「今日は午前中にいつも通りのトレーニングをしたあと草むしりを少しして、それから本部内の掃除の続きをしました。午後は巨人との実験はせずに身体検査を受けました。巨人が私に反応しない理由は未だ分かっていません」


リヴァイの机の前に立ち、今日のことを口頭で報告する。

──私が倒れたあの日から、数日が経った。
翌日ハンジさんには謝罪をして、体調面を心配されたけれど大丈夫ですと言い張りその日は滞りなく実験を行った。巨人への恐怖はまだあるが、やるしかなかった。

しかし私を交えた巨人との実験は今日から暫くの間はやらないことになった。私の体調を考慮して、というわけではもちろんない。単純にハンジさんも暇ではないのでそればかりをやっているわけにもいかないのだと言う。

そして今日は身体検査を受けたのだが、こちらも私の体調が悪かったこととは全く関係ない。他の人間と違うところがあるかどうかを調べる為で、巨人が反応しない理由を見つける為のものだった。
そもそも生まれた国…どころか世界すら(おそらく)違うので、もしかしたらここの人達とは何か違うところがあるかもしれないと少し緊張したが、今日のところは特別違ったところは見つからなかったらしい。


「記憶は」
「まだ、戻ってません」


報告を終えたあと、リヴァイは淡々とまるで気にも留めていないようにそれらを確認する。記憶のこと、それから体調のこと、食事や睡眠をしっかり取っているか、などだ。一応、それなりに、業務的ではあるが気にはしてくれているようだった。

倒れてしまったあの日、泣き言を言う私に対して投げ掛けられたリヴァイからの言葉は突き放すような乱暴なものではなく、咎めるような厳しさもなかった。
倒れる前に報告をしろとは言われたけれど、何を言えばいいのか分からなくて結局何も言わないまま一日の報告だけをしている。


「お前、馬には乗れるか」
「……馬、ですか」


唐突に聞かれて、私はひとつ瞬きをした。
ちなみにリヴァイはずっと机で仕事を続けていてその視線は私と交わることはない。
一方的に視線を向けたまま、私はふと子供の頃を思い出し、そして小学校の遠足で行った牧場のことを頭に浮かべる。馬は見たことはあるけれど、乗ったことはない。


「…乗ったことはないと思います」
「なら明日は馬術訓練をする」


ばじゅつくんれん。
いきなり出てきたその言葉を理解するのに、少し時間を要した。


「…えっ、馬に乗るんですか?」


馬に乗るのだと分かって、思わず声のトーンが上がってしまう。するとそのことに気付いたのだろう、リヴァイがちらりと私に視線を寄越して、目が合った。こんな時ばかりこっちを見ないでほしい。なんとなく恥ずかしい。


「馬が好きなのか」
「え、いや、別に、特別好きというほどでもないですけど……でも、乗ったことないので、ちょっと楽しみかなあ……みたいな」
「……そうか」


乗ったことはないが、正直、楽しそうではある。青い空の下で軽々と馬に乗っている自分を想像して、明日が少し楽しみになる。するとリヴァイはそんな私を見て、顔を上げた。ギッと椅子が鳴る。


「それは、見ものだな」


見もの。見もの?
見ものって何だ。

私は翌日、その意味を理解することになる。





青い空の下、私は馬を見上げて立つ。


「でか……こわ……やっぱり乗りたくないです。」
「さっさと乗れ」


私は斜め後ろにいるリヴァイをキッと睨む。
──見もの。あれは、私がこんなふうに尻込みすることを見越した上での言葉だったのだろう。腹立たしい。

だけど自分が乗るのだと思うと、思ってたよりも大きく感じて怯んでしまう。


「ちょっと待って下さい、馬、大きくないですか」
「だから何だ?」
「だから、怖いです」
「どうでもいい。早く乗れ」
「嘘でもいいからちょっとくらい励まそうとか思わんのか」


偉そうに両腕を組んで顎を煽るリヴァイに、思わずタメ口になる。すると眉根を寄せながら首をゆるりと傾げた。


「どうして俺がてめえを励まさなきゃいけねえんだ」
「人間には心っていうものがあるのですが、知ってますか?」
「関係あるか?」
「あなたみたいに恐怖で支配するような人よりも、ちょっと優しく、応援されるだけでこっちの気持ちも変わるって言ってんですよ」
「……これは持論だが、躾に一番効くのは痛みだと思う」
「そんな持論聞きたくねーわ!何なのその持論?!こえーわ!急に何!」
「うるせえな、殴られたくなきゃとっとと馬に乗れ」
「どうしていちいち野蛮なのですか」


殴られたくなきゃ、とか言いながらもさっそく私のお尻を軽々しく蹴りつけてくるリヴァイは相変わらず私の意見なんてどうでもいいらしい。
蹴られたせいで足が一歩二歩と前へ進んで、馬に見下ろされる位置に来る。見上げると、ズゥウウンと効果音がつきそうな大きさをしていて、瞳はつぶらだが、やっぱりちょっと怖い。


「……この馬暴れたりしないです?」
「お前次第だ。迷いや恐怖心は捨てろ」
「そんなこと言われても……」
「お前よりよっぽど賢い馬だ、こいつをちゃんと信用してやれ」


そう言うとリヴァイは馬に近づき、首筋の辺りをポンポンと撫でた。その手つきに馬もリラックスしているみたいで、私もほんの少しだけ警戒心がなくなるが、何だろう、この馬への態度と私への態度の違い。なんだか納得いかない。


「……馬には優しいんですね」
「信頼はしている」


信頼。今の私達に最もないものだ。

なんとなくやるせない気持ちになっているとリヴァイは馬から離れ、さっさとしろ、と私へ向かって言い放った。確かにいつまでもウダウダ言っていても仕方がない。やるしかないのだ。
はあ、と大きくため息をついて、ぐっと顔を上げる。
馬の左側に立ち、どうすればいいのかリヴァイの方へ振り返りながら聞くと、一通り簡単に説明されて、馬に向き直る。

私は手綱に手を伸ばして、ぐっとそれを握った。



「ひえ……こわ……たっか……ちょ、待って……高い……っ」


最初は上手く跨がることが出来ずに何度も何度も無様な姿を見せてしまったが、なんとか頑張ってようやく馬の上に乗ると、その目線の高さに再び驚く。

思ってたよりも全然高い。


「あ……待って、降りたい、いっかい降りたい、あの、これ、どうやって降りれば」
「降りるな。恐怖心は捨てろ。馬に伝わる」
「待て待て……ほんとに、違う、一旦…一旦降りよう?落ち着こうよ……ちょ、降りたい助けて……うわアアッ!??」


突然視界が揺れて、思わず叫んだ。
私の乗り方が良くなかったのか、それともリヴァイの言うように恐怖心や身体の強張りが伝わってしまったのか、急に馬が頭を上下させて嫌がるような動きをし始めて、その思わぬ揺れに私の方もパニックになる。


「いやああああ!!しっ死ぬ!!」


ぎゅっと目をつぶりながらもせめて落馬しないようにと思ったけど、──無理だった。
暴れる馬から落ちないようにする体幹も力もない私はすぐに振り落とされ、ぐわんと体が宙へ投げ出された。


「きゃあああああ!?」


落ちた!踏まれる!馬に蹴られて死ぬ!と、最悪を想定しながらとにかく衝撃に備えていると、しかし私の体はそのまま地面に落ちることはなく、馬に踏み潰されることもなかった。


「ううう〜………、ん?」
「いちいち叫ぶんじゃねえ」
「………え?」


すぐ側で声がして恐る恐る目を開いてみると、リヴァイの険しい横顔が見えて、何事?と思っていると捨てるように手を放されて今度こそ地面へと落ちる。遅れてやってきた衝撃に、再び小さく声を上げた。


「いたたた……っ」


私を放り出したのと同時に馬へ向かって歩き出したリヴァイはそのまま馬に近づくと、宥めるように手綱を握った。
私は体を起こしながら、それを視界に入れつつ、リヴァイが受け止めてくれたのか、と理解する。しかし受け止めてくれたといっても、横抱き(俗に言うお姫様抱っこ)とかではなく、横向きではあったけれどなんとも色気のない雑な抱えられ方であった。

とはいえ、とりあえず怪我をせずに済んで胸を撫で下ろす。


「あの……す、すみません。ちょっとパニクりました」
「ちょっと、だと?」
「……いえ、その、ごめんなさい」
「てめえのせいで馬が怪我をしたらどうする。クソみてえな乗り方してんじゃねえ。」
「すみませんでした」


リヴァイの側ですっかり落ち着いたのか馬はもう暴れていなかった。
馬に触れる手つきだけは優しく、こちらを向く顔はどこまでも険しい表情をしていて、さすがに申し訳なくなり素直に謝る。馬にも悪いことをした。


「もういい。お前は、もういい。」
「なぜ二回も…」


リヴァイの後ろで、馬とは少しだけ距離を取ったまま、突っ立つ。呆れたようにもういいと二度言ったリヴァイは慣れた手つきで馬を引っ張っていく。


「てめえはまず馬に慣れるところから始めろ。明日から馬の世話をしろ」
「えっ」


体力作り、本部内の掃除、それからお馬さんの世話まで?私は一体何の為にこの世界に来たのだろうか。雑用をする為なのか?何をしているのだろうか。

しかし、言われたからにはやらなければならないのだろう。

ふう、と小さく息を漏らして、空を見上げる。

───これから先、私はどうなるのだろう。
いつまでこんな生活が続くのだろうか。この日々は、一体何なのだろう。

太陽の光が眩しい。





「今日は格闘術を教えてやる」
「いや、大丈夫です」
「まずはお前の腕前をみる」
「無理です」
「俺を倒す気で来い」
「もっと無理」


向き合って立つ私達の間を風が吹き抜ける。
早朝から馬房の掃除や餌やりなどをして慣れない作業にすでに(まだ午前中なのに)疲れている私に対して、リヴァイは淡々と言い放った。
何かの冗談かと思いたいが、もちろんそんなことはなく。


「あの……昨日から馬術とか、格闘術とか、どうして急にそんなことを?私別に馬に乗れなくても正直大丈夫ですし何かと戦う予定もありません」
「何かあった時の為だ。何も出来ねえよりは護身用に覚えといた方がいいだろ。それとも、襲ってくるのは巨人だけとでも?」
「恐ろしいことさらっと言わないで下さい。私って誰かに襲われるような存在なんですか」
「さあな。念の為だ」
「えぇ……やだわぁ……」


これ以上の試練があったら私多分精神崩壊するぞ。誰かに襲われるとかマジ勘弁してくれ。

──だけど、護身術を教えてくれるということは、それってつまり私が誰かに攫われたりすると困るってことなのだろうか。一応まだ手放したくない存在でいれてるのかな。

はあ。

しかし、どのみち頭が痛い。


「いだだだだ!!」
「ため息吐いてんじゃねえ」


突如手首の辺りを掴まれたかと思えばあらぬ方へと曲げられて、思わず悶える。頭よりも腕が痛い。


「ッ何すんのぉいきなり?!」
「今のがお前でも出来る護身術だ」
「一声かけてからやって下さいよ?!」


ビックリした。関節どうにかなっちゃうかと思った。ていうか、この人絶対に力加減おかしいよ。ずっと思ってたけど。私のこと何だと思ってんだよ。何とも思ってないんだろうなあ。
変な方向へと曲がりそうだった腕を摩りながら、顔を歪める。


「………もう、ほんと、私が一番身を守らなくちゃいけない相手は、あなたですよ。兵士長さん」


下ろした手をぎゅっと握り締め、眉根を寄せたままリヴァイを見る。感情の読めない瞳と目が合う。


「たまには俺を捻じ伏せてみたらどうだ」


……出来る気がしない。

だけどこれは、もしかして普段の鬱憤を晴らすチャンスなのでは?いつも理不尽に扱われている仕返しをするチャンスなのでは。蹴られたり壁に押し付けられたりした仕返しをするチャンスなのでは!

頭の中に今までされてきたことが思い出されていく。


「……じゃあ、いきます」


ぎゅっと握っていた手をゆっくりと開いて、真っ正面からリヴァイの襟ぐりを両手でぐっと掴んだ。慣れない感触に少し戸惑いながらも、ぎゅう、と掴む指に力を入れる。それからどうしよう、と考えた次の瞬間、ぎゅるんと視界が揺れた。


「!?……っいだだだだ!!」
「おせえんだよ。」
「いだいっ!!」


考える間もなくあっという間に、私が襟ぐりを掴んでいたはずの男に容易く捻じ伏せられて、腕の関節が再び悲鳴を上げる。これマジで痛い!

ぱっと手が放されて、がくんと地面に膝と手をつく。これは格闘術を教えるという名目でのイジメではないか……?


「な、何で、まだ、なんにもやってないのに、」
「実際に相手がお前の出方を律儀に待っててくれるとでも思ってんのか」
「これ実戦じゃないし!」
「遊びだと思ってんなら考えを改めろ。本気で俺を倒す気でこい」
「む、無茶言うな……!」


融通が、融通が利かない。
ちょっとくらい待ってくれてもいいじゃないか。私は最近まで、か弱いただのOLだったのだぞ。人の胸ぐらだって掴んだこともないし取っ組み合いの喧嘩もしたこともない。それが初めての相手が兵士とかそれなんのイジメですか?

痛みで思わず涙目になりながら、ぐっと顔を上げる。


「護身術を、教えてくれるんじゃないんですか……さっきから私痛めつけられてばっかなんですけど。そういう趣味なんですか?」
「まずは体で学べ」


躾に一番効くのは痛みだと言っていた彼の言葉が思い出される。もしかしてわたし今躾けられてる?

相変わらずこの人に見下ろされてばかりの私は、痛む腕を押さえながら、立ち上がった。

護身術なんて、これから先も使うことがないことを願う。こんなの、私の人生に必要あるはずがない。あってたまるか。


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