私はずっとリヴァイの部屋で過ごし、一日中寝ていたリヴァイは大分良くなっているように見えた。人類最強の回復力は凄まじいらしい。そこはさすがと言ったところか。

だけど、調査兵団に入ってから二人でこんなにもゆっくり過ごしたのは初めてじゃないだろうか。まず二人っきりで一日過ごす事すらなかったと思う。リヴァイはほとんど寝ていたけど、でも側に居れる事だけでもいい。それだけでいい。



「…お前、いい加減寝たらどうだ」
「え?」
「居るのはいいがお前も休めと言っただろ」
「あぁ……」
「……もう大分楽になった。あまり気にするな。お前が倒れても困る」
「…うん。分かってる。」
「だったらお前もちゃんと寝ろ。」
「うん。眠くなったら寝る。」


特にやる事もなく、お互い適当に本を読んで過ごしているとあっという間に夜は更ける。リヴァイはもう寝るのに飽きたのか体が楽になったからか、ベッドで体を起こしている。夕食後に書類整理をすると言い出した時は全力で止めておいた。せめて今日までは頭もちゃんと休ませておいた方がいい。


「…昨日から寝てねぇんじゃないのか」
「どうだっけ…分かんない」
「分かんないって何だ。少しは寝ろよ」
「うん。だから眠くなったら寝るって。しつこいな」


読みながら返事をしていると、本を閉じる音とため息が聞こえてきた。文字から目を離してリヴァイを見る。


「…お前、紅茶でも飲むか」
「はい?」
「水に飽きた。お茶を淹れる。」
「……いやジッとしとけよ」
「うるせぇな紅茶くらい飲ませろ。」
「…なら私が淹れるからリヴァイは、」
「だから、俺が淹れると言ってんだろうが。」


立とうとすれば、先に立ち上がったリヴァイに頭を押さえつけられた。


「ちょ……、」
「お前は黙って本でも読んでろ。…文字が読めたらな」
「いや読めてるから!そこまで頭悪くねーから!」


言い返すと滑らすように手を離し、微かに笑った口元が見えて私の動きが思わず止まる。


「なら読んで待ってろ。」


そして何食わぬ顔でティーカップを手に取りお茶の用意を始める。


「………。」


…何だよ、その顔。

本に顔をうずめて、こんな単純な事で速度を速める心臓を落ち着かせようとする。
リヴァイのくせにリヴァイのくせに。何そんな柔らかい表情になってんだクソ。そんな顔久しぶりに見たし。地下に居た頃以来だし。ダメだ、ドキドキする胸を抑えられない。



「ほら、飲め。」
「……、」


私の気も知らず目の前にカップが置かれる。顔を上げるとリヴァイもイスに座った。


「どうした」
「……いただきます。」


悟られないよう目を合わせずカップを持ち、それに口をつける。


「……あ、」
「…何だ」


そういえば。これはもしかして、私がこの前リヴァイのお茶が飲みたいと言ったから、だからわざわざ淹れてくれたのかな。
あの時はバッサリ断られたけど。


「…いや、おいしい。」
「……そうか」
「うん…ありがとう…。」


何であの時あんな事言ってきたんだろう。何があったんだろう。やっぱり疲れてるのかな。それでだんだんストレスが溜まっちゃったとか。イライラしてたとか。あんなふうに言われたのはもしかしたら初めてかもしれない。あんなふうに、突き放すような言葉は。



「……なぁ、ナマエ」


カップを見つめて考えていると、リヴァイが名前を呼ぶ。なんだかさっきまでと違うトーンに、顔を上げてリヴァイを見つめる。


「なに?」
「…お前……、」
「……ん?」


だけどリヴァイは少し言いにくそうに目を逸らした。いきなりどうしたんだろう。


「お前…、何で、ここまでするんだ?」
「…え?なにが?」
「…だから…、こんな、寝ねぇで…ずっと、居るじゃねぇか。」
「……あぁ…。」


看病してたことを言ってるのか。


「お前がそりゃ…そういうヤツだって事は分かってる。だが、わざわざあんな時間にここまで来てそれからずっといろいろしてくれただろ。今日だって、ずっとそうだ。それにその前に俺はお前に心ない事を言っちまったってのに、そんなの気にしてねぇみたいに。…なぜ俺にそこまでする?」


何で、って。
熱で苦しんでいる人が居たら、そりゃあ看病するのが普通だし、心配するのだって当たり前の事だ。それがリヴァイなら私にとっては一番に優先すべき事になるのも当然。もし大喧嘩していたとしても私はそんなの忘れて駆けつけただろう。
もしこれが他の人だったらここまではしなかったかもしれない。もちろん看病とか出来る事ならするけど、ここまで必死になったかどうか。
それはやっぱりリヴァイだったから。私にとって一番大切な人だったから。


「それは……リヴァイだから、だよ。」
「……は?」
「…他の誰でもなくリヴァイだったから、私もここまでしたんだと思う。」
「…何故だ。」
「さぁね…。」


紅茶を一口飲み、はぐらかす。
ここで全部言ってしまったらダメだ。私より先に、リヴァイの気持ちを聞きたい。私を何とも思ってなかったら私がこの気持ちを言ったところでそれはただの負担になるだけ。そんなのは嫌だ。


「……お前は、俺を…、」


リヴァイがテーブルの上で拳を握ったのが分かった。


「恨んで、ないのか?」


その時、一瞬で空気が張り詰めた。そしてその言葉が私の中でリピートされる。

恨む? 私が、リヴァイを? 何で?


「は…?なんで?」
「……そりゃ…、」


リヴァイは気まずそうに目を合わせない。
どういうこと?分からない。何で私がリヴァイを恨まなきゃいけないの?


「な…、いや、何でそうなるの?」
「……アイツらの、事だ。」
「アイツらって……」


それが、ファーランとイザベルの事を言っているという事は分かった。その言葉にドクンと心臓が大きく波打つ。
リヴァイはその事で私に負い目を感じているのだとずっと思っていた。でも、私がリヴァイを恨んでいる、なんてそんなふうにリヴァイが思っていたなんて考えた事がない。

そんなの。


「ちょ…待って、何で…何で、そうなるの?いや…違う、分かる、言いたい事は、分かるんだけど……。」


だからリヴァイは、自分があの時一人離れた事で二人が死んでしまったのだと、そう悔やんでそれで私に悪いと思って…… でも、私は別にリヴァイがあの時離れた事を恨んだりしていない。そんなのするわけない。リヴァイのせいだなんて思った事ない。むしろ側に居たのに何も出来なかった私の方こそ恨まれるべき立場で。


「…ナマエにとってファーランは大事な家族みたいなもんで、イザベルのことも妹みてぇに可愛がっていただろ……それを、俺が、」


リヴァイの口から二人の名前が出てきた事に、胸がとてつもなく苦しくなった。地下で暮らしてた事やあの時の事を鮮明に思い出して、息苦しくなる。

ずっと私達はファーランとイザベルについて触れてこなかった。二人が死んでから一度も話に出てきた事がない。きっとお互いに言わないようにしていた。辛くてたまらないから。触れると、痛いから。


「……っ、」


苦しい。息が、しにくい。


「…ナマエ?」


何で、何でだ。ちゃんと話し合おうと思っていたのに、少し触れただけで胸が張り裂けそうだ。痛い。怖い。
私がリヴァイを恨むわけがない。私は二人の側に居たのに何も出来なかった。だから恨まれるなら私なんだ。でも恨むとか恨まれてるとか、そんなのは私の中にあまりなかった気持ちで、そう言われると怖くなる。リヴァイは私の事を恨んでいるんじゃないか、と。不安が大きくなる。しかも今までリヴァイはずっと私が恨んでいると、そう思っていたんだ。そんなの、おかしいじゃん。何でよ。

整理が出来なくて、言葉の代わりに涙が溢れそうになる。口を押さえて立ち上がると、イスが音を立てて後ろに倒れた。


「オイ、ナマエ、どうした」
「…っ、リ、ヴァイ…ごめん、わた、し……っ」


二人の事を、ずっと閉じ込めてきた事を話すのが怖い。

肩で息をしているとまたあの光景が思い浮かぶ。目の前で巨人にやられた二人のあの瞬間が、フラッシュバックする。


「うっ…、!」


吐き気がして思わず床に倒れ込んだ。するとリヴァイが駆け寄ってくる。


「っオイ、ナマエ」
「……ハァッ、ハ、っう……、」


どうしよう、苦しい。何で、おかしい。嫌だ。怖い。リヴァイが私を恨んでいたら、どうしよう。ずっとずっと、そう思われていたら、どうしよう。嫌、怖い。そんなの嫌だ。私の事なんてどうでもいいと、関係なんかないって。二人が死んだのは、私のせいなんだから。目の前に居たのに何も出来なかった。イザベルを殺した巨人は私がその前に仕留め損なった巨人だった。あの時、ちゃんと殺していれば。イザベルは死ななくて済んだかもしれないのに。そしたらファーランだって助かったかもしれない。リヴァイが悔やんだりする事もなかった。そうだ、私があの時。私があの巨人を仕留めていれば。全部私のせいだ。


激しい後悔と不安が押し寄せてきて、何も見えなくなる。

周りがだんだん暗くなり、息苦しくて消えてしまいたくなる。






「ナマエ、」



意識が遠くなりそうになった時、リヴァイがそれを引き止めた。


「ナマエ、落ち着け」
「っ……、」
「……落ち着け。」


気づけば落ち着いた声色でそう言うリヴァイに抱きしめられていた。


「…リ、ヴァイ…」
「喋るな。それよりも先に呼吸を整えろ」
「………、」


強く抱かれまるで子供をあやすかのように背中をさすられる。

リヴァイの腕の中は温かくて、それを感じるとだんだん気持ちが落ち着いていくのが分かった。
懐かしい体温、匂い、呼吸音。それはまるで安定剤みたいに私を落ち着かせる。

目をつぶり、ゆっくり息を吸い込んだ。


「……悪かった。」


少しするとそのまま静かに話し出し、その振動が伝わってくる。私はゆっくり目を開けた。


「お前が…そこまで、取り乱すとは思わなかった。」
「……、」
「…悪い。忘れろ。」


(忘れる?)

その言葉を聞いた瞬間、私は体を離した。


「っ違う、!」


すると見えたリヴァイの顔も辛そうで。胸が締め付けられる。

でも。


「…何がだ」
「……忘れたく、ない…。私は、…ふ…っふたり、の事…向き合っていきたいって……私、ちゃんと…リヴァイとっ……」
「……。」


そうだ、決めたんだ。私はちゃんとリヴァイと話したい。二人のこと。私達のこと。今までと、これから。どんなに辛くたって向き合うと。

俯いてそれ以上何も言えずにいると、リヴァイは片腕で私の頭をゆっくりと自分の肩の辺りに寄せた。


「リ…、」
「分かった。…分かったから、今日はもう寝ろ。」
「…え、」
「お前ろくに寝てねぇだろ。ちゃんと休んで、一旦落ち着かせろ。別にそれからでも遅くはないだろ?」
「………、」


リヴァイの声と手つきは優しくて、そう言われると一気に力が抜けた。
返事の変わりに背中に手を回し、しがみつく。すり寄るように体をリヴァイに預け顔をうずめる。

そしてそのままそこで意識を手放した。


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