「誰の許可を得て、俺の部下と話していた?」


リヴァイの冷たい声が地下牢に響く。彼の声は静かすぎる場所で聞くとよりいっそう冷たいものに聞こえた。


「勝手に人と関わるなと言っていたはずだが、忘れていたのか?」
「……、」
「それともお前は自分の過去だけじゃなく言われたことの記憶まで簡単に失っちまうのか?」
「………すみません、」
「次はないと言ったはずだ。謝れば済むと思ってんならその認識は改めた方がいい。」


リヴァイはそう言うと、コツンと靴を鳴らしこっちへ近づいてきた。私は何も言えずただそれを見ていると、目の前まで来たリヴァイはその場に屈み、ぐっと距離を詰めてきた。


「それと、質問にはちゃんと一つずつ答えろ。」
「……っ」
「分かったか」


薄暗さにも慣れてきてようやく見えたその瞳はひどく冷めたもので、私のことなど本当に何とも思っていないような目をしていた。その有無を言わさない威圧的な態度に息を呑む。


「……はい」
「ならもう一度聞くが、誰の許可を得て兵士と喋っていた」
「……誰の許可も得てません」
「ほう。つまり、自分が犯罪者だということも忘れて、好き勝手に動いていたってことか?」
「っ……」


──犯罪者。
その言葉が胸に突き刺さる。けれど、それは最初から言われていたことだ。壁の外に許可なく出ることは許されないと。私は罪人だと。
だから、人とあまり関わるなとも。だから今まで自分からは誰とも関わろうとしなかった。私は匿ってもらっている身なのだから、彼らに従うべきで、ちゃんとそれを守るべきなのだ。
そんなことは分かっていた。理解していたはずだ。


「なぜ話した?どうしてわざわざ関わろうとした?バレなければそれでいいと思ったのか?」


なのにどうして彼と関わろうとしたのだろう。なぜわざわざ自分で自分の首を絞めるような真似を。
バレなければそれでいいと思ったから?


「──オイ。さっさと答えろ」


リヴァイは私の胸ぐらを掴み、眉根を寄せた。
そんな中、私はこの世界に来てからのことを思い出していた。ずっと一人で、孤独で、自分のことを誰にも話せなくて、助けを求めることも出来なくて、ずっとずっと辛くて心細かったことを。
ここへ来てから毎日、暗闇の中にいるようだった。出口のない迷路をひたすら歩き続けている。それはとても辛くて、寂しくて、苦しい。
──けれど、もし。そこに一人でも、誰かが居てくれたら。隣を一緒に歩いてくれる人が居たら。それだけで、気持ちは変わるんじゃないだろうか。「大丈夫」と言ってくれる人が、側に居てくれたなら、どれだけ救われただろうか。


「……ってたから」
「あ?」


誰にも何も言えず、話も出来ず、そうやって一人で抱え込み続けることがどれだけ苦しいか、私は知っていたからだ。だから、どうしても見て見ぬふりが出来なかった。


「──彼が、とても辛そうにしていて、それを私が、放っておけなかったからです」


バレなければいい、なんてそんなことは少しも思わなかった。考えてすらいなかった。ただ彼の不安を少しでも取り除くことが出来たらいいと思った。私がただそうしたかった。


「私が勝手に彼に話しかけて、勝手に話を聞いたんです。誰の許可も貰ってません。私が自分の意思で、したいことをしました。申し訳ございません。」
「……開き直ってんのか?」
「開き直るも何も……事実です。少しでも彼の気持ちが軽くなればと話しかけました」
「お前みたいな奴が兵士の気持ちを理解出来るとでも?」
「そんなことは……ただ、話すだけでも気が楽になればいいと。ただの自己満足です」
「そうだな。よく分かってんじゃねえか。それで、その慈善活動には意味があったか?そいつから何か実りある話は聞けたのか」


──意味があったかどうか?
そんなの、分からない。もしかしたら部外者が更に彼を苦しめただけかもしれない。それでも、この先彼が、誰かにあのことを話そうとするきっかけくらいにはなれたかも、しれない。私には彼の悩みを解決することは出来ないし、兵士の気持ちも彼らの覚悟も分からないけれど、でも、だけど。


「っ私は、間違ったことはしてないと思ってます、たとえこれで何か罰が与えられたとしても、私は、後悔しない。だって悩んでる人の話を聞くことは、悪いことじゃ、ない、でしょ?違う?」
「論点をすり替えるな」
「っ……そもそも!上司であるあなたが部下である彼の悩みに気付けなかったことが、いけなかったんじゃないですか?部下の心のケアをしてあげるのはあなたの役目でもあるでしょう!」


私は胸ぐらを掴まれたまま、怯まずに無茶苦茶なことを言い返す。論点がすり替わっていたってもうどうでもいい。私は、私が間違っているとは思わない。
リヴァイは眉間のシワをいっそう深くした。けれど、私は止まらない。


「辛い時は一人で抱え込むよりも誰かに話した方がいいんです!だからそうするように彼に言っただけです!それの何がいけないんですか」
「まず、お前には誰とも関わるなと言っている。」
「そうですけど!でも仕方ないじゃないですか、あんなに辛そうにしている人がいたら放っておけないでしょう」
「それはお前には関係のないことだ。何の関係もねえ奴が首突っ込んでくるんじゃねえよ。犯罪者の戯事に俺の部下を巻き込むな。」
「……だったら、そう言うんだったら、そうなる前にどうにかして下さいよ。それがあなたの仕事では?」


いつの間にか強気を取り戻していた私は好き勝手に無茶苦茶なことを言う。なんだかもう、我慢ならなかったのだ。自分が犯罪者だということにすらそもそも納得がいっていない。総じて私は何も悪いことはしていないはずなのだ。
とはいえそんなのはリヴァイ達には関係のないことだろうし、そもそも私はお世話になっているのだから言われたことをちゃんと守るべきだったのかもしれないが、もう、なんか、どうでもいい。

リヴァイは私の言葉を聞くと、暫く黙り込んで、そうして突然胸ぐらを掴んでいた手を乱暴に放した。私の体はバランスを崩し、そして次の瞬間、強い力で手首が掴まれたかと思えばあっという間にうつ伏せにさせられて、そのまま腕を背中の方へと回された。ぐぎっと肘が悲鳴を上げて、嫌な方向へ押さえ込まれる。思わず声を上げると、更に力が加えられて声が出せなくなった。


「……俺は、てめえのことを未だにこれっぽっちも信用していない。記憶喪失だ何だと胡散臭ぇことばかり言って何をしでかすか分かったもんじゃねえ。まぁ、それでも、多少は話が通じると思っていたが……どうやらそれは俺の勘違いだったらしい」
「──ッ!!」
「なあ、俺らはまだ信頼関係を作ろうとしている途中だと思わないか?お前がどんな奴か分かんねえから、だから多少は大人しくしといてもらわねぇと、こっちもお前がどんな奴か見極められねえ。そうだろ?」
「っ……、」
「なのにお前が言うことを聞いてくれねえから、だから、こういうことになる。それは分かるよな?」


固い地面とリヴァイに挟まれて、腕が悲鳴を上げ続ける。痛すぎて話がほとんど入ってこないし言葉を発することも出来ない。けれど、こっちの態度が明らかに悪かったことくらいは分かっている。私はぐっと歯を食いしばり、絞り出すように声を出した。


「……った、しかに、私が、悪かった、と、思います、よ……っ勝手なこと、して、……でも、あのまま放っておく、ことは、出来なかった……っ」
「それはお前がわざわざ痛い目に遭ってまでやるようなことか?」
「ッ……さぁ……分からない、っけど、でも、もし……少しでも、手助けが、出来たんなら、それは、意味の、ある、こと、だと」


本当はちゃんと言われたことを守るべきだったこと、信頼関係をちゃんと作らなければならなかったことも全部、分かっていた。そしてそれを壊すような真似をしたことに対しても、罪悪感を覚えていないわけじゃない。でも、誰かを傷付ける為にやったことじゃあない。
麻痺することなく続く痛みでついに涙が溢れると、それまで一切緩まることのなかったリヴァイの手が、少しの間を置いてからふっと緩まった。そのままリヴァイの手が私から離れ、おかしな方向へと曲げられていた腕がやっと解放される。私は小さくうめき声を上げて、痛みの残るその腕をゆっくりと戻しながら反対の手で弱々しく握った。あまりの痛さにまだ感触が残っている。


「……お前、前から思ってたが、相当馬鹿だろ。」
「っ…は……?」
「知性とか理性まで喪失してんのか?」
「はぁ……?いきなり、何……」


痛みで頭が回らない。けれど呆れたようにそう言うリヴァイからは、もう怒りのようなものは感じられなかった。痛め付けて満足したのか、言うだけ言って満足したのか。分からない。しかし今度は私を蔑むような言葉を並べ始める。まぁそれは出会ってから今までずっとそうかもしれないが。
私は顔を少しだけ動かして、怪訝な目でリヴァイを見る。相変わらず何を考えてるか分からない瞳と目が合う。リヴァイは私を見下ろしながら口を開いた。


「お前とは関係のない、名前も知らねえ兵士の為に、なぜそこまでする」
「………、」
「何か企みがあるとしか思えんが、正直お前からはそんなもんは微塵も感じられねえ。なぜだ?」
「……一人で抱え込むことが、どれだけ辛いか、知ってるからです」
「それだけか」
「それだけです」
「……くだらねえな」
「く、くだらなくなんか」
「まぁ、だとしてもだ」


そうして気が済んだように立ち上がったリヴァイはこちらに背中を向けて、牢の外へと向かう。私は未だに腕の痛みのせいで体を動かせず、横たわった状態のままリヴァイを目だけで追う。すると外側から牢が閉まり、ガチャリと鍵まで掛けられた。


「約束を破ったのは事実だ。今夜はそこで寝ろ」
「………」
「安心しろ、あとでハンジに様子を見に来させる」
「………。」


鍵を内ポケットに仕舞って平然とそう言ってのける。リヴァイはそのまま私の言葉を待たずに階段を上っていき、地下牢は不気味なくらい静かになった。
薄暗い地下牢に一人残された私は暫くするとようやくもぞもぞと体を動かして、上体を起こした。冷たい壁にもたれ掛かりながら、痛む腕を押さえたままため息を吐く。


「…折れるかとおもった……」


腕はありえないくらいに痛かった(そして今も痛い)が、それでも殺すことも出来る、とまで言われていることを考えると、むしろこれくらいで済んだことを喜ぶべきかもしれない。


「……。」


……いや、そもそも私はそこまで悪いことしたか?

なんだかんだで、解せない。そりゃあ約束を破ったのは悪かったけどさ、深夜に部屋を抜け出したことも私が全面的に悪かったけどさ。でも、そんな、腕を逆方向に曲げられて地下牢に閉じ込めるほどのことか?
確かに、次はないとまで言われてたけども。でも、なあ。


「ありえないよ、ほんと……」


とんでもない扱いを受けた直後で、脳が疲れたのか急に眠気がやってきた。ちょうどいい薄暗さと静けさに、私の瞼は次第に落ちてくる。こんな状況下でも眠ることが出来るなんて、私はだいぶこの扱いになれてきたのではないか。いや、慣れたくなんかないな。

悪夢のような現実を嘆きながら、私は意識を手放した。





地下牢で一夜を明かしてから二週間後、それまでとほとんど変わらず(慎ましくはあったが)日々を過ごしていると、ある時たまたまあの青い目をした若い兵士を見かけることがあった。会話などは全く聞こえなかったが、それでも遠目からでも分かるくらいに彼の表情は良くなっているように見えた。年齢の近そうな他の兵士と話しているその顔にはまだ疲れも見え隠れしていたが、それでもあの時よりはだいぶ良くなっている。
彼がどんな結果を出したのか、誰かに相談したのかは全く分からないし知る由もないが、それでも、きっと無駄ではなかったと信じたい。彼はこちらには気付くことはなかったが、別にそれでいい。これでいい。むしろ気付かれないように、私はそっとその場から離れた。




「……え?なんですか?」


一日の報告を終えてリヴァイの部屋を出て行こうとした時、リヴァイがふと私に向けて言った言葉に思わず足を止めて振り返った。
いつものように私達の間には机があり、仕事中のリヴァイは椅子に座っている。


「…お前が食堂で話していた兵士だが、これからも兵士を続けるんだとよ」
「へ……」


──食堂で話していた兵士。
まさか、リヴァイの方からその話題が出てくるなんて思ってもなかったから、一瞬リヴァイが何を言い出したのか分からなかった。
頭の中に、少し前に見かけたあの兵士の姿が浮かぶ。


「え、あの、青い目の……あ、兵士、続けるんですか?」
「らしいな。まだ自分にもやれることがある、と言っていた」
「あ……そう、なんですか」
「死んだ同期に顔向け出来るようになりたいんだとよ」


思いがけず知れたその情報に、少しずつ実感が湧いてくる。
そうか、彼は兵士を続けるのか。きっとそれは私が思っている以上に大変なことで、これから先も何があるか分からないのだろうけれど、それでもおそらく彼にとってその選択は前向きなものなんだろう。そうであってほしい。
「死んだ同期に顔向け出来るようになりたい」と、そんな思いで戦う覚悟を決めた彼に尊敬の念を抱いていると、しかしそこで一つの疑問が浮かんだ。


「……え?ていうか兵士長さん、何でそのこと知ってるんですか」


そういえばあの時、リヴァイは話した内容については何も聞いてこなかったことを思い出す。あそこまでしたら普通は何の話をしていたか問い詰めそうなものなのに。なぜ関わったのかを聞いただけで、それ以上は何も聞かれなかった。特に何とも思ってなかったが、どうしてだ?
あのあとあの兵士にも話を聞いたのだろうか、と思っているとリヴァイは当然のように口を開いた。


「そりゃああの時、途中から話聞いてたからな」
「え?なにが?」
「……あの時、お前らが話をしていたのを聞いていた、と言っている。お前がどんなことを話しているのか知っておく必要があるだろ」
「……え?あのとき?食堂で?」


まさかずっと聞いてたってこと?確かに出入り口に近い席に座ってたし陰から聞こうと思えば聞けたんだろうけど。え?ていうかそれってつまり。
あの時食堂でどんな話をしていたか聞いて(知って)いたのに、あそこまでのことをされたってこと?話を聞いてたんなら別に私が何の企みもしていないことくらい、分かったはずなのに。
私は混乱しながら、眉根を寄せる。


「え……な……、え?じゃあ何であんなに怒られたんですかわたし?」
「あ?」
「だって、聞いてたってことは、別に私が変なことしてたわけじゃないって、分かるじゃないですか?」
「何言ってんだ?別に話の内容は関係ねえだろ。俺はお前が人と関わるなという約束を破ったことを咎めたんだ」
「………、」


言葉が出てこない。部屋は静まり返る。
ちょっと、意味が分からない。確かに、確かに私は約束を破ったよ。破ったけども、でも別にそこには悪意とかはなかったわけで。ただ彼のことが放っておけなかっただけで調査兵団を敵に回すつもりもなかったのに。
私はぎゅっと拳を握り締めて、しかし努めて冷静に口を開いた。


「あ、あぁ……そう、ですか。そう、ですよね。もちろん、私が悪いですよ。でも、知ってたんなら、もう少しくらい優しくしてくれても良かったんじゃないですかね」
「腕を折らなかったんだ。十分優しいだろうが」
「いや、普通は、折らない。そんなことでは。あなたの部下の悩みを聞いた人間の腕をあんなふうに曲げたりはしない」
「まぁ、そうだな。お前のおかげであいつが悩んでいることが分かり話を聞くことが出来た。お前の腕の一本くらい、安いもんだ」
「あんたが言うことか?それ。…ていうか、え?じゃああなたが彼の話を聞いてあげたんですか?」
「だったら何だ。それが上司の務めだ。そうだろ?」


私は更に眉根を寄せる。
リヴァイに悩みを打ち明けて、話を聞いてもらうだと?そんなこと、誰がするんだ。こいつに話を聞いてもらうとか絶対にやるべきじゃあないだろ。あの時彼はリヴァイに対して怯えてるようにすら見えたのに。
ひたすらに疑いの目を向けていると、リヴァイは頬杖をついて足を組んだ。


「まぁ俺も全部聞いたわけじゃないが。フォローは他の奴に頼んだからな」
「他の奴?ハンジさんとかですか?」
「んなわけねえだろ。もっとあいつと年齢が近い兵士にだ」
「………へえ。まぁ、確かに兵士長さんだと励ますというよりもただの脅しになりそうですしね」
「てめえまた腕曲げられてえのか?」


リヴァイは軽い口調でそう言った。
しかし、部下のことなんて気にしてなさそうなのに、一応話を聞いてあげたりとかするのか。コミュニケーションとかちゃんととれるのか?疑問だ。
そういえば前にペトラが兵団内にはリヴァイを尊敬してる人もいるとか言ってたような。
あの時も信じられなかったが、それは今でもほとんど変わらない。目の前の彼を見てもそんなふうには一切思えないが、それでも直属の部下がそう言うなら、そういうところも少しはあるのかもしれないな。

まぁ、直属の部下でも何でもない私にとっては何の関係もない話だが。


「お前に、礼を伝えてほしいと言われた」
「………え?」


部下には優しかったとしても私に対しては微塵も優しくないリヴァイへの怒りをふつふつと感じていると、私から目を逸らしたリヴァイは適当に何かの書類を手に取りそれに視線を落としながら、唐突にそう言った。


「律儀に俺のところにまで決意を報告しにきたかと思えば、その際、お前のおかげで相談することが出来たと、……感謝を伝えてほしいと、そう言っていた」
「………、」


──感謝。私に?

彼が、私に感謝している?別に私は、感謝してほしくてやったわけじゃない。ただ自分がしてほしかったことを彼にしただけだ。根拠のない「大丈夫」を言っただけだ。もしかしたら余計な真似をしたかもしれないと、そう思ったりもした。感謝されるなんて思ってなかった。

リヴァイから聞いた彼のその言葉に、鉛みたいに重かった心の奥の方がふっと軽くなったのが分かった。

──私の言葉は、彼の気持ちを少しは軽くすることが出来たのだろうか?


「……っ」


ふいに目頭が熱くなる。

私のしたことは、間違ってなかった。彼が前に進むきっかけを少しでも与えることが出来たのなら、こんなに嬉しいことはない。
彼が、長い暗闇から抜け出すことが出来たのだとしたら、本当に良かった。背中を押すことが出来て良かった。


「………それは、よかった、です、」


出した声が震えて、咄嗟に口元を手で隠して顔を背ける。こんなことで泣きそうになっているところなんて、見られたくない。不自然に顔を逸らした私をリヴァイはちらりと一瞥して、すぐにまた視線を下ろした。


「話は終わりだ。さっさと部屋に戻れ」


それ以上はもう何も言うことが出来ず、私はぺこりと軽くお辞儀をしてからすぐにリヴァイの部屋を出た。バタンとドアが閉まって一人になると、途端にポロポロと涙が溢れる。腕でそれを拭った。

これは何の涙だろう。私は、泣くほどに彼に思い入れていたのか?別に私の絶望が希望に変わったわけではないのに。私の暗闇は未だ真っ暗なままだ。でも、どうしてだろう。なぜかとても報われたような気持ちだ。

涙が溢れて止まらない。このままだとずっと止まらなくなりそうで、もうこれ以上は何も考えないようにゆっくりと息を吐きながら目を閉じた。ドアに背中を向けたままその場で深呼吸をして気持ちを落ち着かせるよう努める。左胸の服をぎゅっと握りしめながら暫くすると、涙は止まった。


「……」


少しだけ放心した状態のまま私はただ瞬きを繰り返す。まだ視界は涙で少し濡れているが、溢れることはない。私はゆっくりと手を下ろしてあの時地下牢で痛めつけられた方の腕を握った。まだ鮮明に痛みを覚えている。

ふと、この前見かけた、彼の背筋が凛と真っ直ぐに正されていたことを思い出す。私は腕をぎゅうっと握り締めて、涙が溢れないように上を向いて口元を歪めるようにして笑った。


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