろ大掃除も終わりですかね?もう暗くなってきたし」 「あぁ、そうだな……ってナマエ。」 「はい?」 「お前……それ、自分で気づけたのか?」 「え?何がです?」 「だから、掃除がそろそろ終わる時間って事にだ」 「あ、はい…そうですけど。だってもう夕食の時間も近いし…普通に考えたらもう終わりかなって……」 「…なん…だと……」 「え?」 グンタさんはそれはそれは驚いた表情をする。私はどうしたのだろうと少し焦る。 「ナマエが掃除の途中で暗くなってきた事に気づくなんて!!!」 「…え?」 「何って事だ!!皆にも知らせないと!!」 「えっ、えっ…?ちょ……」 グンタさんは興奮した様子で部屋を飛び出して行った。私は訳が分からずそのままそこで呆然とする。……知らせるって何を?掃除が終わる事を?そんなに慌てて? 「なに…?」 よく分からないが、しかし行ってしまったものは仕方ない。とりあえず兵長を探そうとまた歩き出した。そして少しすると掃除中の兵長を発見し、その後姿だけでも胸がきゅんと高鳴ったが、あくまでも部下という気持ちで話しかける。 「兵長」 「……、」 声をかけると振り返り私を見て、動きを一瞬止めた。 「…リヴァイ兵長?」 「……。お前、掃除は」 「あ、え……もう暗くなってきたのでそろそろ終わりかなって…やめちゃったんですけど……ダメでしたか?すみません」 「……、いや…」 兵長は側にある窓から空を見上げる。 「…あの…」 「……気づけたのか」 「はい?」 「外が暗くなっている事に気づけたのか」 「え……あ、はい……」 グンタさんと同じような事をまた言われる。一体何なんだろう。 「あの…それ…グンタさんにも驚かれたんですけど…何でですか…」 聞くと、兵長は三角巾を取って外の方を見つめたまま答えた。 「…お前は、いつも集中すると他の事が見えなくなっていただろう。掃除だって馬鹿みてぇにやり続けていただろ?なのに今日は外の暗さに気づき自らの意思でそれを中断する事が出来た。まぁ普通の人間なら当たり前の事だが、お前だからな。グンタもそれに驚いたんだろう。」 「……あぁ…なるほど…確かに」 そう言われてみると確かにいつも兵長に蹴られて気づくってパターンが多かった気がする。なるほど、それでか。それでなのか。 「まぁ……ようやくお前も人間らしくなってきたって事だな。」 「…それは喜ばしいですね!これで兵長にも少しは負担をかけずに済みます!」 これくらいの事だが、私にしてみればそれだけでも喜ばしい。これくらいの事すらも一人で出来なかったのだから。 嬉しくなり自分の両手を握りしめ兵長に笑いかけると、チラリと私を見てからまた視線を逸らされた。 「……兵長?」 「…今日の掃除は終わりだ。埃を落としてから夕食にするぞ。あいつらも呼んで来い」 そう言いながら目を逸らしたまま私の横を通り過ぎる。 え、ちょっと待って下さい。どうしてそんなふうに目を逸らすんですか? 「っへ、へいちょう、」 その行動に思わず手首を掴みその足を止める。 「あの…、どうかしましたか……?」 そう問うと兵長は相変わらずこっちを見ないまま、私の手を軽く振り解いた。 「えっ……」 「……。」 いきなりの事に頭が真っ白になりかける。 「へい、ちょう……あの……、」 私もしかして何かした?それとも勝手に掃除を終わらせた事がいけなかった?いやでもそんな事で怒らないよね?え、なに?何で私いま拒否されたの?え?なに?なんで?どうして? 手を振り解かれた事に絶望していると、兵長はそれでも目を合わせてくれない。むしろこっちに顔を向けもしない。え?なんで? 「へ、へーちょぉ……」 若干泣きそうになりながら呼ぶと、やっとこっちを見てくれた。それも少し慌ててるような様子で。 「っな、ちげぇ。そういう事じゃねぇ、馬鹿…」 「は、はい?どういうことですか……」 「………。」 眉間にシワを寄せ、黙りこくる兵長。何なんだろう一体。 「…とにかく、違う。」 「だ、だから何がですかぁ…何で今嫌がったんですかぁ……」 「だから違うと言ってんだろうが。」 「え、だから何が……」 「…チッ」 舌打ちされた。 よく分からないまま混乱していると兵長はため息を吐く。私の胸には不安な気持ちがいっぱいに広がる。 「…察せ、馬鹿女。」 「な、なにを…ですか…」 兵長の考えている事が分からなくなる事は前からよくあって、だけどそれを深く追求しようとはしなかった。でも今は違う。ちゃんと分かりたいし、知りたい。だけど今兵長が何を考えているのかが本当に分からない。 「…俺には、今……余裕が、ない。らしい。」 「………え?」 兵長はらしくない表情で、らしくない事を言う。そしてまた目を逸らされる。 「……、」 余裕がない。 まさか、これは、なんとなく、どういう事なのか分かった気がする。 (もしかして、もしかして。) 「リヴァイ兵長……もしかして、照れてます?」 兵長に限ってそんな事あるのだろうかと思いながらもとりあえず聞いてみると、その瞬間ものすごい目つきで睨まれた。そして頭を手のひらで叩かれる。 「ぁたっ、」 「ふざけるなこのグズが。死ね。」 それが驚くほど全く痛くなくて、思わず笑いそうになる。でもここで笑うと本気で殴られそうな気がしたので我慢した。 「………、」 あー、でも、なんだ、そっか。兵長照れてるんだ。なるほど。掃除始める前にあんなこと話したからか。そっか…ようやく分かった。分かりましたよ兵長。 「すみません」 「………」 「でも兵長……かわいい、ですね」 照れてる兵長とか可愛すぎだよ。胸がきゅんきゅんして死にそうだ。 だけど思わず無意識に出た言葉にハッとして兵長を見上げると、顔を見る間もなく視界が揺れた。 「ぎゃんっ?!」 何かと思えばどうやらおもいっきり足を払われたみたいで。 「オイ、口の利き方には気をつけろよ?」 「いだだだだっ!?痛いです!!」 「そうか。良かったな。」 「やっあのっ、ぜんぜん良くないですっっ!!」 うつ伏せに倒れ込むと上から手で頭を押さえつけられ床に頬をぐりぐりと擦り付けられる。……ほっぺが死ぬ!(そしてこの感じデジャヴ!) 「俺が掃除したあとだ。綺麗だろう」 「うぶぶ…!ち、近すぎて見えないですっ……!」 「よーく見ろ。塵ひとつないはずだ。」 「ごめんなさいごめんなさい!とても綺麗です!」 「……」 半泣きで訴えると、兵長はゆっくり手を放す。 「うぅ…。びっくりした……」 頬を押さえながら立ち上がると、そこにはいつも通りの表情をした兵長が居た。 「悪い。つい感情的になった。」 「ええっ」 いや、違う。やっぱいつも通りじゃない。いつもならこんなこと言わない。さっき余裕がないと言っていたのはこういう事なのだろうか。 「や…別に、慣れてるので大丈夫ですけど……。兵長、大丈夫ですか」 「…さぁな。」 「さぁなって……」 曖昧に答え今さっき床に(それなりの力で)擦り付けていた私の頬に触れてくる。今度は優しく。 「お前がやっと手に入って、おかしくなっちまったのかもな。」 そう言ってふっと表情を崩すから、私の胸はまた高鳴り始める。喜んだり不安になったり忙しい私の感情はぜんぶ兵長のせいで、おかしくなっているのは私も同じだ。 「…そんな兵長も、好きですよ」 私に触れているその手に手を重ね、私は頬を緩める。 なんだかんだで全力でいちゃついている私達はお互いに落ち着きがない。どうしたって好きで、溢れ出してしまっている。その気持ちをうまくコントロール出来るようになるまであとどのくらいかかるんだろう。 「……馬鹿だな。」 それもこれから一緒に、出来るようになればいい。 |