「じゃあおやすみ、エレン」
「おやすみ、ナマエさん」


また寝る前に地下室でエレンと少し話をした。おやすみを言い合い、私は上へ上がる。


「また話してたのか」


階段を上がるとそこには壁に背中を預け腕を組んでいる兵長の姿があった。


「兵長」
「何故そんなに話したがる」
「話したがるっていうか……」
「違うのか」
「…まぁ…違わないと言えば、違わない…?ですけど。」
「……」


そう答えると兵長は眉間のシワを更にひどくさせる。そして歩き出したので、私はその背中をゆっくりと追いかける。


「…ダメですか?エレンと親しくするのは」
「そうは言ってねぇ。」
「じゃあ……」
「俺は理由を聞いてんだよ。何でわざわざ寝る前の地下室で話をする」
「だってエレンの寝床が地下室なので…」
「別に話すのは上の部屋でもいいだろう」
「……エレンは地下室で寝るから、話したあとに一人で下へ行かすのは可哀想じゃないですか?」
「どっちにしろ寝る時は一人だろ」
「そうですけど…。せめてギリギリまで居てあげたいというか。」
「…なぜだ?」
「だって可哀想じゃないですか」
「可哀想ならお前は誰にでもそんな事をするのか?」
「そりゃあ誰にでもってわけじゃないですけど」


兵長は一体何でこんな事ばかり聞いてくるんだろう。こんなに聞かれてしまうとそもそも理由なんてあまりないような気がしてきて訳が分からなくなってくる。

背中を見続けながら話していると兵長はいきなり足を止めた。


「…どうしたんですか?」


そしてこちらに振り向く。


「お前はもう寝るのか?」
「え……、まぁ、まだそんなには眠くはないですけど」
「……そうか。」
「はい」


そしてまた前を向く。


「なら、俺の部屋に来い。」


そう言って自室へと歩き始めた。


「え?兵長のお部屋ですか?」
「ああ。別に構わないだろう」
「まぁ……はい。そうですね。分かりました」
「……」


それに了承の返事を返すと兵長はまた足を止める。


「……てめぇはそうやって誰の部屋にでも行くのか?」


なんだか不機嫌オーラが増してるような……。
誘ったの兵長じゃないですか。なのに何で怒るんですか。


「誰にでもではないですって」
「…誰ならこんな事をするんだ」
「誰って……。まぁ、ぺトラとか…ですかね?」
「……ぺトラは女だろうが。」
「え、男限定の話ですか?」
「殺すぞ。」
「ええっ、なんでっ?!」
「あぁもういい。馬鹿らしくなってきた。死ね」
「何で?!いきなり何なんですか!?」


ものすごい冷めた目で言われ、また背中を向けられる。
質問攻めされるわ、よく分からないタイミングで怒られるわ、死ねとか言われるわ……もう本当に訳が分からない。これは私が馬鹿だからなのか?それとも兵長が分かりにくいのか?


「……もし、」
「はい?」


でもこういうのは初めてでもないので、まぁいいか…と考えていると兵長がぼそりと声を出す。


「もし他の男に部屋に誘われても、断れ。」
「、え……」
「俺以外はな。…分かったか?」
「え…でも……」
「断らなかったら殺す。」


私は兵長に何回殺されるんだろうか。


「……分かりました。」
「……馬鹿が」
「えぇっ」


さっきからけっこう理不尽な事を言われているような気がする。

でも、それが兵長なのだ。だから仕方ない。というか、多分私が馬鹿だから仕方ないのだと思う。


それから兵長の部屋に入り、何をするのかと思えば特に何もせず。むしろ話もせず。兵長はというと人を部屋に呼んだくせに一人で本を読んでいる。……私を呼んだのに本を読み始めるとか何で。そう思ったけれど兵長があまりにも自然に本を開き、当然のようにイスに座ったもんだから何も言えずにその向かいに腰を下ろす事しか出来なかった。

これは所謂アレだ。理不尽ってやつだ。


「……兵長、」
「…なんだ」
「……私が居る意味、ありますか?」
「…ああ。」
「あ、そうですか…」


意味があると言われてしまうと…。本から目を離さず言われ、少し肩を落とす。

それからとりあえず二人分のお茶を淹れ机に置いておいた。本を読みながらそれに当たり前のように口をつける兵長。まぁそれはいつもの事なのでいいとして、私もそれを飲み一息つく。

しかしやる事がない。自分の部屋なら未だしもここは兵長の部屋。あまりキョロキョロするのも失礼のような気がするし、私は一体どうすれば。……もうこうなったら仕方ないので大人しく兵長を観察する事にしよう。

私はそれから兵長の顔をジッと見つめ始めた。




「オイ、何見てんだ。」
「へ?」


ジーッと観察しているとその視線に気づいたようで、兵長の瞳が私を映す。


「気が散る」
「いやだって暇なんですもん!」
「そうか。やめろ。」
「えぇ……」


どうしろと?私にどうしろと?

それからも部屋には本を捲る音とたまにお茶を啜る音だけが響く。やる事がなさすぎてもう飲み干してしまった。何なんだこの状況……。せめて何かお話でも出来たらいいのにただ放置されるってどうして。


「……兵長、私も何か読んでいいですか?」


こうなったら私も何か本でも……


「ダメだ。」
「いや何でですかぁ!」
「お前の本に対する集中力はずば抜けて高い。高すぎる。一度読み始めると読み切るまで寝ねぇし意識を離さねぇだろ」
「……それを言われると」


それは、そうだ。そうなのだ。

私は過去に兵長が読んでいる本が気になって一冊貸してもらった事があった。そして休日の前夜に読み始め、それからそれに集中しすぎた為そのまま寝ずに朝まで読み続けてしまったのだ。むしろ朝も越えて夜までそれを読んでいた。物語となると、じっくりゆっくり読んでしまうので私は読むペースもかなり遅い。

その時は部屋に訪れた兵長の声で私はようやく現実の世界へと戻され、目の下にクマを作り休日を疎かにしたことを怒られ本を取り上げられた。

……なんというか、馬鹿である。


「…なんか私…考えてみると本当に兵長に怒られてばかりですね」
「考えなくてもそうだろ。」
「……迷惑ばかりかけて、すみません」


ぺトラ達もそうだけど、でもやっぱり私は兵長に一番迷惑をかけている。壁外調査に出た時だって巨人を削いだり仲間を助けることに夢中になりすぎて無茶をしてしまう私を止めてくれるのはいつも兵長だ。とんだ迷惑な部下である。

……あ、なんか改めて自覚すると悲しくなってきた。いつもこんなにもお世話になっているというのに私は何か兵長の役に立てているわけでもないのだ。なんという迷惑。

今さらながら申し訳ない気持ちになっていると、兵長は本を閉じた。


「…確かにお前は馬鹿で面倒だが、迷惑だと思った事はない。」


そして、目を真っ直ぐ見て言われた。


「え…そ……、本当、ですか」
「……ああ。それにお前は馬鹿なだけでもねぇだろ」
「え、?」
「お前はちゃんと人の気持ちを考えて行動する事が出来るやつだ。だからペトラ達もお前がどんなに面倒でも慕ってんじゃねぇのか」
「………」


まさか、そんな。そんなこと。兵長がそんなふうに、思ってくれていたなんて。

いつも何で私なんかに愛想を尽かさないで怒ってくれるんだと疑問だった。ただ部下だから仕方なく教育してくれているのかとも思った事もある。でも兵長はちゃんと私の事を理解してくれていたのだ。そしてその上で、こうして側に居てくれている。


「…まぁ、馬鹿な上に鈍感で面倒なのも揺るぎない事実だが。」


そう言ってお茶を飲み干し、立ち上がった。そして自分と私のカップを手に取る。


「え、兵長、」
「もう部屋に戻れ。寝ろ。」
「あ、はい……ってそうじゃなくて、私が片付けますからいいですよっ」
「いい。てめぇはもう戻れ。」
「いや…そんな…」
「うるせぇな…俺がやると言っている」
「…そう、ですか…?」
「ああ。」
「すみません……ありがとうございます。ご馳走様でした」
「ああ。」
「……それと…兵長、」
「何だ?」
「あの、いつも、ありがとうございます。私…兵長には本当に感謝しています。」
「……そうか。」
「はい。もっとちゃんと強くなって、少しでも兵長の力になれるよう頑張ります。」


私がここに居れるのは、兵長のおかげなのだから。


「……もう寝ろ。明日は訓練だ。お前は立体機動が上手い。エレンに教えてやれ。」
「はい。では、失礼します。」
「ああ…」


なぜ部屋に呼ばれたのかは分からないまま、だけどもう気にすることもなく静かに兵長の部屋を出て、自分の部屋へと歩き出す。

なんだか心が軽い。別に重かったわけでもないけれど。でも、兵長の考えが聞けて嬉しかった。私が馬鹿で面倒な事には変わりないが、それでも側に居ていいと言われたような気がして。

私はこれからも兵長の側で、強くなって恩返しが出来たらいい。いや、恩返しする!これが私の目標だ。改めてそう心に決めて、その日はなんだか気持ちよく眠れた気がした。


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