「リヴァイさん…行きましょう?」 「……、」 手を伸ばせば彼は私の手を握る。雨に濡れた私達はお互い体が冷えていたけど、その手からは温もりが伝わってくるような気がした。 私が何故こんな雨の中素性も知れない明らかに不審な男の人の手を握っているのかと言うと、それは一週間ほど前に遡る。 私はバイトの帰り道に地面に座り込み暗がりで体を丸めて眠っている人を見つけた。それが彼、リヴァイさんだったわけなのだけど。彼は緑色のマントみたいなものを纏い、疲れ切っている顔で寝ていた。最初は死んでいるのかと驚いたが、呼吸をしていたので寝ているのだと考えた。恐る恐る声をかけると目を覚まし、一瞬で距離をとられた。あまりの俊敏さにまた驚くと彼は私を見て睨みつける。 「てめぇ……誰だ」 「え、あ、…すみません、通りがかったもので……あの、大丈夫ですか…」 「チッ…」 「(えっ舌打ちされた)」 「………オイ、お前は壁を知っているか?」 「え?壁?ってどこの?」 「バカでけぇ壁があるだろうが…」 「バカでかい…壁…えっと…」 「…チッ」 「(うわ、また舌打ちされた)」 「なら、巨人はどうなった」 「え?巨人?えっと……」 「…何で何も知らねぇんだよここの人間は…クソが…」 言葉は分かるのだが意味の分からない事をいう彼に、正直怖くなった。危ない人だと。そういえば最近不審者が出るとかいう噂を耳にしたけどまさかこの人?なんか変な格好してるし……、といろいろ考え無視すればよかったと後悔する。 だけど彼はどうやら私に害を加える気はないらしく、ただここがどこで今日が何日なのか分からないといった感じだった。とても混乱しているみたいで彼自身も訳が分からなそうだった。まさか薬でもやっているのかと疑ったが、なんとなくそんな風には見えなかった。 「あの……お家、とかは……」 「……迷子とかそういう次元の話じゃねぇんだよ。まるで…世界が変わっちまったみてぇじゃねぇか……クソ、どういう事だ…何がどうなってやがる……」 「…あの、とりあえず警察に行かれた方が……」 「ケイサツ?何だそりゃ」 「え……。あ、ポリス?」 「あ?」 「…分からないんですか…?」 「何がだ?何なんだそれは?」 「……」 警察が伝わらない。お家も分からない。もしかして記憶喪失とか? 不安を感じまくりながらも目の前の彼の方が不安そうで、そのままほっとく事は出来なかった。 「あの…名前は分かりますか…?私は、ナマエです。あなたは?」 フルネームを教えるのはさすがに怖いので下の名前だけ伝えると、彼も教えてくれた。 「…リヴァイだ」 「りばい?…あっもしかして外国の方…?日本に来たのは初めてとか?」 「ここはニホンというのか?」 「そうです。いや…でも言葉通じてるし…片言でもないし…。どうやってここまで来たんですか?空港も近くないのに。どうやってここに来たのか覚えてますか?」 「……分からねぇ。気がついたら、俺の知っている世界じゃなくなっていた。」 「…世界…」 確かに、異世界から来ましたと言った方がしっくりはくる。だけどそれはいくらなんでも。 「……何が起きたんだ?巨人はどうなった?」 「巨人って何ですか?」 「……巨人を知らねぇ…なんて、ありえねぇだろうが」 「え…いや…野球、の?」 「は?だから、巨人だ…壁の外でウロウロしてんだろうが!」 「えっいやっ……壁って何の壁ですか!」 「っ……、」 イライラしている様子で声を荒げる。表情はかなり険しい。 彼はぶつぶつと喋り、巨人がどうとか壁がどうとか言っていた。何の話か全く分からず私も混乱する。 「そうだ…ここからは何も見えねぇ…何も見えなかった…」 「え?」 「…上に登っても壁は見えなかった。この世界には壁が存在しないのか?巨人も?」 「登るって…何に登ったんですか…」 「…お前は、立体機動装置を知っているか?」 「え?りったいきどー?」 「…これだ。」 彼は腰回りについている機械みたいなものを触る。変なのつけているな重そうだなとは思っていたが、リッタイキドウソウチと呼ばれるそれは何なのか。 「初めて見ました。多分日本にはないものでは…」 「…そうか。これは、対巨人用に作られたものだ。これで俺達は巨人と戦う。」 「……あー…」 「…分かってないだろ。」 「はい、正直。」 ここまで話が噛み合わない事は初めてだ。この人は本当、どこから来たのだろう。嘘をついてるようには見えない。心底困っているようにしか見えない。彼はため息を吐いた。 「まさかここは壁の外なのか?」 「え?」 「…お前は本当に、壁を知らないのか?」 「だから壁って何の壁です?そこらへんにある壁じゃないんですか?」 「ウォールマリア、ローゼ、シーナ…この名前に覚えは?」 「……ないです。」 「…チッ」 「(うわ、三回目)」 「……もういい。」 彼はそう言って、私の横を通り過ぎようとした。それを私は思わず引き止めた。 事情はまるで分からないけれど、この人はかなり困っているのではないのか。こんな見るからに不審者の彼を他の人が助けてくれるのだろうか。警察も知らないような彼が、いずれ警察に捕まり、訳の分からない事ばかり言って抵抗して逮捕でもされたら彼はどうなってしまうのか。 分からない事だらけできっと彼は今心細いに違いない。 「あのっ…、もっと話を…聞かせてくれませんか…?」 「……あ?」 「ちゃんと話を聞けば、何かしら分かるかもしれません。行く当てもないんでしょう?」 「……」 「それに…随分と疲れ切った顔をしてますけど…ここへはいつ来たんですか?」 「……一週間は、経ったはずだ」 「一週間!?結構ですね!今までご飯とかどうしてたんですか?寝る場所は?まさかずっとさっきみたいに野宿?」 「……」 「もしかして何も食べてないんですか?お金は?やだなんだか急に心配になってきました。」 「……何なんだ、お前」 「良かったら何か奢りますよ。もっと詳しくお話聞かせて下さい。」 それから戸惑う彼を強引に連れて歩き出した。ファミレスにでも行きたかったが、彼の格好があまりにも目立つので仕方なく家に行く事にした。危ない事だと分かっていたしむしろ彼にも「お前正気か?」と言われたが仕方ない。緊急事態なのだから。 そして一人暮らしの私の家に彼を招き、土足で上がろうとする彼に驚き、電気を点けるといきなり明るくなった事に彼が驚き、いろいろとお互いにカルチャーショックを受けながらリビングに入った。 とりあえず今日食べる予定だった夕飯を彼に出してあげた。カレーである。どうやら彼の国では基本的にパンを食べているみたいだったので冷蔵庫にあったナンと一緒に出してあげた。初めは食べるのに抵抗があったみたいだが、私が普通に食べているのを見て彼も少しずつ食べ始めた。 「お口に合いますか?」 「……食った事のない味だ。」 「マジですか…」 「…だが、悪くない。」 「あ、それは良かったです」 この人の世界観が本当に分からない。どんな所で生活していたらここまで私とズレが出来るのか。土足はまだ分かるけど電気に驚くなんて。入ってきた時に部屋を見渡して見た事ないものばかりだとも言っていたし。世界はまだまだ広いという事なのか。 それからカレーを食べながら彼の国の話を聞いた。それはそれは、ファンタジーというか何というか。漫画の世界みたいな話だった。 人類は巨人に支配されていて、巨人が入ってこれないよう大きな壁を作り人類はその中で暮らしているという。そして彼は調査兵団という兵団に属しており、その兵団は壁の外に出て立体機動装置を駆使して巨人と戦い、その謎を調べているらしい。なんとも信じられない話である。 だけど話す彼は至って真剣で、その目は嘘をついているようには見えない。 その話のお返しに私もこちらの国の話をすると彼も私と同様に驚いていたが、彼の場合目の当たりにしている分信じざるを得ない様子だった。 「…あの、その…これから、どうするんですか?帰れるんですか?」 「…分からない。」 「…どうするんですか」 「……」 そんなの彼自身が一番分からないんだろう。 少し沈黙が続き、彼は立ち上がる。 「…とにかく、礼を言う。助かった。」 「え…あ、いえ。」 「だが、お人好しなのは良いがお前はもっと警戒心を持つべきだ。俺が言うのも何だが普通はこんな人間を家に招いたりはしない。」 「本当にあなたが言うのは何ですね…でも、そうですね。気をつけます。」 「それともこの世界ではこれが普通なのか?そこまで平和なのか?」 「いや…私も自分で言うのも何ですが普通ではないと思います。確かに人類の敵は居ませんが、それでも人間は人間で争う事もあるだろうし…事件とかもあります。それでもリバイさんの言う世界に比べれば平和なんでしょうけど。」 「……そうか。」 彼は少し悲しげな目をする。だけどそれもすぐ変わり、私を見つめる。 「食った事のない料理だったが野菜は俺の世界と同じものだ。格好が違うだけで人も同じだ。言葉も通じる。きっと全く違う世界というわけでもなさそうだ。とにかく俺はどうにか戻る方法を探す。」 「…そうですか…」 「世話になった。せめて片付けくらいはする。皿を洗わせろ。」 「え、いや、いいですよ。リバイさんお客さんですし」 「…客なのか、俺は」 「じゃないですか?どっちかと言うと招かざる客って感じですけど。」 「……は、そうだな。」 「なので片付けは私がやります。自分のもありますし、気にしないで下さい。」 「そうか…悪いな。」 「いえいえこれくらい。」 「それと俺の名だが…リバイじゃねぇ。リヴァイ、だ。」 「え?……あ、リヴァイ、ですか?ウにテンテンの方ですね?」 「…よく分からんがそうだ。」 それからリヴァイさんは、当てもなく私の家を出た。私も引き止めはしなかった。悪い人ではなさそうだったが話の内容も雰囲気も普通とは言えなかったからだ。 こうして私はいつも通りの日々の中で、どこか夢のような、現実とは思えない出会いをした。そしてそれは私の胸に少しのドキドキを残し、居なくなった。 |