──それは、人の形をしていたけれど、人ではない大きさをしていた。



ピッ ピッ ピッ ピッ …



晴れ渡った空からは暖かな日が差し込んでいる。緩やかに風が吹くと、木の枝から生えているたくさんの葉がさわさわと音を立てながら穏やかに揺れた。太陽の光が白いワンピースに当たって、キラキラと揺らめく。

ふと目が覚めると私は森のような原っぱの上で一人横たわっていた。
木漏れ日の中、寝惚け眼のまま体を起こすが目の前に広がる光景には身に覚えがない。草や土の匂いと、そしてその感触が手に伝わってくる。


「……どこ、ここ」


思わずぽつりと呟いた言葉は誰の耳にも届かず森の中に消える。ぼんやりと目を開けたままゆるりとそこを見回してみても、相変わらず見覚えはない。


「ん、え……?」


ようやくだんだんと頭が覚醒してきて、自分が置かれている状況にはっきりとした違和感を抱く。──ここは、どこだ?
鼓動が速くなり始め少し怖くなる。どうやってここに来たのかが思い出せない。というより、何をしていたのかすら全く思い出せない。
なぜここで眠っているんだろう。
静かで穏やかなはずの目の前の景色が急に不穏なものに思えてくる。太陽の光が少し眩しい。手のひらに汗が滲み始め、ぐっとそれを握った。──その時、だった。

ドシン、と地響きがした。

地面から伝わってくるのは感じたことのない振動。けれど、何だろうと考えるよりも先にいきなりぶわりと強い風が吹いて、目を細めながら振り返ると、後方にあった一本の木の後ろから大きな何かがぬっと出ているのが見えた。大きな影が私を覆う。見たこともない大きな瞳が、私をじっと見つめている。

──それは、人の形をしていたけれど、人ではない大きさをしていた。


「 ひッ、……! 」


ヒュッと息を呑み目を見開く。
突然のその出来事に、喉からは出したこともないような悲鳴が出た。──目の前の大きなそれは、叫んだ私をじいっと見続けている。腰が抜けて立つことは出来ず、体はガクガクと震えている。今すぐにでも走って逃げ出したいのに体が言うことを聞いてくれない。
声にならない声が乾いた喉から漏れて、目からは涙が溢れた。しかし目の前のそれはこちらを覗いているだけで何もしようとはしてこない。ただその大きすぎる瞳でこちらを見ているだけだ。図体のわりに繊細に生えているまつ毛や歯並びのいい歯が覗いて見える。そのまま動こうとしないその巨体に、私は肩で息をしながらほんの少しだけ後ずさることが出来た。足にはまだ力が入らない。
未だ目の前で起きている現実を受け入れられず混乱していると、シュッと何かが私の横を横切った。
するとまるでそれが合図だとでもいうようにその巨体はいきなり呻き声を上げながら大きく手を振りかぶった。大きな拳を見上げながら小さく声を上げた私は思わず身を守る態勢をとり、ギュッと固く目を閉じた。──けれど、衝撃に備えていたはずの私の体には何にも起こらず、その代わりに何か金属みたいなものが巻き取られているような音とそのあとに斬撃音のようなものが聞こえて、それから大きな振動と風を感じた。するとあっという間に静かになり、恐る恐る目を開いてみるとそこにはだらしなく倒れ込んでいる巨体の姿と、そしてその奥で地面に下り立つ誰かの姿。
再び私は目を見開き、おそらく人間だと思われるその人を見つめる。──一体、何が起きているというのだ。


「…オイ、無事か」


巨体からは何やら煙のようなものが湧き出ていてこちらに近づいてくるその人の姿は見えにくい。何か言葉を発したように思えたが私の耳には入ってこない。
そこに倒れ込んでいる巨体は一体何なのか、ここはどこなのか、何が起こっているのか、一切の理解が追いつかずに腰を抜かしたままただ目を開いている。


「情けねえ叫び声が聞こえたと思ったがお前だけか?」


私を見下ろすその人は、私に分かる言語で言葉を発していて、しかしながら体には見たこともないような装備を纏っていて、そしてその両手には剣のようなものが握られている。気が遠くなりそうになっていると、その男性は眉を顰めた。


「……あ?てめぇ、その姿は何だ?兵服はどうした?なぜ立体機動装置をつけてねえんだ」
「……り、ったい、きどう……?」


言葉は理解出来るが言ってる意味はよく分からない。見上げたまま呟けば、その人は更に顔を顰める。


「まさか、てめえ……こんな壁外のど真ん中で遊んでたわけじゃねぇだろう」


ヘキガイノドマンナカ。
頭の中だけでそう繰り返すと、静かに風が吹き、状況にそぐわず緩やかに私達の髪が揺れる。
──駄目だ。なんだかもう、全然頭に入ってこない。この人は誰なんだ。どうしてこんなにも冷静に話しかけてこれるのだろう。疑問ばかりが頭を埋め尽くし彼の言葉に応えることが出来ずにいると、地面に先ほどと似た振動を再び感じた。びくりと肩が震えれば振り返った彼の後ろからまた同じような巨体が木をかき分けながら姿を現した。
小さく悲鳴を上げる私と、舌打ちをする男性。
だけどその人は振り返ったのとほぼ同時くらいにまるで魔法使いが箒で飛ぶみたいにあっという間に移動をして、巨体の後ろへと瞬時に回り込んだ。
当たり前のように応じるその姿を目で追いながら、何その動き!?と余計に混乱していると、巨体はまた私を見つけると動きを止める。再び目が合い、しかし先ほどと同様にそいつらは私には何もしてこない。こちらも何も出来ずただ体を強張らせていれば、おそらくさっきと同じように彼が何か攻撃をして、するとそいつは首の後ろから血を吹き出しながら地面に倒れた。
血が飛び出してきたことに驚きと恐怖を感じている私とは真逆に、淡々とあれを倒した男性が一仕事を終えたようにまた私に声をかける。


「…お前、さっきもそう見えたが、巨人に何もされてねえのか」
「……え…?」
「さっきの巨人もこいつも、俺にしか反応を示さなかったように見えたが…違うか?」


それともただの奇行種か?と私に問われても、全く分かりません。


「てめえ一体何者なんだ」


私に一体何が起きているのでしょうか。それは私が一番知りたいのです。
相変わらず何も答えられずにいると、その人はまた何かに気づいたように振り返り、遠くの方に視線をやった。辺りはまだ静かだ。


「あの……」
「もう一体いるな」


もう一体いる。そう言うと私の方にゆっくりと視線を戻し、切れ長のその目で私をじっと見つめた。何を考えているのかよく分からなくて少し怖い。何も言えずにいると、彼が口を開く。


「ちょうどいい。お前、巨人に近づいてみろ」


そして恐ろしいことをさらっと言ってのけた。





「い、嫌です!無理です!!」
「うるせえ。危なくなったらすぐに巨人を切り殺す。お前は突っ立ってるだけでいい。簡単だろ」
「いや、難しいと思います!!」


いつのまにか体には力が入るようになっていて、彼と同じ目線で立ち、抗議することが出来た。──が、彼は聞く耳を全く持っていない。私に、あの巨体に近づけというのだ。まだこちらに気付いていないのか、彼のいうところの巨人──は今のところただ歩いているだけだ。しかし、だからといってあれに自分から意気揚々と手ぶらで近づくだなんてそんなこと、あまりにも無謀な話だ。死ねと言っているようなものではないか。


「大体あれは何なんですか!?」
「声がでけえ」
「あの化け物は一体何なんですか!」
「声がでかいと言ってるだろうが」


ギッとまるで効果音すら聞こえてきそうなくらいの目付きで睨まれ、思わず口を閉じる。そんな私の姿を見て彼は舌打ちをした。
しかしいきなりそんなことを言われても無理なもんは無理である。どうして私がこんな目に遭わなくちゃいけないんだ。
頭の中で文句を言いまくっていると彼は巨人の方を見ながら、何かに気づいたように、──待て、と言った。そして私の方に振り返る。


「お前……巨人を知らねえのか?」
「……え、し、知るわけないです」
「なぜだ」
「なぜって……あんなの、見たことも聞いたこともない……」


私の言葉を聞いて訝しげな表情をする目の前の彼に、私も同じような顔をしながらそれを見つめ返す。さっきからずっと話が通じてない。まるで異世界にでも来てしまったような気分だ。


「……まぁいい。とにかく、やるぞ」
「えっ?……ちょっ!?待っ──!」


か弱い私の意見なんかまるで無視で、やるぞという言葉と共にいきなり乱暴に首根っこを掴まれ、巨人のいる方へと思いっきりぶん投げられた。


「きゃああああ?!」


何その腕力?!と人一人簡単にぶん投げられる彼の異常な腕の力に驚きつつ、突然の浮遊感と揺れる視界に思わず叫び散らしながらごろごろと草の上へと転がった。無防備な状態で再び巨人の前に転がり出て、反射的に両手をついて上体だけ起こし顔を上げると、こちらに気づいた巨人と目が合う。


「ひっ……」


何度目だろうか。このバカでかい瞳と目が合うのは。直接的に何かをされたわけでは(今のところ)ないが、これを目の前にして恐れるなという方が到底無理な話である。──というか、いったい何体いるんだ?この巨人達は。
何をされるか分からない状況に怯えながらも、今回はほんの少しだけ冷静でいることが出来て、相変わらず何にもしてこない巨人を見つめたあと、ちらりと先ほどまで自分が立っていた方を見る。そしてその光景に愕然とする。


「(え…!?あの人どこいった!?)」


そこにはさっきまで一緒にいた、彼の姿がなくなっていた。静かな森の風景だけがただ広がっており、助けてくれるんじゃないの!?ともはや怒りが込み上げてくる。


「何なの…何で、いないの……!?」


さすがに半泣きで、巨人が目の前にいることすらもはや気にせず辺りを見渡してみると、木の上の方に違和感を感じ、バッと視線を向ければ、そこに彼はいた。──木の上だ。自分だけ、安全なところにいる。
し、信じられない。怒りにも似た感情を露わにしながら口をぱくぱくと開いたまま見つめていると、あろうことかそいつは表情を一切変えずに顎を煽って巨人の方を示した。そっちに集中しろって?うるさいわ!
ぎゅっと拳を握って、軽く睨み付けながらも仕方なくまた目の前の巨人に向き合うと、そいつはまだこちらを見ていた。改まってこの図体を視界に入れるとぞくりと身震いする。けれども私は、勇敢にもその場で立ち上がってみせた。
勇敢すぎて自分に拍手を贈りたいくらいだ。しかし何をすればいいのか分からず、とはいえとりあえずは逃げたいので足をゆっくりと引く。私の存在に確実に気づいている目の前の巨人は、立ち上がった私を見てもまるで興味がなさそうに目を逸らした。そして前を向いて再びゆっくりと歩き出す。
そいつは身構えていた私の横を呆気なく通り過ぎて、私はそれをただ見送って、呆然としていると向こうの木から彼が地面へと下り立った。


「っちょ、あんたねえ……!」


一言言ってやる!と指を差しながら一歩を踏み出したその時──だった。さっきまで大人しかったその巨人は、彼に気づいた瞬間に突如大きく口を開いて、そのまま物凄い勢いで彼の方へと突っ込んでいったのだ。木にぶつかるすごい音がして、その衝撃で葉っぱが次々と落ちていくのが見えた。
あまりの勢いに言葉を失い、踏み出した足は止まり、そのまま動けなくなった。手が小刻みに震え始める。
私の時は平気だったというのに、どうしていきなり凶暴化したんだ?再び混乱しながらもただ目の前で起こっていることを見つめていると、彼はまた流れるようにその巨人を倒し、剣を仕舞ってこちらへと近づいてくる。思わず後ずさってしまった。


「もう一度聞くが、お前は何者だ?」


この世界は、一体何なんだ?


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