ずっと一人だった私に誰かと居る温かさを教えてくれたファーラン。こんな私に懐いてくれたイザベル。二人とも家族みたいに思ってた。ずっと一緒に居たかった。

でも、もう居ない。もう会えない。ずっと。どうして?


(どこだ…ここ……)


暗くて、息苦しくて、何も見えない。怖い。一人になるのはもう嫌なのに。


『あ……ファーラン、イザベル!!』


すぐそこに二人の後姿を見つけて駆け寄った。だけど、走っているのに全然追いつけない。手が届かない。


『待って!行かないで!』


どんなに走っても遠くなるばかり。そして何かにつまずき、転んだ。そこには一面に血が広がっていて。


『え……なに、これ……?』


顔を上げると、目の前に二人が転がっていた。


『ひ…っ… な、なん、で……』


二人はもう。


『ファーラン…イザベル…っ』


そうだ、目の前で、見た。二人が、巨人にやられるところを。




「ぅぁああッ、!」



死ぬところを、見た。


「ナマエ!」


この目で。


「…っ、ハァ…っ、!」
「オイ、ナマエ、」
「、な…、っえ……?」


気がつくと、部屋に居た。そこにはリヴァイが居て、私はベッドで寝ていた。


「…大丈夫か」
「……リヴァイ…、」


そっか。夢だ。…また、夢か。

起き上がり頭を押さえる。心臓が落ち着かない。


「ごめん…大丈夫……」


リヴァイには見られたくなかったのに。


「ひどくうなされていたが…お前、よくうなされてるのか」
「……」
「前に寝つきが悪いとか言ってたのも、これが原因だったんじゃねぇのか?」


こんな姿は。


「……いや、違う。なんか、夢…変な…夢だった…」
「…どんな夢だ?」


知られたくなかった。


「……リヴァイが、」


ぎゅっと拳を握る。


「リヴァイが…180センチの長身になる夢だった。」
「……は」
「いやマジ怖かった……超スラッとしてて足長かった……」
「……オイ。」
「あんなのリヴァイじゃない。」
「ふざけるな」
「やっぱリヴァイは小柄キャラだから」
「ナマエ、」
「あんなに大きくなるとおかしいよ。」
「オイ、いい加減にしろ。そんな縁起の良い夢見てあんなうなされ方するわけねぇだろ。」
「…はっ、縁起 良いんだ…。」
「ごまかすにしてももっとマシな嘘をつけ馬鹿。」
「……うるさいな…馬鹿」


違う。そうじゃない。
ちゃんと話すって、決めた。


「とりあえず水でも飲め。汗もすごいぞ。」
「…そう、だね」


本部での仕事を終え帰ってきたであろうリヴァイは少し呆れながらも心配そうに私を見る。外はもう暗い。
タオルを渡されそれで汗を拭き、それから水をもらって飲んで一息つくとリヴァイはベッドに腰掛けた。


「…聞いてもいいか」


そろそろちゃんと話しておかないといけない。夢の事だけではなく、全て。


「……先に、私の方から聞いてもいい?」
「何をだ?」


私はリヴァイが好きだ。一生側に居たい。でもその気持ちを押し付けたくはない。


「リヴァイは、……、」
「……。」


(ちゃんと、聞くんだ)


「……リヴァイは、さ……」


(私の事をどう思っているのか聞けばいい)


「…えっと…。」


(あぁ、ダメだ……)

恨まれているなんて思わない。きっとそんな事はない。この前は動転していろいろ思ってしまったけど、リヴァイは多分私を恨んでなんかいない。きっと今も変わらずに、私を…想って、いる、はずだ。私も、リヴァイも、他の人を好きになんか…ならない。はず。根拠なんかない。けど、そう思う。何でかは分からない。聞かなきゃ分からない。約束したわけでも言い合ったわけでもない。でも。


「……いや…、調査兵団に入ってから…さ」


こんなのただの願望かもしれないけど。


「何だ?」


あぁクソ。もう、ウジウジすんな。


「…私達って……変わったのかな…?」


顔なんか見れず、強く握る自分の拳だけを視界に入れて言う。


「地下に居た頃と…今の私達の関係は…変わったのかな…。リヴァイの気持ちは、…どうなのかな…って、知り…たくて……。」


関係が変わってしまったのはどう考えても分かるのに。聞かなくたって明らかだ。


「……俺は…、」


ただ、リヴァイの気持ちは。


「……いや、お前は、どう思ってんだ」


返事ではないその言葉に顔を上げてリヴァイを見た。


「え…?」
「お前こそ、どう思ってんだよ。」
「……そっちが先に答えてよ」
「いや、お前が先に答えろ。」
「はぁ?何でよ…こっちが聞いてんじゃん…」
「俺もお前の気持ちが知りたい。」
「…いや…だから先にリヴァイが…」
「お前が先でも変わらんだろ。」
「だったらリヴァイが先でも同じでしょ」
「いやお前から言え。じゃなきゃ答えねぇ。」
「はぁ…?意味が、分からない…」


ここまできてこれはない。お互いに。
だけど見つめ合う私達の瞳には不安が混じっている。怖いんだ。リヴァイも、私も。


「……俺は、」
「…え、?」
「俺はずっとお前に良く思われていないんだと思っていた。」
「……、」
「…恨まれている、とまで思っていたわけじゃない。ただそう思われていても仕方ないとは思っていた。だからあの時は…お前にそう聞いてしまった。」


だけどリヴァイは少しずつ、話し始めた。


「…私は、リヴァイを恨んだりなんかしない。…絶対。何があっても。」


だから私も、ちゃんと話す。


「……何があっても、か…」
「そんなの、無理な話だよ」
「…なら…、なぜ、お前は俺から離れようとしたんだ」
「え?」
「ハンジの班に入ったじゃねぇか…。それに調査兵団に入ってからお前は…ずっと、距離を置いてきただろ」
「………、」


だけど多分本当は、お互いに気持ちが変わってない事もなんとなく気づいている。それこそ言い合ったわけでもないけど、分かる気がする。
だって明らかに違う。今まで距離を置いていたのに、この古城で過ごした私達は確実にその距離を歩み寄っている。


「……私は、」


もう、話してしまおうか。


「リヴァイが……私に、負い目を感じている事を…感じていた。」
「……、」


ずっと言わないでいた事を話すのは怖い。だけど。


「だから…それで…私は、リヴァイにそれ以上負担をかけたくなくて……」
「…どういう、事だ」
「……」
「何でお前が負担になる…」
「……私の、調査兵団に残った理由が、…リヴァイ、だから」


空気が、変わる。
リヴァイはなんとも言えない顔をした。


「は…?どういう、意味だ…そりゃ…」
「…私は、ずっと、あの頃からリヴァイに対する気持ちは変わってない。調査兵団に残ったのも、リヴァイが居たから。リヴァイの側に居たかったから。」
「は…」
「それ以外にない。」
「……でも、お前、関係ないって、言ったじゃねぇか…」
「だから……あの時、そう言ったら…リヴァイは私の命に責任を感じちゃうかと思って…だから、言わなかった。負担をかけたくなかった。」
「……」
「それに…私は…もう気づいてると思うけど……あの二人の事を未だにかなり引きずってて…夢に見るし、今でもあの瞬間を思い出すと吐き気がしたり……する。そういう弱いところは、リヴァイには知られたくなかった。」
「……何だ、そりゃ」
「全部私が悪い。私が弱いから…ダメなの。リヴァイは何も悪くないんだよ。私が……」


そうだ。私がもっとしっかりしていたら。強かったら。こんなにすれ違わずにすんだかもしれない。


「……それは、違う。」
「え…?」


リヴァイは顔を逸らし私に背中を向けて言った。


「俺が、情けないってだけだ…お前は悪くない。」
「は……何で、そうなるの」
「…要するにナマエは俺に気を遣ってくれたんだろ。」
「え…?」
「俺がお前に負い目を感じている事を感じて、負担をかけないように何も言わず距離をとった。自分は二人の事をあんなに抱え込んでるにも関わらず俺の事を優先に考えたんだろ?しかも俺に対する気持ちが変わってねぇんだったら尚更…ずっと自分の気持ちを押し殺してたって事だろ」
「……」
「…それに気づかなかった俺は、何なんだ?情けねぇ…まだ恨まれていた方がよかったと思えるくらいだ」
「…違う…リヴァイは、情けなく…なんか…そういう事じゃ、」
「そういう事だろ。」


何で…何で、そうなるの?私が言いたい事はそういう事じゃない。何でここでまたそんなふうになるの。


「違う……違う、…」


言葉がうまく出てこないのは、熱のせいだ。頭の中でちゃんと整理できない。


「……そういう、ことじゃ、ねぇよ…」


リヴァイにうまく伝えられない。


「ほんっと……だから、リヴァイのそういうところ……本当に……っ」


もうダメだ。何年も溜めてきた思いが、爆発してしまう。
毛布の上で拳をぎゅっと握り締め空気を深く吸った。


「…ほんっと嫌!!リヴァイのその考え!!」
「っは……?」


大声で言うとリヴァイは振り返り私を見る。


「私が言いたいのはそういう事じゃなくて!!あぁもう、ここまできてその返答って何?!今更そんな言葉聞きたくねーよ!だから言いたくなかったんだよ!さっき私が全部悪いって言ったけど、やっぱ違う!ちょっとはリヴァイも悪い!!」
「……、」
「そうだよ、リヴァイがそんなんだからずっと言えなかったんだよ!!ネガティブか!!ずっと黙ってたのは傷つけたくないっていう私の気持ちであってリヴァイが情けないとかそういう事ではないの!!全く何が人類最強の兵士だよ?!笑わせてくれる!リヴァイなんか全然強くねーよ!弱っちぃただのネガティブチビじゃねーかっ!!でも、それでも私はリヴァイと生きたいし、リヴァイじゃなきゃダメだから!!ファーランとイザベルの事は本当に悲しいし今でも辛いよ?!それはもう死ぬほど辛いよ!!痛いよ!!でもそれはリヴァイのせいなんかじゃない!」


私は何を言っているんだろう。自分でも分からない。支離滅裂。多分言ってる事めちゃくちゃ。でもきっと全部リヴァイに伝えたい事。


「…リヴァイが……っリヴァイが、抱え込む事はないでしょ…?気持ちは分かるけど…でも、それでもリヴァイのせいじゃない。ていうかむしろ私の方があの時二人の側に居たのに何も出来なかった。私の方こそリヴァイに恨まれても仕方ない。でも、分かってる。リヴァイは私を恨んだりしない、って。知ってる。分かる…分かるよ、私だって、ずっとそう。そうだよ…多分、私達は…一生、抱え込んで生きていくんだよ。」


そうだ。私はきっとこれからも二人の事を悔やみ続ける。目の前に居たのに何も出来なかったこと。きっとずっとそう。だから、リヴァイも多分あの時の事を忘れる事はない。


「私は…二人のこと、本当に…リヴァイのせいじゃないって思ってる。そして私は私があの時巨人を倒せてたら、って事をずっと悔やみ続ける。」
「…お前のせいじゃ、ねぇよ。」
「……そう…リヴァイは、そう思ってるんだよね…?なら、…私はずっとリヴァイに言うよ。リヴァイが自分を責めるのなら、私が側で教えてあげる。リヴァイのせいじゃないって。ずっと…一生…」
「……」
「だからリヴァイも……私に、言って…。もう…せめて、一緒に抱え込んでいこうよ…」


解決方法が分からない。だったらもういっそのこと二人で。思う存分抱え込めばいい。二人で一緒に苦しめばいい。忘れなければいい。痛いくらいに、ファーランとイザベルの事が大切だった事を。苦しくても、それでもいい。二人の事を忘れられるわけなどないのだから。


「……そりゃ、斬新な、提案…だな…。」
「…だってもう…無理だよ。大体、調査兵団っていう壁外に出てるような集団に属しているのに何でこんな長いことお互い距離とってんの?って感じだし…いつ死ぬか分からないってのに…随分と悠長だよね…本当…」
「……確かに、な」
「…私は、もう嫌なの…お互いに負い目を感じて本当の事を話さないで気を遣って生きていくなんて……たぶん私達は大切だからこそこんなふうになってしまったんだとは思うけど……なら尚更、もっとちゃんと関わり合わないとダメだよ…」
「そう…だな」
「……だめだ…私、何言ってる?よく分かんない……」


脳に酸素が足りてない感じがする。私、ちゃんと伝えられてるのかな。
とにかく私が言いたい事は…リヴァイともっとちゃんと深く、付き合いたいって事で……痛みとかも全部一緒に抱え込んでいこうっていう……


「…オイ、大丈夫か」
「ハァ……つかれた……」
「無理するな。まだ熱あるんだぞ。」
「今更……熱とかどうでもいい。」
「どうでもはよくねぇ。横になるか?」
「いや、いい…それよりもリヴァイの気持ちを聞かせろよ…この野郎…」
「……。」


私は一人で主張しているわけではなく、リヴァイと話しているのだ。リヴァイはどう思うのかを聞かせてほしい。本当の本音ってやつを。


「……俺は、…いや、俺も、お前に対する気持ちは変わっていない。」


少しだけボンヤリとする意識の中でも、ハッキリと聞こえた。
私と同じリヴァイのその気持ちは私の心に入り込んでくる。ずっと聞きたかったその言葉は痛いくらいに響いた。


「俺はずっと逃げていた…お前の事もちゃんと知ろうともせず…多分、お前に拒絶される事が怖かった。もう俺はお前にどうこう言える立場じゃないと思っていた。だから距離を置いたままその場から一歩も動く事が出来なかった。」


間違いばかりの想いが今ようやく。


「…ナマエ、悪かった。もう一人で抱え込ませねぇ。」


何だろうこの感覚。今まで味わった事のない感情。


「……私、も、ごめんね」


地下に居た頃の感情が恋なら、この気持ちはもしかしたら愛っていうのかもしれない。

私達はどちらともなく距離を近づけ、今まで一度もした事がなかった唇を重ねるという行為を引き寄せられるようにしてみた。


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